第3話 ランク
うねり続ける地中トンネル。土竜に強引に引きずられているせいで、腕や尻が痛くなってくる。
だんだん気分も悪くなってきた。これは自己嫌悪だ。
こういう事態に巻き込まれた己の至らなさに対しての自己嫌悪。
救出された後、局の仲間にどんな顔を合わせようかと早くもプライドの守り方を考えている自分への自己嫌悪。
そしてこの期に及んで自分は救出されるはずだと、どこかで信じ切っている浅はかな自分への自己嫌悪。
私はそれほどまでに自己嫌悪のスパイラルに陥ってもなお、その自己嫌悪を自覚している分、世の中のバカな人たちよりマシだと心の何処かで思っている。
そんな風に、下には下がいるからと、向上心を腐らせた瞬間に人間は退廃という名のブラックホールの重力に絡め取られ、抗いがたい道徳的自由落下を始めるのだ。
その自由落下の浮遊感に、人生経験や暗黙の了解といった御大層な名前をつけて持て囃すのも別に悪いことだとは思わない。やりたい人はやればいい。
でも、私は、そんなことしたくない。
私はそんな卑怯な人間じゃない。いや、そんな人間じゃないと、信じていたいだけかな……
蛇のように続いていたトンネルの先に、突然光明が現れた。
二人目の土竜型獣人:識別番号八四二は、私を掴んだまま光明の先へと躍り出て、彼らがアジトとする灰色の空間に着地した。
私は投げ出され、コンクリートの地面に身体を打ち付けた。
「おう、遅かったじゃないか」
「待ちくたびれたぜ、弟。キッヒッヒ!!」
「この女があんまり良い声で啼くもんでよ、ついつい余分に穴掘っちまったぜ。キッヒッヒ」
ハチヨンニはそう言うと、倒れ込んでいる私の方を一瞥し、“兄さん方、お好きにどうぞ”という仕草を仲間の獣人に向かってした。
私は貞操を汚される前に、護身用に持ち歩いている拳銃を素早く抜き、奥でたむろしている土竜型獣人たちに向かって何発も容赦なく発砲した。
弾は一発も当たらなかった。私の射撃の腕が悪かったんじゃない。彼らの動きが早すぎたのだ。
特に一番奥に陣取っているアイツ。
獣人として見たときの体型から判断した指標:人獣融合割合が目算で二:八だから、『融合指数』は〇.二五。
毛並みの落ち着き方から見る『獣人経過年数』はおよそ一〇年で、立ち居振る舞いをAI解析して得られる『人間理性残存量』は私の経験でいくと八〇パーセントといったところ。
一○×〇.八÷〇.二五=三二。獣人ランクはおおよそBだ。
Bとは参りましたと言うしかない。滅多にお目にかかれないランクだ。
弾倉を交換し、再び獣人の集団に向かって発砲。
弾丸は奥の壁に弾痕を残すだけで、残像を残して飛び回る獣人には当たる気配もない。
ハチヨンニは私の前に来ると、片腕で私の首を掴んで宙づりにした。
「おい。あんまりアジトの壁に穴を開けるなよ」
私は苦し紛れに挑発する。「も、元から……穴だらけ、じゃない」
「俺たちの移動用の穴はいいんだ。銃で穴を開けるなと言ってる」
「あれ何かしら」
「ん?」
獣人は私の目線の先を追った。私はモグラと融合して得られる獣人の鋭敏な聴覚に向かって「わぁっ!!」と大声を出した。
「ぐわっ!?」
堪らず手を離すハチヨンニ。
私は解放された瞬間、Dランク相当のハチヨンニの、まだヒトの弱さを残した柔らかい皮膚に向かって拳銃の集中砲火を浴びせた。
出血を確認。
「キッ、キヒヒッ、クソォォォォ!!!!」
彼は私に飛び掛かってくる。ギリギリのところで躱す。弾倉に残った最後の二発を撃ち込む。ハチヨンニは倒れる。
仲間の土竜型獣人の一人が私に向かってくる。
「獣人を一匹、しかもNeithersアジトの中で倒すとは油断ならん女だ」
再びモグラの剛爪が私に迫る。
しゃがんで躱すと、私は私に出来ることをした。出来ることをするのが大元さんの教えだ。
「……?? お前、何しやがった……何だそれは……」
固有遺伝子挿入機:通称コニュウ機。
特定の生物に固有の遺伝子をセットして注射器のように刺すことで、その生物の遺伝子をヒトに植え付けることができる。
そして、既に二種融合型の獣人となった者に三種目の遺伝子を植え付けると、対象は死に至る。
私は数ミリグラムだけ注入すると注射器を抜いた。ソイツは一瞬で瀕死に陥っていた。
「……貴様、捨て置けんな」Bランクのボスが喋る。
周りの部下は私の持つ注射器を前に警戒している。
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