第2話 同胞

 空の色は青から黒へと変わった。

 星々の煌めきのキャンバスを眺めているにも関わらず、何故か昼間の光景が思い出された。


『なに諦めてやがる』


 隼型獣人:識別番号八四一。彼の飛翔が脳裏を離れない。土竜型獣人を屠り去った後、天高く円を描いたあのシルエットが私に語りかけているようだ。


『どうだ。すげぇ気持ちいいぞ。お前も飛んでみろよ。ここではいつも俺一人で、誰も俺の邪魔をしない。たった一人で地上を眺めるんだ。誰も俺に干渉しないし俺も誰にも干渉しない。まるで孤独が自由に変換されてるみたいだ――』


 不意に、私は我に返った。

 何ということだろう。私が犯罪者の言葉を空想するなんて。

 彼:三島優は単なる殺人犯だ。いくら両親を殺されていようと、いくら復讐という大義名分があろうと、殺人は殺人だ。一線の手前で踏みとどまっている私とあの三島は違うんだ。

“孤独が自由に変換されてる”?バカバカしい……それもこれもこんな装備品があるせいだ。

 私はポケットの中をまさぐった。

 遺伝励起誘発剤:通称イッキ剤、そして固有遺伝子挿入機:通称コニュウ機。帰宅途中で研究所に届けるよう言われたそれら二つが、ポケットの中に入っていた。

 イッキ剤は、ヒトの遺伝子の中に眠る他動物と共通の遺伝子を励起させるのに使う。

 コニュウ機は、特定の生物に固有の遺伝子をセットして注射器のように刺すことで、その生物の遺伝子をヒトに植え付けることができる。つまりこの二つを合わせて使うことで、初めて獣人が完成する。


 本当はこんな役目、ごめんだ。獣化を待つ犯罪者に会いに行かなければならないから。

 なるべくならあんな奴らの顔は見ずに過ごしたい。嫌なものは見たくないんだ。でも、仕事だから行かなければならない。渋々就職したこの職場だけど、大元さんと過ごした思い出を、正しいか分からない理由で過去のものにしたくない。

 何が正解か分からなくても、人生という難問の答えを保留し続けるためには仕事を続けて生きるしかないんだ。こんな忌々しい猫型コニュウ機とイッキ剤でも届けない訳には――。


 夜道を歩いてしばらく経った。もう少しで研究所ということろで、私の脚が下から掴まれた。


「!? 何!?」


 私は反射的に飛び退いてしまい、掴まれた左足を支点にして綺麗に尻もちをついた。


「キッヒッヒ!!」


 それは、昼間に聞いた獣人の鳴き声と極めて酷似していた。


「そ、その笑い方は……」


「そう、ご明察。俺は土竜型獣人だ。今日お前らに殺された獣人は俺の同胞だった。Neithersの中でも、兄弟同然のな」


「一人じゃなかったのね……うっ、い、痛い!! 放して!!」


 脚をジタバタさせる私に、土竜型獣人:識別番号八四二は握力を強め、爪を私に喰い込ませる。


「『放して』だと? 聞いていたぞ。兄弟が放せと言ったとき、お前らの所属の獣人は放さなかっただろう!!」


 更に爪の喰い込みが強まる。足首に嫌な感覚が生じる。


「き、聞いて、いた?」


 この獣人、まさか工場のあの現場にいたというの?


「安心しろ。まだお前は殺さない……。そうだな、アジトに来てもらおうか。そこでお前を交渉材料に、色々と政府に要求したいことがある」


 そう、一種の獣人が一個体しか存在しないとするのは、獣人の扱いを生業にする者としてはひどい思い込みなんだ。そして現場にいる犯人が一人しかいないと断ずるのも、捜査当局としての思い込みだ。どちらも救い難い。私は救い難いバカだ。


「俺は土竜だからな。俺流の道案内でエスコートさせてもらうぜ。一名様、地中トンネル:アジト行き、ごあんなーい!!」


 私は遊園地のアトラクションさながらに、左足を引っ張られて地中に潜った。

 まさか、あの場の誰もコイツの存在に気付かなかったなんて……。

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