第9話 邂逅...(其の1)

 あばら家から、全身鎧に包まれた男が出てくる。腕には赤色の腕輪が付いており、背中には大鎌と大剣を引っ提げている。ガチャガチャと音を立てながら向かう先は冒険者協会。ひとたび街へ出ればあらゆる人の視線が彼へと向く。その視線は憧れの眼差しなんて崇高なものではない。数か月経った今で元破壊者が冒険者として活動すること、元破壊者がプレデター冒険者として活動することに良い感情を持っている人などいない。負の感情のこもった視線が浴びさせられるのみ。アリステオとの一戦の後からより顕著になったソレだったが、破壊者時代にも同じような境遇だったからか、彼は特に気にすることなくズカズカと歩いて行く。遇に物好きが話しかけてくることもあるが完全無視といった具合に他人との関わりを捨てている。

そして、今日も今日とて適当な依頼書を見繕う。

適当な依頼と言っても、プロ級冒険者が受けるような高難易度の依頼ばかり。「赤腕でプロの依頼書を10枚ほど持って行くやつを見かけたらソイツは死神だ。」

というのが冒険者間では常識になっていた。受付に10枚の依頼書を持って行く男。

「今日も死神様のお出ましだ~!!」

などと囃し立てる輩がいるのも、

「死神は出ていけ!!」

などと文句を言うものがいるのも、この地域の冒険者協会では日常となっていた。

そして、そんな声を受けながら

「今日はこの10件だ。」

丁寧に束ねた依頼書を受付へ渡す。

身分確認も階級確認もなしにアローンの名前と階級を書いていく。

毎日決まった時間に10枚の依頼書を持ってくる赤腕の男と言えば死神しかいないのだからこうなったのだろう。そして、報酬の方は9割引きをしっかり適応する。

記入が終わったところで受付が視線を送ると男はズカズカと冒険者協会を後にしていった。

「まずは、渓谷の魔物の殲滅か。」

などとボソっと呟くと、光の速さで街から消えていった。



 薄暗く冷たい場所。薬物の匂い、血の匂い、魔物の咆哮、人間の叫び声がする場所。牢屋には人間のようなシルエットがいくつも見られる。

ギギギという音がしたと思えば、バキっと何かが折れる音がした。何者かが逃げ出したようだ。

「片付けろΔ-9Q。」

それを察知した何者かが命令する声がする。

「了解しました。」

人のような姿をした者が逃げ出したものを追いかける。

逃げ出した人間?を追うΔ-9Q。施設の扉を破壊して飛び出す人間?。

ハァハァと息を切らしながら必死に逃げる。草木をかき分け、木々にぶつかりながら、必死に逃げる。全力で走る人間?を空から何者かが襲う。

正体はΔ-9Qだった。どうやらこの追跡者には羽が生えているらしい。

人間?は追いつかれてしまい逃走を諦め追跡者を必死に説得する。

「お前も俺と一緒だろ?体いじくり倒されて、ワケわかんねぇ核やら魔力やらを無理矢理注入されて...。こんなになっちまったんだぜ?己の自由だけでも守りたくて逃げ出したんだ。頼むから見逃してくれ。お前も同じだろ?なあ!お前も同じだろ?」

そう言う人間?の言葉を無視して距離を詰めるΔ-9Qと呼ばれた生物。

「死ぬか、戻るか、選べ。」

冷酷な声で淡々と告げる。突き出した腕は、人間のようなソレから龍のようなモノに変わっていた。その手に浮かぶ魔法陣。お前はいつでも殺せる、と言われているように感じるほどに絶対的な優位がΔ-9Qにはあった。

人間?の奥歯はカチカチと音を立て、今にも泣きそうな顔になっていた。

「戻ったって地獄のような仕打ちは変わんねぇ。どうせ俺みたいな失敗作は処分されるんだろ?だったらここで戦って...。」

刹那、人間?の首は吹き飛んだ。

「吠えるな、失敗作。その竜のような頭は飾りか?喋る前に炎弾の一つでも吐いてみせろ。」

その場所には、竜とゴブリンとスケルトンとの混じり物の死体だけが残った。

顔面こそ竜のように猛々しいものだったが、体のほうは貧弱なゴブリンのようで、ところどころ骨だけの部分があるというとてもみすぼらしいものだった。元が何者だったのなど誰も知らない。人間の知性だけを残した人間もどきがここでまた1体死んだ。

Δ-9Qはとある実験所の中へ戻っていった。

実験所の入口の錆びた看板にはこう書いてあった。「キメラ計画実験所」。

人間のようなシルエットの正体は、キメラたちだった、人間ベースの。

後天的に他の生物の因子を突っ込まれることで死ぬものや、狂乱するものなどいるが、もれなく処分される。逃げ出そうものなら先ほどの竜頭ゴブリン人間のように消されるだけだ。見た目は魔物に近くなってしまった者から亜人のようになったものなど個体に様々だ。魔物ベースのキメラというのは既に存在している。大規模な戦闘で使われることも多々あるが、あくまで調教することで人間の言うことを聞くようにしたようなものばかりで、要は使い勝手が悪いのだ。人間ベースで作れば、意志の疎通ができる、考えて行動することができるキメラができる。ステータスの低い人間でも強い肉体を手に入れられる、種族の縛りがある魔法を人間が使うことができる、ということを目的に始まった。もちろん素体となる人間は生きている。ただ、彼らは「存在していない」ことになっているものばかりだ。戸籍のない者、奴隷。失敗作になって処分されても、逃げ出して処分されても何ら問題はない。

「戻りました。」

Δ-9Qが戻ってきたようだ。

「どうなった?」

管理者らしき男が問う。

「戻る気がなさそうだったので殺しました。」

「そうか。まあ、逃げ出さなかったとてアイツは処分される予定だったしどうでもいいか。」

特になんとも思ってない様子。

「ああ、そういえば近々Ω達を死神?とやらのところに送るらしい。」

「Ωですか...。奴等はエスト級の因子にこそ耐えられましたが、他人を媒介しないと魔法が使えない魔力知覚不能者ですよ。そんなのを死神?ですか、ソイツの元に送ってどうするんですか。」

ニヤりと笑う管理者。

「冒険者協会に依頼を出していたんだ。他人の魔力の媒介ができるもの、それもエスト級の魔物と同等の生物への媒介ができる者がいないかって。でもまあ、人数は少ないわ、受けてくれそうな人はいないわで行き詰ってたのよ。Ωたちは魔力の知覚ができないだけで魔法は使える。同じ相手と何度も訓練すれば魔力を知覚できるようになるんじゃないかなと思ってね。で、冒険者の話だけど、それが見つかったって話。協会によるとソイツはどんな依頼でも受ける変わり者らしい。それに誰からも好かれていないらしい。嫌われ者には人外を、ってことで死神に確定した。」

ニヤリと笑っていた顔はますます悪意を増していく。

「悪い顔をしますね。それより、疑問なんですが、万が一Ω共が死神と関わることで我々に反抗するようになったらどうするおつもりで。」

「そんなの簡単だよ。魔法で呪いをかけておけばいい。我々に悪意を向けた時点で絶命する。それに、相手は悪名高き死神、情が移ることなんてあるわけない。」

「なるほど。いいサンプルになるといいですね。」

「うまくいくさ、きっと。」

不敵な笑い声が響く実験所。その裏でアローンの元へ送られるであろうΩたちの輸送の準備が始まっていた。

数刻後、とある場所へと集められる五人。彼彼女らは件のΩとやらだろう。

「アタシ達に先生ができるんですね。」

「先生というより師匠じゃないっすか?」

「いやいや、俺はマスターって呼ぶぜ。」

「アローンって名前だしウチはアロちゃんって呼ぼっかな〜。」

「初っ端から馴れ馴れしすぎじゃねぇか?」

わいわいと騒ぐ四人だが、

「相手は死神だ。そんな遠足気分で行くところじゃない。アイツラ...きっと私たちを死神に処分させようって魂胆だ。」

一人、みんなとは対象的に静かに怒りに燃えていた。

「そんなことないだろ〜?」

一人がそう返すが、以前としたその硬い表情は崩れない。

「0Aちゃん、そんなこと言っちゃって、最後にはベッタリになってそうですけどね。」

「大人ぶってるけど、まだまだ子どもだもんね。」

「う...うるさいお前だってまだ子どもだろ。警戒は怠らない、簡単に信用しない、って私達で決めたじゃないか。」

「なんというか、ただの直感すけど、今回こそはうまくいきそうな気がするんすよね〜。今までも何人も魔力の媒介役と特訓はしたけど全員一回で死んじゃったじゃないすか。でも、師匠となる方はプレデター級って言って、いっちゃん強いんっすよ?」

「だよな!今までとスケールも肩書も段違い、まさしくマスターって感じだぜ。」

などど話しているΩ達のもとへ例の男がやってきた。

「Ω-0A。」

「ハイ。」

「Ω-7I」

「は〜い。」

「Ω-6U」

「うい〜。」

「Ω-8E。」

「はい。」

「Ω-4O。」

「はいっす〜。」

「それじゃあ、並べ。」

それぞれの点呼を終わらせ整列させる。

「これより、Ω体の外部研修を行う。くれぐれも、我々から逃げ出そうなどとふざけたことを考えるなよ、いいな?」

淡々と無機質に告げる。Δ-9Qの時とは明らかに違う接し方。これが失敗作へ向ける視線なのだろう。

「さあ、行け。俺は転送魔法で後から行く。」

そうして、五人、否、五体は研究所を後にした。

 

 今日の依頼を終わらせ冒険者協会に戻ったアローン。

「依頼完了だ。」

依頼完了の旨を伝える。

「確認しました。報酬を。」

金貨10枚を受け取り、冒険者協会を去ろうとしたアローンに後ろから声がかかる。

「おい!死神。お前に客だ。」

後ろを振り向くと、そこにはメスディの冒険者協会長と、その横に白衣を来た怪しげな男が立っていた。

「なんの依頼だ。」

ガチャガチャと歩いて近づきながら問うアローン。

『読心』...。コイツ虚像心理を発動させている、どうやら只者ではないようだ。

そして、アローンに対して怪しげな男が耳打ちをする。

「ここでは少々話しづらい内容でしてね...。場所を変えましょう。」

場所を変えると言ったがどこへ行くつもりだ。まあ、ついていくか。

なるほど、冒険者協会の会議室か。

ギギギィとドアを開ける。

先客もいるのか...。

ドアの先には謎の五人が座っていた。が、次の瞬間

ッ?!コイツら...人間じゃない...!

人間からは感じることない、『魔物』の魔力を感じる。こいつら一体何者だ。

「死神ことアローン君、君にはこの子達の面倒を見てもらいたいんだ。」

...厄介なことになりそうだ。

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空虚な強者(最強の力の代償はたった一人からしか愛されないことだった)分冊版 サクリファイス @raurua

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