第8話 綺麗事...(其の2)
放たれた矢は標的を射ることはなく、地面に突き刺さりやがて消えた。
圧倒的な実力差。挑んだところで勝てるわけでもない。下手をすれば命だって失いかねない。それなのに何故、ここまで拘るのかが理解できない。
「サンクトスアロー!」
大弓から解き放たれた閃光がアローンへと迫る。
「遅すぎる。」
余裕で躱される、が躱したはずの矢はアローンについてきている。
なるほど、追尾系か。
たかが追尾された如きで、どうにかなるのかと言えばそんなことはない。追いかけてくるなら消してしまえばいいのだ。
大剣を振り下ろされた閃光は跡形もなく消え去った。
「まあ、プレデター級の人にそんなもの効くわけがないよね。」
そう言って大弓に新たに光の矢をつがえる。
「魔弓自体が帯びている光属性の魔力、そこに僕のマナを注ぎ込めば...」
先刻見た矢よりもより一層輝き、大きくなった矢が、
「グランサンクトスアロー!」
気合の入った声と共に解き放たれる。
さっきよりもスピードも威力も高そうだが、審問官の二人と比べれば大した事はない。
「エストシャドウショット。」
アローンの放った闇魔法に見事に相殺されてしまう。
「お前が本気を出したところで俺には勝てない、分かるか?そもそも武力を以て人を制すること自体間違えてるんだよ。お前が言葉での説得に失敗した時点で諦めるべきだったんだ。」
「そんなこと、本気を出してみないとわからないじゃないか!」
「そうか。なら好きにすると良い。」
特に構えることもなく佇んでいるアローンへ向けてアリステオの猛攻が始まる。
「エストマルチサンクトスアロー、ホーリースターダスト!」
ざっくり、50本ほどか...。数が増えてエスト級の魔矢になったところでやることは変わらない。
「エストシャドウシールド。」
月明かりに照らあれたアローンの影から盾が出現する。
光の矢はすべて影に飲み込まれ消えていった。アローンがアリステオの方を見ると、
?アリステオの姿が消えていた。隠密系か...弓者と隠密軒見合わせは、どこから打たれるのか、矢が放たれる直前まで気付けないのだから厄介だ。それに、、、
「精度が高い...。」
思わず口から言葉が漏れるほどに先程のような存在感が嘘のようになくなっていた。
ディテクションで特定したくとも、うまいこと魔力の痕跡を隠している。
アリステオがどこにいるのか、どこから、いつ、どんな矢が飛んでくるのか、そんなことを考えるアローン。
不意に背中に気配を感じたと思ったら、そこにアリステオはいた。
「君に僕のことを弓者だと思いこませた時点で...僕の勝ちだ。」
どうやら相手の作戦にまんまとはまったらしい。アリステオの手には光の魔力剣が握られていた。
なるほど、魔矢を使う魔弓使いともなれば魔矢と同属性の魔力から武器を形成することも可能か。それに、気づいたときには後ろにいた。正々堂々なタイプだと思わせておいて、これは中々やるな。
「さあ、僕の話を聞いてもらいましょうか!
背後からの渾身の一撃。相手がいくら強いといえど多少のダメージ
は入るはずだ、と確信するアリステオ。ヒュオーっと空気を切り裂く音とともに、光の魔力剣が振り下ろされ、鈍い衝突音が鳴り響く。衝撃と共にアローンの足が地面にめり込む、が、それだけだった。アローンを斬りにかかった剣はキリキリと音を立てながら鎧に阻まれるだけ。そして、あろうことかアローンはその剣を奪い取った。
「どんな一撃がくるのかと心配したが杞憂だった。」
そう言いながら奪った剣を、闇を纏った拳で握りつぶす。光の残滓が地面へパラパラと落ちていく。
最善の攻撃だったはずだ。それなのに効かなかった、護力が高すぎる。
アリステオの額は汗でぐっしょりと濡れ、呼吸がどんどん荒くなる。崩れ去った剣と同様に彼の心は砕けてしまったのだろうか。
いや、そんなことはない。彼の瞳は光を失っていない。
「これで諦めてくれれば楽だったのだが...。」
こういう諦めが悪い奴は死ぬまであきらめない。
「諦めが悪いのも僕の取柄だからね。」
すたっと後ろへ退き、魔弓を構えなおす。
「守護者の盾、戦者の剣。」
アリステオの前に現れた剣と盾、意志を持っているかの如く自ら動き出し、アローンへと攻撃する。
前衛と後衛が揃うというのは弓を使うものにとってこれ以上ないほどに戦いやすいこと。それを自分1人で完結させてしまえるのだから大したものだ。
戦者の剣は縦横無尽に飛び回りアローンへ攻撃を仕掛ける。そして隙を狙って飛んで来る矢、魔法を打ち返せば守護者の盾に阻まれる。弾いても弾いても、無限と言えるほどに飛んでくる攻撃、魔力切れするような素振りもなし。もうそろそろいいだろう、付き合うのも終わりだ。
「光速。」
アリステオの視界から消えるアローン。
ッ?!消えた?さっきまであそこにいたはずだ。一体どこに?視線に映るのは戦者の刃のみ。
「後ろだ。」
アローンは拳を振り上げ、アリステオの脳天めがけて振り落とした。守護者の盾がその拳を阻もうとしたが、なんの意味もなすことはなく粉々に砕かれ、脳天に拳が直撃した。
カハッっと掠れた声を上げ、そのまま地面に倒れるアリステオ。
チェックメイト。
「まだ...だ。」
弓を支えに立ち上がろうとするアリステオ。その表情は苦悶に満ちていてもなお、諦めを知らない。
「天光、闇を知らず、悪を知らず、闇を照らし、悪を散らす...。ヘヴン・ブラスト!!」
光柱がアローンに降り注ぐ。
レーザー系の魔法の上位互換か。それにしても、このエネルギー、とてもこの光柱だけのものではない...。降り注ぐ光の中、高純度の光の魔力が集まっているのを察知したアローン。二段式の攻撃か?だとしてもこの魔力量、爆発すれば動けないアイツ自身、それに例の賊共も巻き込みかねない...。馬鹿か?馬鹿なのか?どうしてここまで...。
「仕方ない。」
魔力最大、
「設置型障壁。」
魔力の集まっている場所を結界で囲い込み、ついでに自分の上に障壁を張る。
結界の中で、爆発が起こり辺りは光に包まれたが、衝撃の類は全て防がれた。
「お前、命は大事にしないといけない、などと言ってなかったか。俺が止めなければお前はおろか、お前が護ろうとした賊共も死んでいたが。」
地面に伏すアリステオにしゃがみ込んで話しかけるアローン。
「もちろん、そんなことは分かっていたさ。でも、僕は信じた。君の中にある善意を正義の心を。信じた僕の勝ちってことさ。」
勝ち誇った顔でアローンを見るアリステオ。
「何を根拠に言っているのかは知らんが、先の行動はお前の考えているほど崇高な意志でやったことではない。ここで死なれると、あることないこと言われそうで面倒くさかっただけだ。」
そう、本当にただそれだけだ。
「だったら、賊共を守るための結界を張る必要はなかったんじゃないかな。それこそ、守るのは僕だけでよかったはずだ。」
厳密には、結界じゃなく障壁なのだが、今はそんなことはどうでもいい。それよりも、少なからずアイツの言葉に影響されてしまったようだな。そして、黙り込むアローン。
「そうか。」
やっとこさで出た言葉はこれだけだった。
「単純な話だよ、誰にだって大切な人がいて、そんな人たちに向ける心には優しさがこもっているはずだ。そして、これは誰しも心に優しさを持っていることの証明になる。それはあの悪党たちにだって...、そして君にだってあてはまる話だ。」
大切な人...か。そんなものはいない。
「そんな心を持っているから人は変われると、僕は信じている。」
なんというか、楽観的なただの綺麗事にしか聞こえないな。
「そうか。」
だが、アイツ程の力を以てすれば綺麗事も実践してしまえる。
『力を持つものなら分かるだろ?』というのは、そういう意も含んでいたのだろう。実力の伴った理想は、現実となると。
サラセニア人だから考え方が違う。それは変わらない。だが、奴のあそこまでの執念、命に懸ける想い。それは認めるべきであろう。
それにここは四国、サラセニアでの普通もそうじゃないことだってある。悪党の処分は殺害以外でなんとかするか。
「俺は帰る。奴等の処分はお前の好きにしろ。」
「ちょっと待ってくれ。」
今度こそ帰ろうとするアローンをまたしても引き止めるアリステオ。
「僕は次の依頼があってね、できれば賊達を連行してもらいたいんだけど...。」
未だ地面に伏しながら話しかけるアリステオ。
「霊妙なる治癒。」
アローンの治癒魔法で頭に与えた傷を治す。
「これでもう動けるだろう。お前が自分でやれ。」
そう言い残しアローンは去っていった。
「『優しい死神』だね、君は。」
にしても、審問官の兄弟が強すぎただけであって、冒険者のプロ級は大したことがない、ということが分かったな。上級の破壊者もその程度の実力だから、どちらの陣営も中堅の実力は同じくらいか。そんなことを考えながら街へ戻ると、俺を待っていたのは罵詈雑言の嵐だった。最初は何故だか分からなかった。だが、内容を聞けばある程度の合点がいった。アリステオ関連のことらしい。
どうやら、アリステオと戦ったことで、俺は悪党ということになったらしい。
元々破壊者で、かつ急にプレデター級に上がった者、ただでさえ一般人からの不信感は大きかったのだ。アリステオと戦ったとなれば理由がなんにしろ印象はより悪くなるに決まっている。どうやら、
—数か月後
守護の国メスディににその男はいた。
「仕事完了」無機質な声とともにそれをかき消す魔物の断末魔。今日も今日とて仕事である魔物退治、敵はエストファイアドラゴン。強い冒険者でも数十人で倒すような厄介な魔物だ。それをたった一人で倒したのが「最強の嫌われ者」アローンだ。彼は「たった一人にしか愛されない代わりに、どんな力でも扱える」という一種の呪いのような力を持っており、それが理由なのか、誰からも嫌われている。報酬をもらうために冒険者協会へ行く道中も、嫉妬や妬み、あらゆる罵詈雑言が飛んでくる。しかし、アローンは何を言われても無反応。無視しているわけでもないし、我慢しているわけでもない。ただ無反応。彼の心には何も届いてないのだ。アローンが冒険者協会に入るとすぐ、睨まれたり、嫌な顔をされたり、コソコソと陰口を言われる。これもいつものことだ。
「おいおい、アローンじゃねぇか。なんだぁ?その角、今日もドラゴン倒してきたって自慢してんのか?毎日毎日ひけらかすようにしてウザいんだよ!!どんな力も使えるからって調子に乗るなよ」
おっと、今日は珍しく直に文句を言いに来る輩がいるようだ。きっと彼以外が毎日ドラゴンを倒してきたところで向けらるのは尊敬の念や賞賛の声だろう。しかし、彼は違う。どんなことをしたって、文句を言われる。そしてそれがこじつけであったとしても皆が同調し彼を責め立てる。
「討伐の証は?」受付嬢がめんどくさそうに聞く。
「...」黙ってドラゴンの角を受付嬢に渡す。受付嬢ひったくるように角を取ると
「報酬」とだけ言い金貨一枚を投げ渡す。相場なら金貨10枚は払われるのだが、嫌われ者の男に払う金などないといった考えなのだろう。
金貨一枚で今日の飯を買い家に帰る。釣銭である銀貨のみが彼を向け入れてくれる。常人なら耐えられないような生活だが中身が空っぽの彼にとってはどうでもいいことだった。
第一章 完。
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