第一王女

「人の顔見て逃げるなんて失礼じゃない」


 なんて少し不機嫌そうな顔を浮かべる美少女一名。

 スカーレット色のドレスを揺らし、美しい顔立ちに可愛らしさを添えた頬の膨らみ具合いがなんとも目を惹かれる。

 その証拠に、周囲から「気になる〜」以外の視線が先程からチラチラと向けられていた。


「い、いえ……私の妹とお話したいのかと思いまして」


 頬を引き攣らせ、妹のスキンシップを受けながらがっちりと腕をホールドさせられているチシャ。

 場所は会場の隅に移り、ある程度視線も緩和できてはいるのだが、目の前の人間の高貴さに先程以上の辟易さが生まれていた。


「おにいさま、ご紹介いる?」

「……必要はないんだけど、念の為よろしく」

「あいあいさー! この方こそ、この国の第一王女様で、我が王国魔術師団の団長を務めるリーゼロッテ・ルビアレン様ですっ!」


 知ってはいたが、念の為で紹介されたリーゼロッテは気品溢れる所作でドレスの裾を摘んで軽く頭を下げる。


「初めまして、リーゼロッテ・ルビアレンよ。肩書きだけだけど、一応魔術師団の団長をさせてもらっているわ」

「ご丁寧に……チシャ・サジュアと申します。このの兄です」

「愚妹?」


 変な枕詞に首を傾げるアリス。

 どうやらそう呼ばれることへの身に覚えはないようだ。


「っていうわけで、俺はこの辺でしつれ───」

「待ちなさい」

「ぐぺっ!?」


 ホールドした妹を引き摺りながら回れ右しようとしたチシャの首へリーゼロッテの手が伸びる。

 おかげでカエルでも出さないようなマヌケな声が出てしまった。


「アリスとも話したかったけど、実を言うとあなたとも話がしたかったのよね」

「な、何故でしょう……?」

「どうやら、あなたって最年少でこの席に座った天才を指導したって話じゃない」


 最悪だ、と。チシャはひっそりと涙を流した。


「そうなんですよ! 今の私がいるのもおにいさまのおかげ! 今まで感覚でやってたんですけど、魔術の論理から自分の才能の解釈とか扱い方からもう何もかも───」

「おくちチャぁック!」

「ぐももも…っ!?」


 いきなりハイテンションで語り始める妹の口を速攻で塞ぐお兄ちゃん。

 この妹は本当に油断ならなさすぎる。


「へぇー……まぁ、本人が言うんなら本当なんでしょうけど───実を言うと、あまり信じ切れてないのよね」

「なん、だと……ッ!?」


 リーゼロッテの発言にチシャの目が光る。


「だって、本人を前にして言うのもなんだけど、あなたってごく潰しって呼ばれるほどの人間でしょう? あなたの話は社交界にまでよく届いてたし、実際に何か実績があるわけでもないし」


 アリスの知名度も人気度も確かに凄い。

 しかし、その人気度がチシャの悪評を超えてくるかと言われると完全には難しいだろう。

 信じる人間もいれば信じない人間もいる。当たり前だが、事前に植え付けられた印象を脱ぐうことは簡単ではない。

 恐らく、割合いにすると信じる人間が八割と言ったところだろう。

 そこを、今日のパーティーで実際に耳にして確認したかったチシャ。

 そして、その結果が───


「そうなんですよ! いやぁー、王女様はお目が高い! わたくしめ、思わず両手拍手でファンファーレを鳴らしてしまいそうです!」


 チシャは歓喜のあまり泣きながら両手を叩き始めた。

 王女が信じておらず、その情報を頑固たるものにすれば自然と周りの印象も元に戻るだろう。

 アリスの話より、やはり社交界の華である王女の方が発言力的には強いのだから。

 とはいえ、それに歓喜する人間はこの場でチシャだけ。


「……私の前で、おにいさまの悪口、を」

「どうどう、落ち着け妹よ」


 腕に抱き着いていたアリスがフラフラとリーゼロッテに詰め寄る。

 その目はどこか据わっており、異様な圧が感じられたので、とりあえずチシャはアリスの腕を掴んだ。


「まぁ、話は最後まで聞きなさい」

「え、今ので終わったんじゃないんですか?」

「今の話で終わったらアリスが怒ることぐらい初めから分かってるのに、わざわざ目の前で話さないわよ。続きを話さないと、猛獣が鎖を破って主人に噛み付いちゃうわ」


 確かに、現在進行形でいつ襲い掛かるか分からなさそうな空気を醸し出していた。

 相手は上司で王女なのにもかかわらず。


「もしもアリスの話が本当なら、かなり興味深いの。最近、うちの団員が一人定年で辞めちゃったから席が空いているし、迎え入れたいと思っているわ。けど、中々信じられないっていうのが私の本音……というより、ゴマをすり始めたあそこに沢山いる貴族達の本音ね」


 おっと、何やら嫌な予感が。

 そう思って背中を向けようとしたチシャの体を、今度はアリスが抱き着いて引き留めた。


「こらこら、こんな人目のある場所で甘えん坊さんはよしなさい妹よ。お兄ちゃんは嫌な予感がしてこの場から離れたいんだ」

「おにいさまとのスキンシップは場所時間問わず行われるものなんだよ。それに、妹はいい予感がしているのでおにいさま逃がしたくありません」


 ふふふ、あはは。

 そんな笑みが二人の間に流れる。

 とはいえ、そんな笑みもすぐさま消えてしまうもので。


「えぇい、離せ妹よ! マジでこの流れはよくないんだって! 俺は君のせいで起こった悲劇の現状確認をしに来ただけなのよ! 自慢どころじゃない悲劇が待ち受けているって前振りされて逃げない自堕落ボーイなんていねぇんだからッッッ!!!」

「やだやだ、おにいさまはここで評価改めてもらうのー! 家のためにも、アリスちゃんとの結婚のためにもおにいさまは白馬の王子様になるのー!」

「関係性とやることが間違ってんだよ!」

「義理だからセーフなのー!」


 パーティー会場、公衆の面前なんてことなど気にしない大声が空間に響き渡る。

 おかげで、周囲の注目は王女がいる、英雄がいるという以上に目立ってしまった。


「せっかく盛り上がっていい感じに注目も浴びてるし、ちょうどいいわね」


 そして───



「私と一戦しましょ。それであなたの噂を確かめるわ」

「なんてありがた迷惑……ッ!」


 チシャは思わず膝をついてしまった。

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