第8話 綺麗事...(其の1)
薄暗く、カビの匂いが漂う洞窟の中から声が聞こえてくる。入口には数台の馬車、杜撰な装備が散らかっている。
「ボス、動き出すなら今じゃないでしょうか。あの『死神』が冒険者になって世間は混乱しています。この混乱に乗じてがっつり儲けてやりましょうよ。」
手下らしき男が興奮気味に提案する。
その目には、あぐらをかいて鎮座する豪傑が映る。整えられた顎髭が特徴的なその男が口を開く。
「うむ、そうだな。噂によれば、近々『アレ』がこっちに来るらしい。護衛はどうせ貴族の旅団、追加で国の衛兵が数人あたりだろう。」
離しながらご自慢の髭を触る。その表情から見るに衛兵など屁でもないと言った様子。
「それならボスの、二属性魔法でちょちょいのちょいですね。」
ガーハッハー!!と大胆に笑うボス。
「そうだ、複数属性扱えるというのは魔者の中でも特異な存在。複合属性の魔法なんて出してしまえばあんな奴ら屁でもねぇ。今まで通り蹂躙してやるよ。」
右手より滲み出る炎、左手からは雷、不敵な笑みを浮かべるその豪傑は悪党そのものだった。
「結構は一週間後、アグレドに『アレ』が到着してから三日後になる。襲撃のタイミングは日が暮れてから。いいか?お前ら!」
おおおお!!っと声を上げる一党。
数日後、暗闇の中を移動する影をいくつも目撃したという情報が冒険者協会へ届いた。なんでも、とある冒険者が夜にしか行動しない魔物の素材を確保しようと活動していたところ目撃したらしい。集団の規模、頭領らしき男の風貌より噂の盗賊団ではないかという話だった。
その後、協会が国と連絡を取ったところ、衛兵が数人貴族の荷物の護衛に駆り出されたとのことだった。さらに追加で、冒険者の手を借りたいという話もあったそうで、依頼書が発行された。
その依頼が出てから間もなくだった、男が現れた。
金髪隻眼、誰もが憧れる整った容姿と、眩しくなるぐらいに正義感にあふれた心。
上質な軽装備に身を包み、フォレベルクを素材に作られた大弓を引っ提げている、所謂、弓兵だ。弓には木の妖精のエッセンスが付与されているらしい。加えて実力はプロ級冒険者の上位層、ハンター級にこそ届かないがなかなかの実力者である。
憧れの視線をその身いっぱいに受け、受付へと例の依頼の紙を持って行く。
「他に受けてる依頼と近いから、ついでに行こうと思うんだ。いいかな?」
「ありがとうございます!アリステオさんが行ってくださるなら絶対安心です!」
「紙には二人と書いてるけどもう一人は決まってる?」
「ええと...少々お待ちを。」
裏の方でキャーキャーとアリステオの話をする声が聞こえた後、受付は戻ってきた、人数が5倍になって。
「なんか人増えてない?」
「お気になさらず~。」
増えた受付の内の1人が言う。苦笑いしかできないアリステオ、なんでこうなるかな~と頭の中でため息を吐くのであった。
「それで、もう一人の方ですが、まだですね。アリステオさん一人で十分だと思いますので、適当にこっちで捕まえておきます~♪」
「じゃあ、頼んだよ。」
そうして協会を後にした。
オエンたちと別れてから少しして、アローンは聞き込み調査をしていた。というのも、受付に依頼書を持って行ったのはいいのだが、アリステオを先に受けていたということもあり受付がよく確認もせず片手間で処理してしまったのだ。おまけにチラリと目に張った腕には
聞き込みをすれば嫌な顔をされ避けられる思っていたのだが、案外協力的な人が多いな。悪意の神と戦った後からだろうか、他人から向けられる視線が少しマシになった気がする。にしても、ほとんどが分からないとか、依頼書にあっただけの情だったりと全く役には立たない。そうして10数人に尋ねて回ったときだった、ついに重要な情報にありつけた。
アグレドの貴族が、隣国で発見された超高純度の魔石を購入し、それを自前の馬車で輸送させている途中らしい。場所はアグレドの中心部から大分ズレているらしいが、アローンの足なら余裕で間に合う距離だ。もう数時間もすれば日が沈む。襲撃に最適な時間は夜、急いで行かないとマズイかもな。
「助かった、少年。僅かだが礼だ。」
そう言うと金貨一枚を渡して光速で去っていった。
アローンに話をした弧族の少年は開けた口が塞がらず突っ立っていた。
「ききき金貨?!」
アローンは、少年がこんなことを知っているなんて物騒だなと思いつつも、自分の少年時代を考えるとなんとも言えない気持ちになるのであった。
少年から聞いた辺りに行くと、いかにもといった様子の場所と護衛部隊が見えた。
付近に冒険者はいない。襲撃前に盗賊を殲滅しに行ったのだろう。
「ディテクション。」
魔力反応で生物の位置を探る。
「見つけた。」
魔力反応の並びが、あきらかに動物の群れではなく、人間が集まっている様子だな。それに、1人魔力反応が高い奴がいる、おそらく頭領だろう。なるほど、頭領は魔者か。いや、武芸にすぐれたものがいる可能性も捨てるな。
他にそれらしい反応がないことを確認し、盗賊がいるであろう場所へ行くと、案の定族はいた。
「日暮れまで追い続け、日が暮れたら襲う計画か、そこら辺の族よりもしっかりしてるな。」
盗賊の見張りの後ろから声が聞こえる。
「だ..誰だ?!ってお前まさか...あの!!」
ガチャガチャと鎧の音を立てながら闇より出でたるは、『死神』。
「『死神』だ!!『死神』!!臨戦態勢を取れ!」
盗賊団が一気に臨戦態勢に入る。
奥に1人強そうなのがいるな、体格から見るにアレは攻者か、それなら魔者はどいつだ?
「おいおいお前ら!たかが『死神』だ。破壊者諦めて冒険者になったぐらいの名前が一人歩きしたただの雑魚!ひるまず戦え!」
その声と同時に一気に数十人がアローンに襲いかかる。
大剣、大鎌を構え、盗賊の命を奪おうと武器を振るった瞬間だった。
「お前!殺す気かぁぁ!!」
少し離れたところから飛んできた何かに攻撃が弾かれた。
「ッ?!」
遠距離からの攻撃。
「クソッ、何かに弾かれた。どこから誰が?」
「君、今この盗賊たちを殺そうとしたよな。」
そうして出てきたのはそう、アリステオだ。
なるほど、この大弓で...それにしては質量を感じない矢だったが。推測するに、魔弓か。
「そうだが。」
単調に、先の言葉に肯定の意を示すと、アリステオの顔は怒りに染まった。
「どうして殺す必要がある?まして、赤腕のプレデターである君が。圧倒的な力を持っていて何故、無力化ではなく殺すという選択を取る?」
アローンにはアリステオが何を言っているのか分からなかった。
「悪党は殺したって問題無い。それが俺の考えだが。何か問題でもあるのか?」
怒りに染まった顔は、半分呆れのような感情に塗り替えられていた。
「君、人の命をなんだと思っている。そんな軽々と奪っていいものでは...いや、君はもともと破壊者なんだったか。いや、だとしてもだ。人はそう簡単に殺してはいけない。」
コイツは何が言いたい?悪人が生きていたところで何も生み出さない。何も生み出せない。かつての俺が四国にとって害しかなかったように、サラセニアでは悪人が供物として神にささげられていたように。悪と見なされる者には生きる資格はない。自分のことを棚に上げてるなんてことは重々承知している。それでも、悪人に生きる価値はない。だから、
「人の命は大事、確かにそうかもしれない、それならそれを脅かす悪党はなおさら死ぬべきだろう、殺すべきだろう?『奪う』だけの存在。ものに限ったことではない、両親、親友、恋人、子供、大切なモノはいつ失うか分からない。ならその脅威を排除するのは当然のことだろう?お前は目の前にいる人間すべてを救えるとでも言うのか?」
冒険者二人の口論の隙をついて、頭領が動く。
「お喋りもほどほどにしろクソガキ共が!死ね!」
そういうと、何かを溜め始め、
「喰らえ俺の必殺、ボルテージファイアー!」
「「「出たぞ~ボスの必殺!ボルテージファイア!この二属性魔法であの冒険者も!」」」
雷と炎とが混ざり合い、波状になってアローンたちに迫ってくる。
「アンチ 。」
アローンの冷たい声と共にその魔法は消え去った。
「そんな、嘘だろ?!もう一回、ボルテージ...。」
もう一度放とうとした瞬間、
「今、俺達は話してるんだ。静かにしてくれるかな。」
アリステオは目にも止まらぬ速さで、盗賊全員を無力化していった。
「こいつらをどう処理するつもりだ?殺さないならどうする、牢屋に入れるのか?入れたとしてその後は?今まで何人も殺して、奪ってきた奴等だぞ。心が入れ替わるとかそんな御伽噺じみた話を信じろとでも?」
どれもこれも自分が言える立場ですらないのだから嫌になる。俺は死ねないから仕方ない、そうして言い訳することしかできなかった。
「お前も力を持つものなら分かるだろ?命の重みが。」
真剣な眼差しでアローンを見るが、
「分からないな。」
なにも響いてはいない。
「それは、君が他人の命について考えたことがないからだろ!」
「他人の命?俺は悪党の命の話をしている。」
フルフルと震えるアリステオ、歯を食いしばり怒りを必死でこらえている。
「そういう話ではないって言ってるだろ!どうして君は分からないんだ。命は大事にしないといけない、当たり前のことだろ!奪った分を償えというなら刑罰を受けさせればいいじゃないか。それすらもさせずこの場で殺す?ダメだろそんなの。」
「お前のお陰で一つ分かったことがある。お前ら四国の人間は俺のようなサラセニア人とは分かり合えない。そこの盗賊は好きにしろ。俺は帰る。」
そうしてアローンは去ろうとしたが、
「ここで君を見過ごせば、きっとまた誰かを殺すんだろう?そんなことはさせない。」
大弓を構え、魔法でできた矢をつがえる。
「お前...正気か?」
アローンも臨戦態勢をとる。
「プレデターだろうとなんだろうと、間違えた道に進みそうな人をそのままにはしたくない。それだけだよ。」
なにがコイツをここまで動かす?
光の矢がアローンへ放たれ、戦いの火蓋は切られた。
作者の小言
アリステオのが主人公してるね。なんならオエンとかトューンだってそう。
アローンさんは思想がヒーローじゃないって感じが強いです。それに「今は」生きる理由もないですし。
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