一戦、開始
パーティーよりもバトル。
人は誰かの闘争心を見届けることに強い興味を持つもので、喧嘩が始まるとつい見入ってしまうのが正しくそれだ。
昔はそんな感情から奴隷同士を競わせ、その戦いを楽しんでいたそう。もちろん、今では廃止されてはいるが。
急遽開催が決定した王家の魔術師団員による立ち会い。
無論、ちょっとしたイベントに興味を示さない人間などいるわけもなく、練習場の客席には会場にいた人間の多くが押し寄せていた。
『リーゼロッテ様とアリス様の戦いか……』
『かつての最年少と現在の最年少……見物だな』
『果たして、あのごく潰しは本当にアリス様を育てたのか……まぁ、これで分かるだろう』
『いやいや、あれは身内びいきですぞ。あのごく潰しが強いわけもない』
などなど、客席にいる重鎮達は始まる前からざわつきを見せていた。
一方で、練習場の中心には四人の姿。それぞれの陣営を分けるかのようにして向かい合う。
「おにいさま……手加減なんかいらないからね。俺弱いんですアピールなんかゴミ箱ボッシュート。あの歳上は敬え的な古い精神を持ち出してくるマウント野郎は鉄拳制裁なんだよ」
「分かってるよ、そんなこと。妹を馬鹿にされて何もしないお兄ちゃんがいるかってんだ」
周囲の注目が集まっているなど気にしない様子で瞳に熱を燃やすチシャとアリス。
どうやら本気で兄妹を馬鹿にされたことが許せないみたいだ。
「いい感じに盛り上がってきたわね。これ、実はパーティーの余興って後出しをしても感謝されるんじゃないかしら?」
「王女様まで戦わなくても、私一人で十分ですよ」
「言い出しっぺがやらないわけにはいかないわよ。それに、あの二人を相手にしてあなた一人で戦えるって確証はどこにあるの?」
リーゼロッテが軽く腕をほぐしながら口にする。
しかし、そんな言葉を受けてもセンシアは飄々とした余裕そうな顔を見せた。
「アリス様は多少苦戦すると思いますが、勝てます。それに……あのごく潰しは、そもそも相手にはならないでしょう」
「あら、あなたは噂否定派なのね」
「はい、身内びいきを信じるほど頭がお花畑ではありませんので」
ピキッ、と。傍で聞いていたアリスの額に大きな青筋が浮かぶ。
一歩、兄を馬鹿にされたことによって勝手にセンシアへと足が進んだ。
「まぁ、落ち着けってアリス」
「でも……ッ!」
「これは立ち会いだろ? ってことは、勝負にさえ勝てば世間知らずなお嬢様の鼻っ柱も我儘王女の好奇心も満たせるんだ」
アリスの腕をチシャが掴む。
「前にちゃんと教えただろ? 戦闘において驕り怠慢こそ敗北に繋がる。何事も冷静第一だ」
ふと、アリスはチシャの顔を見た。
たくましくてかっこいい……そして、そんな顔には先程まで浮かんでいた怒りが綺麗に消えていた。
兄であり、師。そこに信頼を置いているからこそ、アリスは大きく息を吸って心を落ち着かせる。
「……ごめんなさい」
「いいってことよ。それに、謝るのはこれに対してじゃなくて兄自慢に対して言ってくれ」
「悪いと思っていません!」
「こいつ」
わしゃわしゃと、チシャは乱雑にアリスの頭を撫でた。
嫌がる様子を見せるものの、アリスの顔には青筋が消えている。
そんな二人を見て、ようやくリーゼロッテが口を開いた。
「立ち会いのルールはどちらかが降参、もしくは戦闘不能になったら終わりにしましょ。もちろん、殺しはNGで」
「問題ないです」
チシャがリーゼロッテの言葉に返答した瞬間、センシアが一歩前へと踏み出した。
「『
その瞬間、センシアを中心に緑生い茂る草木が生えた。
何もない空間に、自然が生まれる。それは練習場全体にまで広がり、やがてセンシアの周りを棘のついた蔦が覆い始める。
「相手はごく潰し。貴族たるもの、民の模範であるべきにもかかわらず、怠慢の日々。同じ貴族として恥ずかしいです」
センシアの才能は『恩恵』。
何かを与えたことに対して恵まれたものへの、多大なる秀でた
簡単に言えば、ギブアンドテイクのテイクが自然と強化されると言うべきだろうか?
誰かにものを与えると、同じようなものが返ってくるとは限らない。
少ない時もあれば、大きいこともある。それは相手の感謝の度合いによるもの。
彼女の才能は、相手に多大な感謝を抱かせるというものであった。
そこから生まれた解釈は───自然を大切にすることによって生まれた、自然からの恩恵。
つまり、新たな環境の生成である。
「鼻っ柱を折ると仰いましたが……その怠慢による不遜、民と貴族を代表して私が折って差し上げましょう。ついでに、民に持ち上げられ天狗になっている後輩の鼻も」
一度で環境をも変えてしまえる才能。
流石は王家の抱える魔術師団に選ばれるほどの人材と言うべきか。
ドロリと、チシャとアリスの足元が沈む。
下を向けば、己の足元にいつの間にか粘りっこい沼が広がっており、徐々に足が深みへと嵌っていった。
相手の動きを阻害。
攻撃手段は不明。
環境を変えられるほどの規模を見せた魔術。
観客はセンシアの魔術を見た瞬間に盛り上がりを見せ、練習場全体へ熱が伝播する。
しかし───
「よくもまぁ、随分と言ってくれるもんだ」
ふと、チシャの声がセンシアの近くで何故か聞こえる。
何事かと、センシアは声のした方へ勢いよく振り向いた。
そして、その瞬間───鳩尾へ何かが突き刺さる。
「がッ!?」
「やれるもんならやってみろ、世間知らずのお嬢様。その機会ぐらいは与えてやるよ」
センシアの体が大自然の中を転がる。
鳩尾には激しい痛み。自然と涙が浮かぶ。咳き込みながら、センシアはゆっくりと体を起こした。
(な、にが……ッ!?)
視線を上げる。
すると、先程まで自分のいた場所には足を振り抜いているチシャの姿があった。
「だが、妹の前なんだ……格好はつけさせてもらうぞ」
驕っていたとはいえ馬鹿ではない。
この瞬間、センシアもリーゼロッテも理解する。
あぁ、こいつは本当に英雄の兄だ、と。
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