お祭りの後の別れ

 次の日の朝、子孫たちは病院へお見舞いに行った。小さな男の子は元気になり、検査が終われば退院できると母親は言った。子供たちは一緒にお祭りに行けると喜んだ。子孫たちはいったん家に戻り、お昼を食べた。


 子供たちはスイカを食べ始め、縁側に並んでスイカの種を飛ばしていた。


 その様子を百恵が眺めていると、


「下手くそだなあ、力が足りん」


 と貴之が子供たちの前に立ち、熱心な指導を始めた。


「もっと勢いよく、唇の力加減を考えて!」


「貴之さん、その子たちには聞こえませんよ」


「言葉は伝わらなくても、思いは通じるはずだ」


 そんな貴之の思いが伝わったのか、一人の子供の種が勢いよく飛び出し、垣根の方まで飛んでいった。子供たちはすごい、すごいとはしゃぎ。ほら見なさいと貴之は得意げな顔を百恵に見せた。


 その様子を部屋の中から美香子は、子孫の中で一番歳をとっているおじいさんの隣で眺めている。それに気づいた百恵はそんなに近づいたら寒がるわと言おうとしたが、夫の側で幸せそうな顔をしている美香子の顔を見てやめた。


 夕方、小さな男の子と母親が帰ってきた。子供たちは浴衣に着替えて、お祭りに行く準備をした。三人のおばあちゃんも一緒にお祭りに行くことになった。


 お祭りにはたくさんの人がいた。また、たくさんの屋台や出店がならんでいた。子孫の親たちは、子供たちに手をつなごうと言い聞かせている。子供たちは素直に言うことを聞くと親の手を掴み、行きたいところに引っ張って行った。三人のおばあちゃんもお祭り会場を歩いてまわった。


 射的の様子を眺めてハラハラしたり、ギラギラに光る容器に入った飲み物を飲む人々をまぶしそうにしたり、昔とは違うお祭りの様子を楽しんだ。


 いろいろ見て回っていると人混みの中から貴之が現れ、百恵に尋ねた。


「なあ、鰻釣りはやっているところはあったか?」


「そんな物はとっくの昔からここではやっていませんよ」


 と百恵はあきれて答える。


 貴之はそうかといい、じゃあ亀すくいを探してくるかと去って行った。


「なんで鰻釣り?」


 美香子が疑問の声を出した。


「昔、貴之さんがお祭りでよく釣っていたのよ。蒲焼きも作ってくれたわ」


「あら、いい話じゃない」


 と雪野がからかった。


「いい話じゃないわよ。貴之さん絶対に釣るまで諦めないものだから、大変だったのよ」


 百恵は手を空に広げ、大げさに困ってみせた。


 お祭りの中央から人々の盛り上がる声と陽気な音楽が流れてきた。


「盆踊りの時間よ、行きましょう」


 雪野は駆けだしていく。それに追いかけるように美香子はついて行く。


 百恵は「貴之さんを探して一緒に行くわ」と、二人と分かれた。


「貴之さんはどこかしら?」


 人混みの中を探したがなかなか見つからない。祭りは人々と、同じように祭りを見に来たのであろう死者たちであふれていた。待ち合わせしていたのであろう人たちが、携帯片手に合流している姿を見て、便利な道具があることにうらやましかった。


 探しても、探しても見つからず、このままでは盆踊りが終わってしまう。戻ろうかと諦めかけたとき、貴之の声が後ろから聞こえてきた。


「一人で突っ立て何をしているんだ」


 あらと振り向くと、貴之が立っていた。


「盆踊り好きだろう? 行かなくていいのか」


「ええ、そうです」


 百恵は貴之に差し出された手を取り、尋ねた。


「どうして私の居場所がわかったのですか」


「長年暮らしていればそんなものわかるさ」


 貴之はそっぽを向いてはぐらかした。


 二人並んで歩いていると、死者の一人に声をかけられた。


「旦那さん!奥さん見つかった?」


 また一人、


「お、会えたか良かった、良かった」と次々と声をかけてくる。


「まあ貴之さん、声をかけまわって私を探してくれたのですか?」驚いて聞くと、貴之は何も言わなかったが、耳が真っ赤だったので百恵はそれ以上は何も言わずに歩いた。


 盆踊りの会場に着くと、貴之は「何なんだこの曲は!?」と新しい曲に文句をいながら必死に踊りの説明を熱心に聞き、一緒に踊った。踊っている途中に雪野と美香子に出会い、デートの邪魔をしてごめんなさいと二人からからかわれた。


 踊り終わると、花火の時間が始まると放送が流れた。美香子は旦那と一緒に花火をみたいと、先に家へと戻った。会場はどこも人であふれている。


「屋根の上なら見晴らしがいいかも」と雪野おばあちゃんが提案し、建物の屋根の上へと集まった。


「屋根に登るなんてお行儀が悪くないかしら?」


 と百恵おばあちゃんが不安そうに言うと、


「幽霊の特権だよ」


 雪野おばあちゃんは返した。


 屋根へ行くと、同じ考えの死者達がいた。空いたスペースで花火を見上げる。


「いい花火だ」と貴之おじいさんが褒めた。


 珍しく褒めたものだったので、百恵は少しからかった。


「昔とは色も大きさも違う花火ですけど気に入ったのですか」


「花火がますます素晴らしい物に進化していくのはいいことだ」


 と貴之は頷いている。去年よりも花火の数は少なかったが満足して家へと帰った。



 次の日、子孫たちの一部は荷物をまとめていた。「いい電車の時間がとれなくてね」、「道路が混むから」と帰っていた。


 次はいつ会えるかな、正月は帰るよと話しながら別れを惜しんだ。子供たちはまたねと元気に手を振って自宅へ帰っていった。


 あんなにたくさんいた子孫たちが帰って行き、百恵の息子夫婦と一家族だけになり寂しくなった。一刻一刻と子孫たちとのお別れが近づいてくる。残った子孫たちはみんなでテレビを見て談笑し、夕飯を食べたあと、玄関へと集まった。


 送り火が暗い夜を明るく照らしている。


 一人の子供が「これはぼくが作ったよ」となすの精霊馬を息子に見せていた。


 息子は自分の孫に向かって「ご先祖様がゆっくりそれにのってゆっくり帰って行くのだよ。ゆっくり見送ろうね」と話しかけている。


 そんな息子の様子をみて立派なじいさんになったねと百恵は優しく頭を撫でた。


 「冷えてきたな」と息子は頭をさすった。


 迎えのナスの牛が家の前に現れた。息子の孫が手に持っているものと同じ姿だった。

 後ろからボーという汽笛が聞こえてきた。振り返ると、巨大なナスの豪華客船があった。雪野の精霊馬だ。


「今度は船だと!?」


 貴之がまた目を丸くして口をぽかんと開けて、卒倒する勢いだった。


「子孫最高」


 雪野は一言そう言うと、豪華客船は空へと舞い上がった。どの子供の作品だと頭を悩ます貴之をよそに、今度乗せてもらいたいわと心の中で百恵は呟いた。


 ゆっくりと進む空に浮かぶなすの牛に揺られながら、地面を見ると、息子たちが空を見上げていた。百恵は手を振り、ふと空を見上げる。また来年みんなと会えますようにと目をつぶってお祈りした。満天の星空からキラリと流れ星が落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迎え火と送り火の合間に 桃花西瓜 @momokasuika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ