パーティー

 会場に足を運んでいた人間は貴族が中心であった。

 魔術師団の人間とコネを作るためだろうか? それとも、この機会に他の貴族と交流を深めたいからだろうか?

 皆の腹の内は覗いてみないと分からないが、純粋に「お疲れ様でした!」と思っている人間は少ないだろう。

 その証拠に―――


『お噂はかねがね! いやぁ、かの英雄殿にお会いできるとは!』

『お目にかかれて光栄です! もしよろしければ、今度我が屋敷へ―――』

『娘が大ファンでして、サインをいただきたく!』


 などなど。そんな隠しもしない声が耳に届いてくる。

 パーティーといっても、終始格式ばったことをするわけではない。

 ある程度の挨拶と紹介が終われば交流の時間が設けられるため、パーティーのメインは基本そこになる。

 おかげで、現在若き天才であるアリスはパーティーの中心と言わんばかりに人だかりを作っており、チシャの下から離れてしまっていた。


(流石はマイシスター。実際に魔術師団員として見るのは初めてだが、違わぬ人気っぷり)


 会場には明らかにガタイのいい男、どこか威厳を感じるような女性、不気味さを感じる妙齢の人間など、恐らく魔術師団員であろうという人間は散見される。

 それでも、圧倒的に人の注目を集めているのはアリスだ。実際にどっちが強いのか? などというのは流石に分からないが、「人気では勝っているな流石は俺の妹」と兄は勝手に鼻を高くしていた。


(さて、そろそろ本来の目的を果たすとしますかね)


 チシャの目的はアリスの広めた噂がどの程度影響を与えているか確認すること。

 実際に話しかけ、己に向ける目や己に対する話などを実際に聞くことだ。

 この調子なら、別れたアリスに皆の注目も向いてあまりごく潰しに目はいかないだろう。

 いつもこういう場であればチシャに嫌悪と侮蔑の視線が注がれるのだが、今回はアリスがいい緩和剤となっているみたいだ。

 さっさと話聞いて早く離脱しよ、と。壁際で様子を窺っていたチシャは徐に足を―――


「いえいえ、私がそう呼ばれるようになったのもです!」


 ―――動かそうとした瞬間、ピタリと止まってしまった。おにいさま、代わりに冷や汗が流れる。


『伯爵家のごくつぶ……ごほんっ! 英雄殿のおにいさま、ですか?』

「はいっ! 私のおにいさまです!」


 アリスを囲っていた貴族達がざわめく。


「私のおにいさまは強くてたくましくて……とてもかっこいい人なんです! 私に魔術を教えてくれたのもおにいさまで、私はいつもおにいさまの背中に憧れて、でもまだ一回も勝ったことがなくて、ありがたくも英雄と呼ばれるようになったものいつか横に並べるよう頑張った結果なんです!」


 しかし、周囲のざわめきなど気にしない様子で、徐々にアリスの声に熱が篭り始める。

 加えてキラキラとした瞳を浮かべてきたアリスを見て、周囲はより一層の戸惑いを見せた。


『あの伯爵家のごく潰しが……?』

『噂だとは思っていたが、まさか本当に?』

『いや、あの噂も出所がアリス様らしい。身内びいきということも』

『だが、もし本当だとすれば関わっておく必要はあるな。何せ、あのアリス様に魔術を教えたともなれば相当な実力の持ち主だということ』


 あ、ヤバい。

 そう思ったチシャは勢いよくその場を駆けた。

 そして———


「それだけじゃありません! おにいさまは優しくて、それはもう私の心を射抜いてくるような甘い声やつい安心して身を任してしまえるほどの包容力を……あっ、噂をすればおにいさまむぐっ!?」

「君はさっきから何を言っているのかねッッッ!?」


 チシャはアリスのお喋りな口を塞いだ。

 ひっそりと噂の度合いを確かめるはずなのに、自ら話題の中心へと足を運んでしまうとは……なんたる愚行。とはいえ、仕方ないよと誰か同情してほしい。


「ぷはっ! いきなり何するのおにいさま! スピーチ中に乱入騒ぎを起こしたら視聴者さんびっくりだよ!?」


 いきなり口を塞がれたことに驚いたアリスが勢いよく顔を向ける。


「その視聴者さんが自分の話をされてびっくりしてんの! お前、やっぱり自慢してんじゃねぇか……ッ!」

「違うんだよ、お口が勝手におにいさまの魅力を喋っちゃうんだよ……これも、私の口がおにいさま仕様だからだよ! もしかして、最近までおにいさまの話をしてきたから、アリスちゃんのお口が味をしめちゃった……? まったく、いけない子だね!」

「いけないお口も子も君なんだよマイシスター……ッ!」

「いひゃいいひゃい、おにいひゃまいひゃい」


 お喋りなお口にお仕置きをするチシャ。

 痛がるような様子を見せるが、アリスの姿は何故か可愛らしく映った。


『おぉ! あなたが英雄様の兄上!』

『アリス様へ指導をしていたというのは本当でしょうか!?』

『是非、一度詳しくお話を!』

「ひぃぃっ! 手のひら返しのゴマすりが異様に怖いっ!」


 現れたお兄様へ群がり始める貴族達。

 もしアリスの話が本当ならと、早い内にコネを作りたいのだろう。

 基本的に知らぬ存ぜぬ関係なしを貫くチシャなのだが、目に見える下心の群れに思わず恐れおののいてしまう。


(これじゃあ噂を確かめるどころじゃねぇっていうかもう手遅れな気がせんこともない……ッ!)


 そんな時だった―――



「ちょっと、アリスと話をさせてもらってもいいかしら?」



 カツンと、群がっている貴族達の奥からヒールの音が聞こえてきた。

 そして、合わせて現れた声に合わせるかのように群がっていた貴族達が道を開け、ゆっくりと一人の少女がこちらに向かって歩き出す。

 深いスカーレット色のドレスと、燃えるような炎髪。

 凛々しく、大人びた雰囲気を醸し出す少女に、チシャは思わず一瞬目を奪われてしまった。


(……おいおい)


 ―――流石に、チシャでも彼女のことは知っている。


「あ、王女様」

「この前ぶりね、アリス」


 リーゼロッテ・ルビアレン。

 ルビアレン王国の第一王女にして……王国魔術師団のを務める女性である。


 あまりの重鎮。あまりの高貴。

 それをありがたいことにも拝顔させてもらったチシャは―――


「散開ッ!」

「あっ、逃げないでよおにいさま!」


 失礼極まりない逃走を図ったのであった。

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