入場前

「おにいさまおにいさま、この前捕まえた盗人の人……どうやら二人いたみたいなんだよ」

「ほぉーん、二人もいたのか」

「でもね、なんか道端に気絶した状態で発見されたらしいんだ」

「きっと、頭でもぶつけたんだろうな」

「……誰がやったんだろうね」

「おいおい、マイシスター。俺が正義感溢れる御伽噺の王子様じゃないって分かってるだろ? だからそんなジト目を向けるな照れる」


 そんなこんな一週間後。

 英雄と呼ばれる妹にジト目を向けられているチシャは、現在王城まで足を運んでいた。

 今日はいよいよ、魔術師団を労うパーティーが開かれる。

 王家お抱えの部隊ともあって、会場はこの国で一番大きな会場である王城で行われる。

 おにいさま大好きアリスちゃん直々のチョイスである黒のタキシードを着たチシャは、王城の廊下にて入る機会を窺っていた。


「はぁ……どうせおにいさまがやってくれたんでしょって分かってるアリスちゃんは溜め息はさり気なく流すことにします」

「堂々と文頭にしてたけどな」

「流石はおにいさま! ってキラキラした愛のある瞳を向けるのも控えることにするけど」

「ガッツリ現在進行形で向けられている挙句に、さり気なく抱き着かれているけどな」

「それよりどうですか、私のドレス! 惚れました!? ハネムーンの行き先決まった!?」


 そう言って、腰を振ることによってドレスをアピールしてくるアリス。

 淡い黒のドレスは歳相応の可愛らしさに大人びた雰囲気を与え、あどけなさが加わった妖艶な姿に思わず目を奪われてしまいそうになる。

 いくつか候補があったチシャが選んだドレスの中で色を黒にしたのも、恐らく大好きなお兄ちゃんに合わせるためだろう。


「ふむ……控えめに言って最高だぞ、マイシスター。お前以上に可愛らしい女の子は見当たらん」

「やった♪」


 妹も妹だが、兄も兄で兄妹に対する評価が高いものである。


「んで、いつ入ればいいの? 待ち合い馬車に乗り込むにしては他の乗客も御者さんも見えないが」

「一応、パーティーの主役的ポジションなわけですよ、私。なので、御者さんが乗り込み時間になるとわざわざお迎えしてくれるんだぁ~」

「まぁ、一番功績挙げたのはアリスだからなぁ……って、じゃあ招待された俺って関係なくね? 重鎮さんを詰め合わせた馬車へ先に乗り込んでいい?」

「ダメ! おにいさまは私をちゃんとエスコートしなきゃダメなの! そのためにわざわざおにいさまをパートナーにしたんだから!」

「待って、注目されるポジにねじ込んだんですか妹よ!?」


 もちろん、今回の主役は遠征に出ていた魔術師団。

 その中でも多大な功績を残したアリスはパーティーの顔となっているため、必然的に注目が集まってしまう。

 故に、一緒にくるパートナーも同じ量の注目を浴びるのは言わずもがなだろう。

 目立ちたくない、単にアリスが広めてしまった噂の被害を確認するためなのに目立ちたくないのチシャからしてみれば、望んでもいない展開である。


『アリス様、そろそろ』


 そんな時、ふと一人のメイドがアリス達の下へと現れた。


「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! スポットライト浴びながら客席にファンサなんかできなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」

「もうっ、おにいさま! ここまで来たら私と一緒にアイドル枠確保でステージに登壇しよ!」


 必死に逃げようとするチシャの腕を掴んで制止させるアリス。

 傍から見ると、駄々っ子をこねる弟をなんとかしようとするお姉ちゃんみたいだ。逆なのに。


「私は、おにいさまと一緒に入場したいの! パートナーなんだよッ!」

「……むっ?」


 ぴたっ、と。チシャの動きが止まる。

 よくよく考えれば、婚約者のいない令嬢が兄を連れてパーティーに参加するなど珍しくない。

 パートナーは一番親しい者が行うもの。父親も母親もいない現状、必然的に妹のエスコートは

 確かに、目立つ行為オールボイコットしたいチシャではあったが、兄の務めを放棄するのもおかしな話。


「よし、そういうことなら行こう。注目を浴びるアイドルにはなりたくないが、お兄ちゃんとしての務めはちゃんと果たすぞ」

「そうだよ、おにいさま。これも兄の務めなんだよ!」


 うんうん、と。アリスはチシャの腕を掴んで嬉しそうに頷いた。


『それでは、アリス様と……兄様こんやくしゃ、会場へご案内します』

「……おい、アリス。メイドさんのセリフの兄の上に変なルビがついたんだが、これは兄の務めなんだよな?」

「もちのろん! これも兄様こんやくしゃの務め♪」

「お兄ちゃんは家族内で婚約者が現れるってことになんの疑問も抱かないメイドさんが不思議で仕方ありません」


 大きなため息をつきながら、アリスに腕を引かれメイドの後ろを歩く。

 流石は王城と言ったべきか、廊下を歩いているだけでものの数分を要してしまった。

 その時間歩いていると、ようやく大きな扉が目の前へ現れる。


『王国魔術師団、第十五席アリス・サジュア、ならびにチシャ・サジュア様のご入場です』


 そしていよいよ、奥から聞こえてくる言葉と共に扉がゆっくりと開け放たれた。


『おぉ……彼女が『天才的な英雄』』

『まだ幼い少女とは聞いていたが、本当だったとは』

『となると、あの横にいるのが……』


 二人の姿が見えるやいな、会場がざわつきに包まれる。

 主役の登場、話題の中心人物。それ故に、重鎮達が集まるこの場ですら、たった一人の女の子と兄に視線が注がれる。

 そんな中———


(アリスのしでかした分を確認したら速攻で帰るアリスのしでかした分を確認したら速攻で帰るアリスのしでかした分を確認したら速攻で帰るアリスのしでかした分を確認したら速攻で帰るアリスのしでかした分を確認したら速攻で帰るッッッ!!!)

(おにいさまに皆注目してる♪ そりゃそうだよね、私のおにいさまだもんかっこいいし仕方ないんだよあとで皆に自慢しなきゃ……ハッ! で、でも寄ってくる女は許さない目を光らせてないとッッッ!!!)


 注目されている渦中の人間の内心はどうやら別にあるようで。

 この視線の中動じない辺り、やはりこの二人は色んな意味で大物かもしれなかった。

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