第7話 事の終わり
机の上に広げっぱなしになっていた書類には署名がひとつ。
ある日、もう一つ署名を得るために十兵衛は母を呼び止めた。
「驚いたわ。あんたは我慢しちゃう子だからてっきり辞めるなんて言い出すかと」
どう引き留めようか考えてたのよ、なんて言いながら必要な署名はすぐに揃った。
「……実はね、あの子も奨学金で大学に行くって。『だから兄ちゃんにはやりたいことさせてやって』だって。照れちゃって直接は言わないけどね」
これは秘密よ、と言いながら弟が怒りそうなことをいともたやすく口にする。
「本当はアンタたちに無理させたくないんだけど、今後なにがあるかわからないものね……」
ごめんね、と呟きながら目を伏せる母の姿はやはり胸が痛かった。
そのせいか十兵衛は言わなくてもいいことまで口にしてしまったのだった。
「なぁにアンタ、私の老後なんて考えてたの? やめてよねー、まだまだ若いんだから」
最後に、十兵衛の不安の一つは風に木の葉が巻き上げられるような勢いで豪快に笑い飛ばされたのだった。
結局、彼の真剣な悩みは他者にとっては一笑に付するものだったのかもしれない。しかし自ら決断して出した答えは彼の背を押し続けることだろう。
黄昏時の訪問者 @pawn99
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