本尾読破の読書ライフ~有名な小説は表記ゆれが多いぞ~

豆腐数

車輪の下は車輪の下でだったりするし、海底二万マイルは海底二万里だったりする。

 いかにもオタク臭い、ボサボサの髪を後ろでひとまとめにしているこの男。本尾読破(ほんお どくは)という。彼はショボ……慎ましいweb小説作家である。彼は意識が高い男なので、とにかく有名な小説はなんでも読んで、自分の執筆の参考にしたいと思っている。なお、実際に執筆に生かせているかは、神と彼のみぞ知る。


 彼は今日も、ヨムヨムしたい小説を図書館の検索端末に入力して探していた。


「なんだこの図書館は! 超有名作の「ライ麦畑でつかまえて」も置いてないのか! あの村上春樹も翻訳している作品やぞ! この前はピノキオの原作小説を探してるのに、ディズニー映画のノベライズしか置いてなかったし……まあ、アレはアレで面白かったが。流石ネズミー、メディアミックスも抜かりなし!」


 映画ノベライズは、ものによっては原作書き写しにすらなれていない作品もあったりするが、ピノキオノベライズは子ども向けのわかりやすく綺麗な文体で忠実に写しとられており、なかなか良かった。読破のお眼鏡に叶った作品である。


「今日は「グレードギャッピー」も探しているのに見つからぬし……うむむ」

「フッ。相変わらず図書館に依存した貧乏くさい読書ライフを送っているようだね」

「そのイヤミったらしい声は!」


 読破が振り返ると、そこには短髪メガネのキッチリスーツ(よくわかんないけど、高そうな素材で出来てるっぽい)を着込んだ男が立っていた。


 彼の名は、金持宝石(かねもち ほうせき)。図書館で本を借りず、自腹で紙の本を買いまくって、めっちゃ広い自宅豪邸に図書室なぞ作ってるうらやましい男である。でも手に入りにくい古い本とか探す時は、宝石くんも図書館を利用してるみたいです。


 彼はweb作家であり、☆とかPV数も読破とどっこいどっk……切磋琢磨出来るくらいの実力を持っており、お互いメラメラと、外で燦燦と降り注ぐ夏の日差しにも負けないライバル意識をバチバチぶつけ合ってるのである。


「うわーいまた始まった! 読破くん大好き宝石くんがグイグイ行く、宝石×読破の生中継生供給!」


 席について読んでいた本を放り出し、諸手を上げたツインテ女子は攻派友子(せめは ともこ)。


「なに言ってるですか、宝石さんの構ってちゃんセレブ誘い受の、読破さん庶民主人公攻に決まってるです!」


 あまり手入れされてるとは言えない長い髪をかき上げ、反論したのは攻派朱美(せめは しゅみ)。

名字が同じなのは、この腐ったレディ達がいとこ同士なため。


「ハァハァ……ハァハァ……どっちが攻めてもおいしい……ハァハァ」


 彼女達と一緒に本を読んでいる、こっちのおっぱい大きめな地味女は両刀使絵(りょうとう つかえ)。彼女も名字は違うけどいとこである。三人は仲良しトリオで、いつもケンカしている読破達の追っかけをしては、なにやら腐った談議に花を咲かせているのだ。みんなwebサイトに小説とかうpってるみたいですね。知らんけど。


「そのどっちもいいって言うのがぁ……」

「一番気に入らないですぅ!」

「ゴフゥ! 両派閥の左右からのほっぺたダブルパンチが効くぜ……ハァハァ」


 え? 仲が良いのに拳が飛びあって、なんなら友子と朱美から謎のオーラとか出てる? ケンカするほど仲が良いって言うじゃありませんか。


「君の短絡的で国のサービスに頼るしかない読みたい本探しには、致命的なミスがある」


 ご腐人共は無視して、宝石くん達の方に戻ります。


「な、なにぃ!? この俺の完璧な読書ライフのどこに間違いがあるというのだ!」


 いかにもオタクくさく、どもりながらのけぞってみせる読破に、メガネをクイッとあげながら宝石は言う。


「表記揺れだ。貴様が探している「ライ麦畑でつかまえて」は村上春樹翻訳だと「キャッチャー・イン・ザ・ライ」、ほぼ原作タイトルままの翻訳だ! どちらも原文を尊重した翻訳ではあるがな……」

「な、なにぃ!」

「ついでに言うと、原作ピノキオはピノッキオと発音し、「ピノッキオの冒険」というタイトルで翻訳されているのだ! そしてグレードギャッピーではなく「グレート・ギャツビー」だ、バカめ。コレは純粋な君の勘違いだ。どれもフワッとタイトルだけ知ってるだけでは、一生目当ての本にはたどり着けまい……」

「金持ちで嫌みったらしい、いかにもボンボン甘やかされ生活で性格が終わってるカスみたいなクソメガネに教えられるとは……」

「おい言い過ぎだぞ」


「ついでに言うとぉ、アラビアン・ナイトは私が読んでる翻訳だと「千一夜物語」だしぃ」


 友子がツインテを揺らしながら、読んでいた分厚いハードカバーを掲げてみせる。


「デミアンも私の読んでいる翻訳では「デーミアン」表記です」


 朱美も、ちっちゃな文庫の表紙を二人に見えるように持ち上げた。


「ハァハァ……「幼年期の終わり」はこちらの翻訳だと「地球幼年期の終わり」……ハァハァ」


 おっぱいを揺らしながら、使絵。


「くそ! 外国の小説はなんでこんなに表記ゆれが多いんだ! 統一しろ! 探しづらい!」

「君がそこまで愚かだったとは知らなかったよ。翻訳者、または時代によって言葉のニュアンスは異なるものだ。その微妙な言葉使いの違いは訳者ごとに尊重すべきものだ。刺激的な表現は忠実な翻訳の為にも消すべきでないが、明らかな誤訳や誇張などは時代を経るごとに修正されなくてはならない。フランダースの犬のネロが清くんのままずっと語り継がれていったら、なんか嫌だろ」

「うぅ……今日は貴様に完敗したと言わざるを得ないらしい」

「敗北を認められる者は、強くなれるものさ。それでこそ僕のライバルだよ」

「宝石……」


 ショックでひざまずいた読破に、宝石が手を差し出す。


「キャー! 麗しき友情! イヤミなようで光の攻、宝石くん!」

「やっぱり宝石さんはスーパーダーリン受ですぅ」

「ハァハァ……ただただ二人の友情が美しい……ハァハァ……」


 なんかいい感じにまとまりそうな五人を、


「図書室では静かにせんかああぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!!!!!」


 修羅と化した図書館司書の図書命(としょ みこと)お姉さんのヨムヨム波(かめかめ波みたいなもんだと思ってください)が館外へとぶっ飛ばした。


 図書館で静かに出来ない人達はいやですねぇ。


 おわり

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