兄妹VS魔術師団

 一体何が起こったのか?

 センシアはゆっくりと体を起こしながらチシャの方を睨む。


(常人では考えられない動き。となると魔術師なのは確定として……問題は、私の頭の方にお花が咲いていたことでしょうか)


 転がった拍子に口の中でも切れていたのだろう。

 ほんのりと血の味がしたことによって、思わずセンシアは舌打ちをしてしまった。


(だからと言って、伯爵家のごく潰しに負けでもしたら十席としての恥。全力で彼を───)


 そう気持ちを切り替えようとした瞬間だった。


「形状変化───ネメアの獅子、抜粋!」


 視界の端に何やら巨大な隻腕が映る。

 反射的、と言ってもいいだろう。映った瞬間にセンシアはその場から身を転がす。

 すると、すぐさま自分のいたところへと自分の腕よりふた周りも大きくなったアリスの腕が突き刺さった。


「チッ、もう抜け出してきましたか」

「お空を飛べば一発♪」


 地面に底なしの沼が発生したとはいえ、大抵の人間が身動きを取れなくなる原因は地面しか移動手段がないからだ。

 背中から翼を生やし、飛ぶことのできるアリスであれば、離脱など容易。

 考えが浅かったと一瞬だけ後悔したセンシアだが、すぐさま切り替えて己の周りを覆っていた蔦をアリスの腕へと伸ばす。

 蔦は鞭のようにしなる。

 そのおかげなのか、アリスの巨腕はまるで鋭利な刃物でも通したかのように斬れ落ちた。


「殺しさえしなければ、この程度は問題ありませんよね?」


 魔術師同士の戦いで人体を傷つけてしまうのは茶飯事だ。

 とはいえ、腕を斬り落とすのは少々やりすぎなような気もする。その証拠に、客席のどこかから悲鳴に似た声が響いてきた。

 もしかしなくても、今まで溜まっていた鬱憤がここで現れたのかもしれない。


「あちゃー……まさかここまでするなんてなぁ」


 しかし───


「形状変化───ネメアの獅子、抜粋!」


 ───姿


「はぁッ!?」

「甘い、甘いよ先輩さん。私を倒したいなら腕よりも首筋で一発KOを狙わなきゃ!」


 巨腕がもう一度振るわれ、センシアは地面を隆起させることで回避する。


(い、一体どんな才能なのですか!?)


 先輩で、妬みを向け、アリスに関心を向けなかったからこそ、センシアは知らない。

 アリスの魔術は己の体を変化させる───のではない。

 自身が想像した物体の情報データを己の体に落とし込んでいるだけ。言わば、想像の着ぐるみを着ている状態だ。

 故に、どれだけ傷つこうが、斬り落とされようが、新しい情報データをインプットしてしまえば元の体に戻ってしまう。

 ある意味、決してダメージが残ることのない再生可能の体。

 これが天才的な英雄……不死に片足を突っ込んだ人間の魔術。


「おにいさまの教えその1───倒せる相手は先んじて倒す。デザートを最後まで残しておくとお腹がいっぱいになっちゃうからね」

「私を倒せると……ッ!?」


 アリスの言葉に憤慨したセンシアが地面から伸ばした鋭利な枝や蔦をアリスへと伸ばす。

 それをアリスは刺さることお構いなしで、巨腕を振るい、薙ぎ倒していく。


「そういう見栄はいらないいらない。先輩面は戦場まで持ち込まなくていいんだぞ☆」

「見栄などではなく───」


 その発言の直後、またしても唐突にセンシアの鳩尾へと重い一撃が加わった。


「ぐッ!?」

「この勝負は二対二なんだろ? うちの妹が可愛いのは分かるが、あまり見蕩れてばかりじゃ怪我に繋がるぞ?」


 それが飛び蹴りだと気が付いたのは、二回目だからだろうか? 正面に現れたチシャの姿が映り反撃しようと手を伸ばしたのだが、またしてもチシャの姿が消える。

 一体どこに? そんな疑問は、側面から拳が叩き込まれたことによって悲しくも解消された。


「あなた達、一体どんな才能をッ!?」

「戦場で問答が返ってくると思ってやがる。温室育ちのお嬢様のこれからが心配になるな」


 また消える。

 現れた途端に体のどこかへ拳が。

 また消える。

 現れた途端に体のどこかへ蹴りが。

 また───


(反撃が、できな……ッ!?)


 目にも留まらぬ速さで繰り出される攻撃に、センシアは魔術を使う機会を失っていた。

 反撃しようにも己の体へ叩き込まれる強烈な一撃が動きを阻害する。

 何度も、何度も、何度も。

 まるでサンドバック───生まれて初めて味わう行為に、センシアの頭はパニックに陥ってしまった。


「燃えろ燃えろ、真っ赤に燃えろ! 形状変化───怪鳥ガルーダ、抜粋!」


 アリスの背中から生えた炎が一体の草木を燃やしていく。

 山火事を連想させる光景は、客席の息をも飲ませる。


「おにいさまの教えその2───倒せる相手の逃げ場はまずなくせ」

「よくできました、あとで撫で撫でしてやろう」


 逃げ場をなくす……と言ったものの、そもそも今のセンシアには逃げる隙がなかった。

 それどころか、あと何発か攻撃を食らってしまえば意識が飛んでしまいそうなほどダメージが蓄積している。

 とはいえ、そのあと何発かなどほんの数秒以内で終わってしまうだろう。


(いけない、意識が……)


 その時だった───


「【全員動くな】」


 ───チシャとアリスの動きが固まった。


(は? いや、いやいやいや待てよ)


 己の魔術に自信があるチシャは思わず驚いてしまった。

 何故、己の体が動かないのか? 自分だけではなく、アリスも同じように翼を広げたまま動きを止めている。

 センシアに至っては体にダメージが蓄積しすぎているからか、地面へ倒れたまま動く気配を見せなかった。


「驚いたわ……まさか、ここまでだったなんて」


 そんな異常な状況の中、唯一動きを見せた人間がチシャ達へ向かって歩いてくる。

 そして───


「無理無理、。私達の負けよ」


 苦笑いを浮かべながら、両手を上げるのであった。


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