第12話 コーチング

 悠奈はるなさんからそのメッセが届いたのは、球技大会が迫っていた頃


『いっくん、大事な球技大会の前で忙しいところ、大変恐縮なのだけど……おばさんの運動に付き合ってくれないかしら?』


 確かに、球技大会は大事な学校行事かもしれないけど、俺にとって悠奈さん以上に大切なことなんて存在しない。


『もちろん、お付き合いします』


 だから、即座にオーケーの返事を出した。


 そして、迎えた週末。


「おはよう、いっくん」


 こういう関係になる前は、悠奈さんのことを『おばさん』と呼んでいた。


 けれども、それはあくまでも、便宜上のことというか……


 実際問題、悠奈さんは今も昔も……とても若々しい美女だ。


 ただ、若々しいと言っても、20代のようにキャピキャピした印象はない。


 そもそも、悠奈さんはそんなキャラではない。


 いや、学生時代はどうだったか知らないけど……俺、こうしてお付き合いしているけど、まだまだ悠奈さんの知らないこと、たくさんあるな。


 あのひとなら、そういった俺が知らない悠奈さんの一面も、たくさん知っているのかな?


 ……なんて、しょうもない劣等感を抱いてしまう。


 とにかく、悠さんは、しっかりと良い具合に年齢を重ねた、とても色気のある、素敵な女性ひとなのだ。


「いっくん、どうしたの?」


「あ、いや、その……」


「ごめんね、疲れているのよね? せっかくのお休みに、こんなおばさんのワガママに付き合わせて……」


「そんな……悠奈さんはワガママでもおばさんでもない……俺の大切な……彼女さん……です」


 いつまで経っても、照れてしまう俺を見て、悠奈さんは微笑む。


「ありがとう、いっくん……優しくて頼もしい彼氏さんがいて……私、とても幸せだわ」


「悠奈さん……」


 彼女のきれいな瞳に吸い込まれそうになる


 うっかり、キスする寸前だったけど。


 ここは家の目の前。


 休日の早朝で平日よりも人通りがないとはいえ、こんなところを見られたら、どんな噂を立てられるか分かったものじゃない。


「と、とりあえず、近くの公園までウォーキングしましょう」


「うん、分かったわ」


 俺と悠奈さんは、並んで静かな朝のアスファルトを歩いていく。


 最寄りの公園には、歩いて10分ほどでたどり着いた。


 ここもまだ、人はいない。


 けど、お昼近くになると、きっと親子連れで賑わうから、あまりのんびりもしていられないな。


「えっと、まずはストレッチからかしら?」


「いえ、まだ朝の体が硬い内にストレッチをすると、筋を痛めてしまう恐れがあるので」


「まあ、そうなの?」


「だから、朝に1番いいのは、ラジオ体操なんです」


「懐かしいわね、子どもの頃、町内でやっていたわ」


「ですね」


「うろ覚えだけど……大丈夫かしら?」


「大丈夫ですよ。とりあえず、いきなり筋肉を伸ばすんじゃなくて、ゆるく動かしてほぐして行きましょう」


「ふふ、いっくんってば、先生みたい」


「そ、そうですか? そんな大したことは言っていないですけど……」


「ううん、すごいわ。じゃあ、今日は1日、いっくんのことをコーチって呼んでも良い?」


「コ、コーチですか?」


「うん……って、こんなおばさんにそんな風に呼ばれたら、恥ずかしいかしらね?」


「は、恥ずかしいというか……照れくさいです」


「そうね、私も……でも、今日はそう呼びたいの」


「わ、分かりました……じゃあ、今日はしっかりと、悠奈さんのコーチをさせていただきます」


「はい、よろしくお願いします、いっくんコーチ」


「い、いっくんコーチって……」


「あ、ごめんなさい……」


「いえ、一向に構いませんけど……」


「じゃあ、柴田コーチって呼ぶね?」


「わ、分かりました」


 なぜだろう?


 目の前で可愛く微笑む悠奈さんを見ているだけで、マイジュニアがちょっと落ち着かない。








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幼なじみに失恋したらその母親とラブコメることになった 三葉 空 @mitsuba_sora

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