馬鹿にされて

 王家の魔術師団は、国内から屈指の実力と才能を持った者を選りすぐった集団だ。

 アカデミーから優秀な子を、冒険者として活動していた人間を、優秀な血筋を引いている者を。

 こうして集められた魔術師は、誰もがそこいらの魔術師よりも群を抜いている。

 王国内にいる魔術師の数は約七千人。王国魔術師団の席に座っている魔術師は十五人。

 つまり、約七千人の中での上位十五人がこの席に座っていると言っても過言ではない。


 だからこそ―――


「お兄ちゃん、この勝負をしたら絶対に目立つと思うの。だから帰ってもよろし?」

「なっしんぐだよおにいさま」


 兄はトンズラしたかった。


「いや、いやいやいや! 無理だってこんな勝負やっちゃ! 俺の安寧じだらくバッドエンドよ!? 注目って馬車馬一歩手前の儀式みたいなものなんですよ分かってくれます!?」


 チシャはアリスの肩を掴んで必死に説得する。

 こんな公衆の面前で宣言させられ、相手は王女という最も注目される人間。

 そんな少女と拳を合わせようとして見なさい。伯爵家のごく潰しに大きな関心が寄せられること間違いないだろう。


「場所は、そうね……ちょうどうちの練習場があるから、そこにしましょ」

「相手の同意は!? そもそも、俺って魔術師じゃないんですよ才能ないんですよ可哀想なことに!」

「練習場ならギャラリーも沢山入るし」

「聞いてますゥ!?」


 チシャの声が届いているにもかかわらず平然と話を進めるリーゼロッテ。

 早速王家の職権の乱用が目覚ましかった。


(ハッ! いや、待てよ……注目を浴びるのは浴びるだろうが、負ければアリスの自慢が払拭されるのでは?)


 リーゼロッテが確かめたいのは、チシャがアリスの言っていたような男であるかどうか。

 もしもリーゼロッテと一戦交え、無様に敗北すればアリスの話は否定される。

 その否定はこの公衆の面前が立証してくれるだろうし、現状どれほどアリスの自慢話が影響を与えていようともこれで解決しそうだ。

 一度注目を浴びて恥をかく必要があるだろうが、そんなの恥も外聞も気にしないチシャにとっては微々たること。

 チシャは思わぬ名案に自然と小さくガッツポーズをしてしまった。


「おにいさま、おにいさま」


 ふと横から袖を引かれる。


「うん、どうした妹よ? お兄ちゃんは絶賛己の頭のよさに脱帽しているところ―――」

「わざと負けたら、今日の夜は寝かしません」

「Oh……」


 八方塞がりであった。


「少々、お待ちしていただけませんか」


 家庭内環境崩壊が誘発されそうになっている時、唐突に周囲ギャラリーの中から一人の女性が姿を現した。

 艶やかな金髪を揺らし、お淑やかな所作でゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。

 誰だろう? そう思っていると、アリスが顔を近づけて耳打ちをしてくれた。


「王国魔術師団の第十席の人だよ。名前はセンシア・ルーランドさん」

「ルーランドって公爵家の?」

「うんうん」

「ほぉ……公爵家のご令嬢まで王家の魔術師団に所属してるんだな。王女様もそうだし、王国魔術師団は高貴な美少女集めてアイドルグループの結成でも目指してんの?」


 普通はお茶会で優雅な生活をしているだろうに、と。

 チシャは女の子の勤勉っぷりに思わず感嘆としてしまう。


「でもね、私あの人ちょっと苦手」

「珍しい。アリスはお兄ちゃんの悪口が出なかったら基本横柄だろ?」

「なんかねー、私のことを目の敵にしてくるんだよ。ついこの前まで最年少の魔術師だったからかは知らないけどさー」


 誰もが才能ある子を歓迎しているわけではない。

 妬み嫉みという感情が人の心にある限り、必ずどこかしらには生まれてしまう。

 元々己が最年少という評価されるポジションにおり、そのポジションが奪われたともなれば嫉妬してしまうのも無理はない。

 加えて、英雄と呼ばれるぐらいの功績まで持って帰ってきたのだ。ひがんで当たりが強くなってもおかしくはなかった。


「どうかしたのかしら?」

「あなた様がわざわざ確かめる必要はございません。私がその一戦をお受けいたします」


 センシアはリーゼロッテのところへ行き、横に並び立つ。


「このような、好奇心とはいえ王女様のお手を煩わせるわけにはいかないでしょう」

「下賤な輩?」


 ピクリと、アリスの眉が反応する。

 どこか冷えた空気も感じ始め、念のためチシャはアリスの両脇を抱えてしっかりとホールドしておく。暴動対策だ。


「第一、そもそも所詮は。身内びいきをしたかったのでしょうが、そのような感情を他人の迷惑考えずに持ち出すに王女様自ら付き合う必要はございません」


 あくまでお淑やかに、かつ上司へ諭すように。

 しかし、言葉の一部に対する強調が声音から窺えて―――


「おうおう、あいつうちの妹を子供の戯言とか幼稚とか俺の前でほざきやがったぞ? ぶっころ案件だろ? 身の程弁えないお嬢さんにお仕置き案件だろ?」

「下賤な輩……? 私のおにいさまが、下賤な輩? あのお口、縫い付けて地面に叩きつけなきゃ反省しないよ、頭の中身変わんないよ」


 ―――兄妹二人の堪忍袋の緒が切れてしまった。


「けど、私もちょうど体を動かしたかったし、自分で確かめないと気が済まないのよね」


 そうだ、と。リーゼロッテは据わった目をする二人に向けて言い放った。


「せっかくなら、タッグ戦をしましょ。あなた達兄妹と、第一席第十席ペア……どう? ちょうどいいと思わない?」

「いいでしょう……それで妹を馬鹿にしたクソ女にお灸が据えるならなんでも。ついでに好奇心旺盛な格の違いを教えてやらぁ!」

「私も、ちょうど才能の差っていうのを教えてあげたかったですしぃ~? おにいさまが最高だって教えてあげたかったですしぃ~? 今の私、最高にむかっちーんだしぃッ!」

「あらあら、威勢がいいじゃない。これは楽しくなってきたわ」

「クソ女……私に向かってクソ女、ですか。随分と付け上がっていらっしゃるみたいですね、兄妹共々」


 四者それぞれの間に火花が散る。

 今がパーティーであること、この勝負で勝てばアリスの兄自慢を肯定してしまうことなど、本当は安寧じだらく生活のためにしてはいけないNG事項があるはず。

 しかし兄妹共々……兄妹のことを馬鹿にされて頭に血が上っており───急遽提案された一戦は、無事に成立してしまった。

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