◆悠奈さん視点 重く、軽く
「じゃあ、いっくん。本日も、ありがとうございました」
「い、いえいえ、こちらの方こそ……ありがとうございました」
照れたように言う彼を見て、自然と笑みがこぼれてしまう。
ずっと、愛しいという気持ちが溢れて止まらない。
先ほど体を交えた時も、すごく気持ち良かったし。
こんな満たされた気持ち、あの
「あの、家まで送って行きましょうか?」
「うふ、私のお家はおとなりよ?」
「ああ、そっか……」
「まあ、でも、いっくんがすごく激しくしたから……ちょっと、フラつくけどね」
「ご、ごめんなさい。俺、もういつも、
「冗談よ……まあ、半分は本当だけど……私も、すごく幸せだったから」
「悠奈さん……」
エッチする時は、男らしく勇ましい彼だけど、普段はとても可愛らしい。
あどけなく私を見つめる表情を目の当たりにして、束の間の別れを惜しむように、キスをした。
「……またね、いっくん」
「はい……また」
玄関ドアが閉じる最後の最後まで手を振って。
私はくるりと背中を向けて、その場を後にする。
その時だった。
ふと、視線を感じた、ような気がした。
私はそっと歩みを進めて、柴田家の門を抜けて、辺りを見渡す。
薄闇の中に、人影は見当たらなかった。
気のせい……よね?
胸の奥底で、心臓が跳ねている。
一瞬、いっくんの下に戻ろうかと思ったけど、迷惑をかけたくないから、そのまま我が家に帰宅した。
ガチャリ、と玄関ドアを開く。
いつもなら、誰がいなくても、ただいまと言うのだけど。
今は言葉が喉に、いや、胸につかえて出て来ない。
私は重い足取りでリビングに向かう。
「あ、ママ、おかえり」
娘の美帆が、ソファーに座って、スマホをいじっていた。
「遅かったね」
「今日は、いっくんのお家で、家政婦のお仕事だったから」
「知っている。それにしても、遅かったね?」
美帆はスマホから視線を上げないまま、私に問いかけて来る。
娘のそこはかとない、静かな迫力に押されて、今度は背筋がゾクリとするようだった。
「……ごめんなさい」
「何で謝るの? 一平のバカが散らかしていたから、思ったよりも時間がかかったんでしょ?」
「……そ、そうね。いっくんも、お年頃だから」
「お年頃って言っても、所詮はサルガキでしょ、高校男子なんて」
「そんなことは……あいたっ」
「んっ? どうしたの?」
しまった、先ほどいっくんとたくさんエッチしたせいか、腰が……
「……お、お母さん、ちょっと疲れたから、休むわね」
「分かった」
「晩ごはんだけど……」
「良いよ、適当に済ませるから。出前でも取る?」
「私はそんな食欲ないから……」
「じゃあ、適当にコンビニで買って来るよ」
「ごめんね。いま、お金渡すから……」
「ああ、良いよ。それくらいのお金、ちゃんとあるし。夏休みにバイトした分とか、残っているからさ」
「そうなの?」
ワガママな娘は、てっきり使い切ったものだと思っていたけど……
意外と、堅実なところがあるのね。
少し、感心してしまう。
「行って来ます」
「夜道には気を付けるのよ?」
「大丈夫だよ。確かにあたしは超可愛くてナンパされがちだけど、運動神経が良いから余裕で倒すか逃げられるし。その点、ママは豊満でトロくさいんだから、気を付けてよね」
言われて、そのバカにした発言よりも、先ほどの体験が蘇って、ゾクリとした。
「ママ、少しは運動したら? まあ、家事も重労働かもしれないけど……その内、腰が終わるよ?」
「そ、そうね……」
「腰は消耗品だし、大事だからさ……壊れたら、困るでしょ?」
何だろう?
先ほどから、淡々としている娘の言葉に、どうしても裏を感じてしまう。
まさか、私といっくんの関係を……いや、そんな訳ないか。
もしそうだとすれば、気の強い娘は、とっくに私を問い詰めているはず。
だって、この子だって、いっくんのことが……
「じゃあね~」
重く葛藤する私をよそに、娘は軽やかに宵闇へと向かって行った。
その背中が、何だか少し、いや大分、遠くに感じた。
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