子孫たちの危機

 次の日、朝食が終わった後も子孫たちは忙しそうだった。部屋の片付けをして、仏壇の前に座布団や椅子を並べ始めた。僧侶を呼ぶ準備をしていたのだ。忙しそうな様子と裏腹に、ワハハと笑い声が隣の部屋から聞こえてくる。百恵はその声の主に聞き覚えがあり、部屋へと入った。


 そこにはステテコ姿で椅子に座り、テレビを見ているお年寄りの姿があった。


「紀之ったら、子供の頃から変わらないね」


 百恵はため息をついた。紀之は百恵の息子だった。


「紀之より年上の山田さんは率先して働いているのに・・・」


 百恵は自分の息子が情けなく思った。そして、同じく隣でテレビを見て笑っている人物をにらみつける。


「貴之さん」


 不満の声を出すも、貴之は背中を向けたままだ。百恵は似たもの親子と呆れた。


 すると百恵の背後からゆっくり歩く人物が息子の肩を叩いた。息子の妻の明子だった。明子さんは紀之に着替えるように催促した。しかし息子は今いいところだからとテレビの前から動こうとはしない。今日はお盆だからお父様に叱られますよと明子は言った。


 その言葉に、息子の隣にいた貴之は気まずそうに立ち上がった。


「しっかりせんか、紀之! みっともないぞ」


 なんて声をかける。すると聞こえないはずの貴之の声が届いたのか、息子は渋々と立ち上がり、着替えるために、部屋に向かって行った。


 しばらくすると、家のチャイムが鳴った。僧侶が家に着いたのだ。子孫たちはぞろぞろ玄関に集まり、僧侶をもてなしている。僧侶は仏壇の前に座り、手に持った教本を開き、お経を読み始めた。その様子を三人のおばあちゃんと親戚たちは静かに聞いた。


 お経の声と、外からの蝉の声が混ざり合う。穏やかな時間が過ぎていった。僧侶のお見送りをした後、子孫たちは、お昼を食べに予約していたお店に行こうと、外に行く準備をしている。


 外にでると、ギラギラと日差しがさしていた。大人たちは「暑い、暑い」車のエアコンを最大にして車に乗り込んだ。子供たちはお出かけにはしゃぎ、明日のお祭りの計画を楽しそうに話していた。


 子孫たちはお店に到着し、みんな入っていった。どんな料理だろうとついて行った親戚もいたが、貴之が墓の世話をしているか見に行こうと言ったので百恵もついて行くことにした。


 墓場にはたくさんのお墓が並んでいた。花を片手にお墓参りをしている家族や、自分と同じように墓を見て回っている死者たちもいる。

 お供え物がたくさん置かれた墓、お酒だらけの墓、草がぼうぼうと生え、墓石がこけまみれになっているもの、傾いているお墓、様々なお墓があった。


「よかった。うちは綺麗にお手入れされているわ」


 ピカピカの墓石に、綺麗なお花とお供え物、そして雑草が一本も生えてないことに百恵は喜んだ。貴之も満足そうに頷いている。


 綺麗なお墓の様子に満足した後、子孫たちの様子を見に行こうとお店の方へと戻った。するとお昼を終えた子孫たちが何やら騒がしい。何事かと百恵は近づいた。どうやら子供たちが川で遊びたいと騒いでいる様子。大人たちはどうしようかと意見を言い合った。


「昔、おじいちゃんにお盆の日に川で遊ぶなって言われたけど・・・」


「前に行った川なら安心じゃないか?」


「川に行く準備なんてしていないよ」と反対と賛成に分かれた。


 すると比較的若い大人が「俺が子供の頃よく遊んだ川だし大丈夫。今日は天気もいいしさ」と子供たちの思い出のためにと付け加えた。


 大人たちはなかなか判断できず、空を見上げた。雲一つない青空に照りつける太陽。焼けるような熱さで判断が鈍ったのだろうか。


「よし、いくか。大人がいるから大丈夫だよ」との声に続き、賛成の声が上がった。子供たちは大喜びだった。そして子孫たたちは車に乗って川の方へ出発した。


 子孫達が心配で親戚たちと一緒に慌てて車の後を走って追いかけた。


「俺の教えを忘れたのか。お盆は川に亡者が集まる日でもあるのに」


 貴之は顔を真っ赤にしながら走った。


 川にたどりたどり着くと、子孫たちは川でもう遊んでいた。川の流れはとても穏やかだった。


 子供たちはもちろん、大人たちもはしゃいでいた。川に入らず、車で談笑している大人もいる。


 一人の若い女性と小さな男の子は川には入らず、河原で綺麗な石探しをしていた。すると別の少し大きな女の子が川から上がって女性に話しかけた。川でとったカニを見せようとしたのだ。女性はその声に振り向き、大きなカニと褒めた。


 隣の小さな男の子は「ママ」と女性を呼んだが、女性は女の子を褒めていて振り向かなかった。小さな男の子がムスッとして川の方を見ると、誰かが手招きをしている。モヤモヤとした手が川からおいでおいでの仕草をしていた。小さな男の子は川の方へ近づいた。


 その頃、百恵は川の中で遊ぶ親子を見ていた。すると後ろからポチャッと小さな水しぶきの音を聞いた。魚かしらと思って音の方を見ると足元で小さな男の子が川に沈んでいた。しかもその足に亡者の手が巻き付き、川の底へ引きずり込もうと深いところへ引きずり込もうとしている。百恵は慌てて駆け寄った。


 そのとき、女性は小さな男の子にも「カニだよ」と見せようと視線を戻していた。しかし、すぐ隣にいたはずの小さな男の子の姿がなかった。


 女性は思わず立ち上がり、男の子の名前を呼び探した。異変に気がついた大人たちも次々集まり、大騒ぎになった。誰もその小さな男の子の姿を見ていない。というのも、女性がすぐ側にいたから大丈夫だと安心して誰も見ていなかったのだ。


 川では百恵が男の子に巻き付く亡者の手のを追い払おうとしていた。


「やめて、その子に触らないで!」と叫ぶ。


 雪野と美香子、さらに貴之が百恵の声に気づき、彼女の元へ駆けつけた。


「百恵! どうしたんだ!」


 貴之は亡者の存在に気が付くとすぐに川に飛び込んだ。貴之も一緒に手を追い払ったが、亡者の手の数は増え続け、百恵と貴之の体にも絡みつきはじめた。


「貴之さん! あなたも亡者に取り込まれてしまうわ。離れて!」


 そう叫んだが、貴之は無言のまま亡者の手を払い続けた。


「どうしましょう」


 美香子は泣きそうな声でその場をうろうろとすることしかできなかった。幽霊の身では男の子の体に触れることが出来ない。雪野も助ける方法を懸命に考える。


「このままじゃ・・・そうだ! 幽霊は物を動かしたり、周りの温度を下げたりすることが出来るって、昨日のテレビで観たわ」


 思いついたと指を鳴らすと、雪野が集合と大声で親戚たちを集合させた。


 事態を理解した親戚たちは風を起こして気づかせようと子孫たちの周りを走り回って、溺れている地点につれて行こうとした。また溺れているすぐ側の河原の石を動かそうと動けと石に念じた。多くの幽霊が集まっているからだろうか。風の道を作り、小さな石がコロコロと動いた。


 しかし大人たちは誰も気がつかなかった。森の方に行ったかもしれないなどと、見当違いのところを探そうとする者。溺れている場所より先の川を探しに行こうとする者もいた。


 このままじゃ間に合わないと思ったそのとき、風を感じた子供たちが川に沿って走り出した。大人たちは慌てて子供たちを追いかけると、コロコロと転がる石のところで立ち止まった。


「あそこだ!」


ひとりの男が川の異変に気がつき、服を脱いで川に入ろうとする。


「待った!」


 別の男が川に入ろうとした男の左手首をつかんだ。


「冷静になれ! みんな! 手をつないでくれ!」


 大人たちは手をつなぎ、人間ロープになると慎重に川に入った。川は急に深くなり、男の腰のまで到達した。亡者の手は川に入った男の足をつかんだ。


「やめろ」と貴之が亡霊の手を踏みつける。


 男が足を滑らせて転けそうになったがなんとか姿勢を取り戻し、「気をつけろ。ここら辺結構深いぞ」と注意すると小さな男の子を抱きかかえ、河原に小さな男の子を寝かせた。


 小さな男の子はぐったりとして反応が無かった。川から亡者の手が這い出して小さな男の子を触ろうとしていた。親戚たちは「触るな」と手を追い払った。


 子孫たちは、男の子の体をさすり、小さな男の子の名前を呼んだ。すると、亡者の手が離れていったのだ。


 ゴホッと小さな男の子は息を吹き返した。誰かが呼んだのだろうか。救急車のサイレンの音が近づいてきた。


 小さな男の子とその母親は救急車に乗り込み、残された子孫たちは警察から事情聴取を受けていた。子孫たちが家路についたときにはあたりは暗くなり始めていた。子孫たちは暗い表情で静かに家で過ごしていた。


 プルルルルと電話が鳴った。携帯電話を握りしめていた男性はすぐに出た。残りの子孫たちはその様子を見守った。うんうんと頷いている。そして周りの人の目を見た。


「無事だって」


 その言葉にみな安堵のため息をつき、一斉によかったと喜びあった。泣いている人もいる。三人のおばあちゃんと親戚たちも喜び合った。


 百恵は貴之に寄り添い、腕をぎゅっと握りしめた。


「さっきはとてもかっこよかったですよ」


「お前が無茶をするからだぞ」


 と貴之はそっぽを向いた。照れている夫の姿に百恵はクスっと笑った。


 小さな男の子は一日病院で様子を見るために入院することになった。母親は付き添いで病院に泊まることになり、父親も病院へと向かった。


「明日のお祭りに行く気分じゃないね。私あの子のことが気になって楽しめそうにないわ」


 美香子が悲しそうな顔をした。


「とりあえず私たちも明日病院に行きましょう。」


 と百恵は美香子の肩をさすった。


 外から楽しそうな声が聞こえた。庭に出て様子を見ると、ご近所で花火を楽しそうにしている人たちの姿があった。


「もしかしたら今頃、庭で花火をしていたかもしれないのに」


「命は助かった。そのことに感謝しましょう」


 雪野は空に向かって手を合わせる。百恵もそうだね、と同じように手を合わせた。

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