ドレス選び
「おにいさまの魅力を引き立たせるのは黒のタキシード! これ一択なんだよ!」
なんて声から始まった一幕。
チシャの正面には瞳を輝かせながら男性用のタキシードを片手に持つアリスの姿があった。
「男らしさを醸し出すためにオーソドックスなチェックもいいんだけど、やっぱり髪色に合わせた方がいいよね! ワンポイントは赤のネクタイで締めるとして、大人びた雰囲気とミステリアスさがおにいさまの魅力を後押し! サイズ感はゆったりよりもビシッと! そうすることによって色気も清潔感も合わさり、普段のギャップが更に追加! これでもうパーティーの主役はどう見てもおにいさま……ぐへへ、あっ、想像したら涎が」
「ほれ、これで拭きなさい」
「ありがと、おにいさま」
なんとも興奮した妹はだらしないものである。
「なぁ、家にまだ着てないやつがいっぱいあるんだが」
「毎年流行りは変わるもの! っていうことは、おにいさまの魅力を引き立たせるためのアイテムも毎年更新されていくの! そう……つまり、おにいさまの魅力は上限知らず天井突破! これを拝まないわけにはいかないわけでして……ッ!」
「……さいですか」
現在、チシャ達は街の服屋へと赴いていた。
というのも、今度行われる魔術師団主催のパーティーに参加するための服を見繕うためである。
家にあるやつを適当に着ていこうと思っていたチシャだったが、兄大好きアリスちゃんは容認できなかったらしく、とりあえず現在まで至った。
おかげで、三件ほど服屋を回ったチシャはげっそりである。
『ね、ねぇ……あそこにいるのって英雄様じゃない?』
『本当だ! 相変わらず可愛らしい……』
『……でも、一緒にいるのは伯爵家の汚点なんだよねぇ』
無論、服屋は大っぴらに営業している場所であるため、チシャ以外にも客はいる。
ヒソヒソと、よく目立つ二人の姿を見て話し始めていた。
『ねぇ、そういえば聞いた? アリス様の……』
『あぁ、あれでしょ? 伯爵家の汚点が本当は凄い人だって』
『なんでも、英雄様を教育したのはあのクズらしいよ』
同じ空間、同じ店。
故に、いくらヒソヒソと話そうが悲しいことに耳には届いてしまうわけで。
(なんともまぁ、本人近くでよくもお口が軽いこって)
アリスが話を聞いたらどう思うのか?
ブラコンっぷりを知るチシャは少し心配に―――
「おにいさま! 妹は驚きました……もしかして、この白のタキシードも似合うのではないかと!」
―――そもそも聞いてすらいなかった。
「やだよ、派手派手じゃん。いいか、今回の目的は実際どう噂が広がっているのか確かめに行くもんだ。中央に生ける薔薇じゃなくて壁際に生える雑草チョイスをお兄さんは望んでいる」
「なるほど、それは「壁際に立っても俺の魅力は全人類に伝わるぜ☆」ってことだね!?」
「文字が掠ってすらいねぇよ」
兄を極端に慕う妹の耳はどこか聞いた言葉を脚色してしまうらしい。
「ってか、俺のはいいからアリスのを選ぼうぜ? 社交界の華は女だろ、っていうかお前が主役だろ」
「確かに、言われてみればそうだね……おにいさまの横に立つ私のドレスが貧相だったらおにいさまに恥をかかせちゃう」
「……なぁ、本当に兄自慢をしに行くわけじゃないよな?」
そんなツッコミなど気にする様子もなく、アリスは近くのドレスをさも真剣そうに眺め始める。
本来、貴族のご令嬢であれば大体が既製品ではなくオーダーメイドなのだが、アリスは既製品で十分だと判断しているようだ。
オーダーメイドを仕立てる時間がないと踏んだのか、はたまたそこまで己の服に頓着していないのか。
(まぁ、アリスだったらなんでも似合うだろうし、別にいいか)
兄も兄で妹に対する評価は高いものであった。
「あの、もしよろしければいくつか試着しませんか?」
そんな時、ふと店員の一人がアリスへ声をかける。
ここで傍観している暇人より、選んでいるアリスを選ぶ辺り、この店員はチシャに話しかけたくなかったのだと窺える。
おっと今のは少し傷つくぞ、と。チシャは頬を引き攣らせた。
「おにいさまー……この店員さん、感じ悪いー」
「えっ!? えーっと……」
「我慢しなさい、おにいさまっていうのはこういう扱いがデフォルトなんだから」
「分かった、今は我慢してあとで店ごと潰しておくね!」
「落ち着け! それは我慢しているとは言えない!」
どうやら兄loveな美少女アリスちゃんは店員の対応が気に食わなかったみたいだ。
次の日までこの店が無事に立っているのか心配になってくる。
「……おにいさまがそう言うんだったら我慢するけど。なんかこの店で買いたくなくなってきた」
「おにいさま的にはこの店がオススメだぞ」
「そうなの?」
「あぁ、アリスは何を着ても似合うだろうが、特によく似合うドレスがここにたくさんあるからな」
「そ、そうかなぁ」
えへへ、と。似合うと言われて嬉しそうに頬を赤らめて体を捩らせるアリス。
アリスが何を着ても似合うというのは本心だが、チシャ的には早く我が家へ帰りたいところ。
ここで踵を返して別の店に行かれるのは心身共に面倒臭い領域に入るので、なんとしてもアリスにはここで満足してもらわなければならない。
「もちろんだ」
だからこそ、チシャは凄く説得力を含ませるための真顔でそう言い切った。
全ては、早く帰宅して自堕落ライフに戻るためにッッッ!!!
「嬉しいなぁ……たとえ早く帰りたいから言った言葉でも、アリスちゃんは頬を染めてしまうぐらい嬉しいものです」
バレてら。
「っていうわけで、罪悪感を覚えたおにいさま……是非とも、私に似合うドレスを選んでくださいっ♪」
頬を引き攣らせるチシャに、アリスは小悪魔的愛らしい笑みを向ける。
内心が見透かされ、なんとも気まずくなってしまったチシャ。
「お、おぅ……おにいさまにお任せしなさい」
特段、チシャは女性ものの服選びのセンスがあるわけでもない。
しかしながら、この場面で「ノー」と言わるわけもなく……チシャは頬を引き攣らせたまま首を縦に振った。
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