第4話 孤独

「うっ!!」


 私は壁に叩きつけられた。

 口の中に血の味が広がった。

 脳震盪によって心身は多大なダメージを受け、手放した拳銃とコニュウ機は彼らのボスの足の下に収まっていた。

 

 四人。それが私の倒せた獣人の数だった。

 アジトのコンクリートの床に残った燃え跡は、ヒトの姿に戻った獣人の遺体をその場で焼却処理した跡だ。獣人はヒトを嫌う。


「大きすぎたな……。女ひとりに対して払う犠牲にしては」


 圭造ケイゾウ。それがこの土竜型獣人のボスが名乗った名前だった。


「はあ……はあ……私は」


「ん? なんだ。どうした女」


「私は、わからない」


 圭造が尋ねる。「何がわからない」


「アナタは見た所……多少マトモな精神を残してる。一体こんな地下のアジトで、同じ土竜型獣人とつるんで、何を成そうとしているの?」


 彼は一瞬面食らった表情を見せた。そして目の代わりに鼻を用いて、鋭い嗅覚で私をじっと観察しているようだった。


「……あなたからは孤独の匂いがする」


「孤独の……匂い?」


「ワタシもあなたと同じさお嬢さん。怖かった、苦しかった、他人が信じられなかった、力が足りなかった。そういう苦しみから、Neithersはワタシを救ってくれた。政府要人の暗殺未遂の後、脱獄して彷徨っていたワタシを匿ってくれたんだ」


「Neithersに恩返しをしようというの?」


「違うよ。……いやそうなのかな。広い意味ではそうなのかも知れない。この組織はワタシに“恩を感じさせてくれた”。誰かに恩を抱くという感覚を思い出させてくれた。それは単に、ワタシがこの組織に長く居るからというだけかも知れない。でも『ヒトなら誰だって、慣れ親しんだ環境に合わせて感情も行動も変化させるものだ』って、そういうお説教でワタシの感じているこの恩を一般化しようとしても無駄だよ。兎も角も、現実問題として、ワタシはこのNeithersへの恩を特別なものだと感じている。そしてワタシはワタシ自身を、特別なものだと感じているんだ。人は誰だって特別なんだよ、わかるかい?」


「いいえ。もし全員が特別なら、特別だということに特別性は無い。それにアナタはヒトじゃなくて獣人。どちらでもない者たち(Neithers)じゃないの」


 圭造は突然怒りを弾けさせ、私の首を掴んで壁に押し付けた。


「黙れ!!……あなたならわかるはずだ。何せあなたからは私と同じ匂いがする。人は誰だって孤独なんだ。孤独に殺されないためには、家族や友人との暮らしで孤独に蓋をするか、反対に孤独に乗じて他人を殺すか、その二択しかない。あなたならわかるだろう!!」


「そ……それで、あなたは、どちらの手段を取るワケ?」


「後者さ。孤独に乗じて、他人を殺す」


「周りにいるお仲間は?」


「彼らは仲間ではない。ただNeithersの名の元に、個々が寄り集まっているに過ぎない」


「必要とあらば彼らも殺すの?」


「その前に、あなたを殺してからね」


 圭造は私の首に爪を喰い込ませた。圧迫されたせいで私は頭に血が上り、視界がぼやけ、手足に力が入らなくなってきた。


「気に入らない奴は殺す。これって、とても美しい行為だと思わないか?」



× × ×



「よくもまあ、そこまで太らせたよな。孤独をよ」


 聞きなれない声がアジトに響いた。圭造が出所を振り返った。「誰だ!!」


 そこに居たのは、昼間私を救った隼型獣人:識別番号八四一、三島優だった。


「よう、また会ったな。美希さんとやら」


 ボスと一緒に私を包囲していた残りの土竜たちが、全員彼の足元に倒れ伏している。

 彼は翼と融合した両腕を羽ばたかせ、浮遊して背後の壁に両足をつけた。そしてその壁を足場にして踏みしめたかと思うと、次の瞬間、彼の姿は目の前を通り過ぎる新幹線のように消え、ワタシの首を掴んでいた圭造も一緒に吹き飛ばされていた。


「ぐっ!!……クソォ!!」


「三島優!!……アナタ、一体どうしてこのアジトが……」


 彼は私の前に降り立った。「昼間よぉ、識別番号八四○を殺した後、しばらくの間工場の監視を続けたんだ。空から。そしたらお前たちから離れたところで、土竜型獣人がもう一匹穴から顔を出してるのに気づいた」


 私は彼の飛翔を思い出した。

 上空をぐるぐる回っていたのは私に姿を見せつけるためではなく、他に犯人の仲間がいないか探していたのね……。


「隼は目が良いもんでよ」


「クソっ!! 調子に乗るなハヤブサ風情がぁ!!」


 圭造が本気を出したようだ。


 粉塵を上げて識別番号八四三が地中に潜る。コンクリートの床を穿って。常識はずれの穿孔力だ。


「気をつけて。彼のランクは概算でBよ!!」


「ほ。Bとな。そいつはすげぇや。ところでよ、俺のランクはいくらくらいになるんだ?概算でいいから教えてくれよ」


「三島優、あなたは……」


 私は改めて彼の姿を見た。体型や毛並み。振る舞いから判断する人間理性残存量……


「あ、あなたは……」


 三島優が再び飛翔する。後ろに飛び下がると彼が居た地面が破裂し、圭造の頑健な五本の爪が空気を切り裂いた。コンクリートの破片が私に降りかかる。

 

 おかしい。私はこの非常事態に簡単な算数も出来なくなったのかしら。

 獣人指数:五○。ランクBでも上位に入る数値だ。昼間は仔細に観察する時間がなかったけれど、この数値が事実だとしたらこの隼型獣人、相当の戦力を持ってる!!


「美希さんとやら!! 隠れてろ!!」


 翼を生かした短時間且つ短距離の上昇と、空中での足技を織り交ぜる彼の近接戦闘スタイル。圭造の爪を用いた攻撃もまさに斬撃と呼ぶにふさわしかったが、三島優はまるで全てを見切ったようにそれを躱し続け、猛禽の鉤爪で土竜の体表に傷跡を刻んでいった。


 実力は、どうやら三島優の方が上らしい。押された圭造が再び地中に潜った。



 



 

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ジュウサイタイ【獣人災害対策本部】 秋風坊 @SyuhuBou

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