盗人退治

次回からは9時のみの更新です!( ̄^ ̄ゞ


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 いくつかの試着(着せ替え人形)をさせられたチシャはご満悦な妹を連れて外へと出た。

 生粋の遊び人なチシャとて、流石に妹が横にいる状態でははっちゃけることもできないので、早速帰ろうとしていた。

 なお「おにいさまとデートしたーい!」と駄々をこねた妹がいたのだが、チシャは軽く無視。

 そんな時───


『盗人だ!』


 ふと、往来の中からそんな声が聞こえてきた。

 チシャ達がいる場所は街の繁華街で、店も人も多く、雑多な場所だ。声が聞こえてきたとはいえ、犯人が自らこちらへ分かりやすい主張をしてくれなければ見つけることはできない。


「あーあ……どこにでもいるよねぇ、楽してお金を稼ごうってするお馬鹿さん」

「もう少し深刻そうな反応を見せてくれてもいいんだぞ、妹よ。こんな場面でも兄の腕に頬擦りして抱き着いていると俺達がKYだと思われる」


 酷く落ち着いた様子で呟くアリス。

 帰宅までがデート精神な妹はチシャの腕へと抱き着いており、シチュエーションに対する態度が空気の読めない形となっていた。

 とはいえ、最近英雄と呼ばれた心優しい女の子だ。

 こんな悪党を見逃すわけもなく───


「『才能顕現アビス・タラン』」


 アリスは兄の横で魔術を発動させた。


「形状変化───怪鳥ガルーダ、抜粋!」


 アリスの背中から赤く燃える翼が二つ生まれる。

 あまりの熱と大きな翼に、雑多にいた人達は思わず驚いてしまった。


 アリスの才能は『想像』。

 そこから生まれ、チシャの指導によって改良された魔術は、己の想像したものを己の体に落とし込むというものである。

 レパートリーはアリスが想像できる範囲の中では無限に存在し、建物を容易に壊せるほどの腕や誰よりも早く走れる足などを生み出すことができる。

 万能であり、強力なように思えるが、本人曰く「下手にイメージを加えると絵面が、ね……」とのこと。一応のデメリットはあるみたいだ。


『おぉ! 英雄様だ!』

『やっぱりアリス様だったんだ!』

『まさか、ひったくりを捕まえるために!?』


 赤い翼を見たことにより、一気に周囲が騒ぎ始める。

 街の人達の声を聞く限り、やはりアリスの人気は凄まじいみたいだ。少し兄は鼻が高くなる。


「おにいさま、っていうわけなのでやんちゃボーイを捕まえてまいります!」

「おー、気をつけてなー」

「いえっさー!」


 アリスは可愛らしく敬礼ポーズを見せると、そのまま空へと羽ばたいていった。

 上から雑多な街を見渡し、ひったくり犯を見つけようとしているのだろう。


(……アリスなら心配はいらないかな)


 さてと、と。チシャはアリスがいなくなったのを確認して踵を返す。


「妹が時間外労しるんなら、少しぐらいはお兄ちゃんの役目でも果たすとしますかね」


 そしてその瞬間、姿



 ♦️♦️♦️



 実を言うと、盗人は二人いた。

 商会へ荷物を運ぶ商人を狙ってその場で強奪。二手に分かれて合流する。

 その方が捕まり難く、万が一に見つかったとしても片方は生き残り安いからだ。

 恨みっこなし。捕まれば片方は人生終了。

 そんな覚悟を持った男はそそくさと路地裏へと逃げ込み、ふと空を確認した。


(やべぇ……なんでここに王家の魔術師団の人間がいるんだよ!)


 空に映るのは、燃える赤い翼を携えた可愛らしい少女。

 盗人でなくても、彼女の名前と姿はよく知っていた。

 若くして王家の魔術師団に所属する天才であり、今回の遠征で多大な功績を残した『天才的な英雄』。

 運が悪すぎると、男は歯噛みする。

 だが、アリスの視線の先はもう一人の相方が逃げた方。

 つまり、相方が標的にされて己は逃げおおせたような形だ。


(クソ、二手に分かれて正解だった)


 とりあえずさっさとここから逃げよう。

 そう思い、男はその場から離れようと───


「甘いぞ、盗人。ちゃんと逃げるなら人混みの中から始めないとな」


 カツン、と。路地裏に音が響いた。

 何者かと振り向いてみれば、そこには黒髪の青年が一人姿を現していた。

 ───さっきまで誰もいなかったはずなのに。

 そんな驚きが男の頭を支配した。

 しかし、驚いたのは驚いたが……現れた青年は、自分の知る人間。

 悪党の自分よりも悪名高い、どこぞのお貴族様だった。


「ハッ! なんのことですかねぇ……伯爵家の穀潰し様?」


 英雄の兄にして、周囲から嫌われている人間。

 男は思わず安堵してしまった───遊んでばかりで、天才的な妹とは正反対な人間だから。

 腕に自信がある自分が戦っても勝てそうな体。もし仮に人を呼ばれたとしても、嫌われ者に反応する街の人間などいないだろう。

 故に、ここは乗り切れる……そう、確信できた。

 とはいえ、騒ぎを起こされたら面倒だ。


「こんなところにいたら危ないですよ、今みたいにね!」


 だからこそ、男は持っていたナイフを片手にチシャへと向かっていった。

 嫌われ者を殺しても大した問題にはならないだろう。そもそも、人を殺すことに抵抗がなければ悪党などやっていない。

 そのため、男は自然に浮かんだ笑みを見せながら躊躇なくチシャの首筋へとナイフを突き立てようとした。

 しかし───


「アリスの話が広まっていなかったってことに安堵すべきかしないべきか……阿呆を見て俺は少し複雑な気分だ」


 ガキッ、と。突き立てようとしたナイフが弾かれた。

 手で払われたわけではない。武器で対抗されたわけでもない。

 ただ、のだ。


「な、ん……ッ!?」


 思わぬ事態に男は驚く。

 しかし、そんな余韻にひたらせるわけもなく。


「妹の功績が汚されちゃ嫌なわけよ、お兄ちゃん的には。だから、蓋を開けたらもう一人いて逃がしちゃいましたって結果には不服でね」


 男の顔がチシャによって掴まれる。

 そして、そのまま勢いよく地面へと叩きつけられた。


「がはッ!?」


 叩きつけられた頭の下にある地面に大きな亀裂が入る。

 これだけで、どれほどの威力があったのかは言わずとも分かるだろう。


 なんでこいつにこんな力が? そもそも、初めのアレはなんだったのか? 男の頭は疑問だらけだ。

 だが、そんな疑問も徐々に薄れていく意識によって消えていく。


「誰が英雄アリスに魔術を教えたと思ってんだ」


 最後にふと、チシャのそんな言葉が耳に入る。


「妹より弱けりゃ、お兄ちゃん失格だろうが」


 そして、男の意識はそこで途絶えてしまった。

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