迎え火と送り火の合間に

桃花西瓜

帰ってきたおばあちゃんたち

「こっちの服の方がいいかしら」


 鏡の前で、薄紫色の服をあてる。そう呟いたのは、顔に深いしわを刻んだ百恵というおばあちゃんだった。


「百恵ちゃん。こっちの着物とかどうかしら。お祭りもあるし」


 服選びに悩む百恵の後ろから、着物抱えた女性が親しく声をかけた。百恵より年上で、名前は雪野という。


 着物を受け取った百恵は、増えた選択肢にますます、悩んだ。こっちにしましょうとすすめてくる雪野。すると、新たな人物が着物の帯を押さえながら駆け足で部屋に入ってきた。


「雪野さん、ちょっとこっちに来て着付けを手伝ってくれないかしら」


「美香子ちゃん、去年教えたじゃないですか。不器用ねえ、もう諦めて洋服にしたらどう?」


「いやよ。着物がいいの。せっかくの日なのだから。着物で行きたいの」


 美香子と呼ばれた女性は、百恵や雪野よりもずっと見た目は年上ではあったが、二人よりも幼い態度であった。そんな美香子に対して二人も、まるでお姉さんのように振る舞っている。そんな会話をしながら、3人のおばあちゃんは出かける準備をしていた。


 雪野の勧める着物を着て、白髪を櫛でとかし、赤い口紅をさした百恵は、鏡に微笑んだ。すると外の方から、


「早く、出発するぞ。みんな待たせているぞ」


 と男の声が聞こえた。


「あら、いけない。もうこんな時間になってしまったのね」


 百恵は二人を手招きして、外へと急ぐ。外では先ほどの声の主が、文句を言いたげな顔で待っていた。百恵の夫の貴之である。また百恵たちの親戚も集まっており、そしてその後ろには胡瓜の馬たちが並んでいた。百恵は、胡瓜にマッチ棒が刺さったシンプルな馬に近づき、背中を優しく撫でた。


「今年のお馬さんは少し立派になったわね。どの子が作ってくれたのかしら。今年もよろしくね」


 馬に挨拶をしていると、頭上から声が聞こえてきた。


「百恵さん、お先に失礼します」


 見上げると、立派な胡瓜の馬車に乗った知人が手を振っている。行ってらっしゃいと百恵が手を降り返していると、隣の貴之が険しい顔で胡瓜の馬車を見ると文句を言い出した。


「風流じゃない。精霊馬は馬でないとだめだ」


「まあまあ、いいじゃないの」


 百恵が貴之の怒りを抑えようとしていると、胡瓜で出来たリニアモーターカーに乗り込んでいる途中の雪野が話に割り込んできた。


「貴之さんって頭が硬いのね。一生懸命用意してくれた物にケチつけないの」


 リニアモーターカー精霊馬を見た貴之おじいさんは目を丸くして、その場で固まった。馬でも馬車でもない、最新型精霊馬の存在を受け入れられないようだった。雪野の夫である弘がリニアの窓から顔を出すと貴之に大きく手を振った。


「噂のリニアだぞ。うらやましいか貴之」


「お馬さんじゃないと嫌ですって」


「ガハハ、じゃあ次はサラブレッドにしてもらおうか?」


「どの馬が一番早く迎えにくるか三文かけます?」


 雪野と弘は楽しそうに会話しながら、「お先に」とものすごい速さで出発した。


 貴之は口をあんぐりと開けたままだった。百恵は夫の姿に苦笑いしながら彼の背中を軽く突いた。


「まあまあ、乗りましょうよ。遅れますよ」


 その二人のやりとりを、後ろで美香子はクスクスと笑って見守っていた。


 貴之と空を駆ける馬に二人で乗り、子孫の待つ家へ向かった。空の上からはさまざまな家から目印となる迎え火の光が見える。百恵は私たちの迎え火はあれねと指さし、子孫の家に胡瓜の馬は向かっていった。地上に降りると、子孫たちは迎え火を囲み、空を見上げながら談笑している。子孫たちが百恵たちに気づく素振りはなく、会話に夢中だった。そのまま前を通り過ぎると、親戚たちは家に入っていった。3人のおばあちゃんはその場に残り、子孫たちの横に並んだ。小さな子どもの頭に手をかざし、自分の身長と比べてみる。


「ひ孫の身長が伸びたわ」


「子供が私より歳をとったわ」


 そんな会話を三人は繰り広げた。


 辺りはすっかり暗くなり、辺りに冷たい風が吹きてきた。迎え火の火を子孫たちが消した後、三人のおばあちゃんは子孫たちについて行くように家に入った。子孫たちは今から夕食にするらしく、テーブルの上には料理が並べられており、三人のおばあちゃんは美味しそうな料理に目を輝かせた。


「あら、この料理私がお嫁さんに教えた料理よ」


 と美香子が嬉しそうに指さす。


「まあ、この料理とっても綺麗で美味しそう。なんていう料理かしら」


 雪野が初めて見る料理をまじまじと眺めた。


 そんな2人の様子を百恵が見守っていると、うしろから貴之がやってきた。そして料理を一通り眺めると、伝統が守られていないと文句を言い出した。


「うちは昔から精進料理と決まっている。見ろ、天ぷらにエビが入っているぞ。」


「いいじゃないですか。私はエビが大好きですよ。とっても美味しそう」


 百恵は貴之をなだめた。


 子孫たちはご飯を食べ終わると、大人達は晩酌に興じた。子供たちはそれぞれゲームやテレビの幽霊の特番に夢中になっている。そんな子孫たちの様子を見て、貴之は再び文句を言い出すのであった。


「なんだ、せっかく集まったのに子供はピコピコゲームかテレビ、大人は酒ときた。俺の子供の頃は大人も子供もカルタをして遊んだぞ」


 孫たちの顔をひとりひとりのぞき込んで確認すると、呆れた顔をした。


 子孫たちが眠りにつき、静まりかえった夜。3人のおばあちゃんは夜の散歩に出かけることにした。夜の道は街灯に照らされ十分に明るかった。


「昔の街は街灯があってもこんなに明るくはなかったわね」


 百恵が懐かしむ口調で語った。さらに道を進んでいく。どんなに歩いても体は疲れず、どこも痛くない。生前は腰や足が痛くて、最後は外を出歩かなくなったこと思い出した。


 住宅街を抜け、お店の並ぶ道路へ抜けた。


「あら、ここのお店潰れちゃったのね」


 美香子が立ち止まる。生きていた頃、孫達を連れていった料理店の看板がなかったのだ。テーブルも椅子も無くなっている様子が窓ガラスから見えた。


「コンビニに行きましょうよ。今の流行を学ばなくちゃ」


 雪野が二人の腕を引っ張ってコンビニへと連れて行った。コンビニに寄ることが三人の毎年の恒例だった。


 コンビニに入ると、昨年とは全く違う商品がたくさん並んでいる。新しい物好きな雪野は興味津々でコンビニの商品を見て回る。百恵は雪野が満足するまで待っていることにした。


 しばらくして、百恵はそろそろコンビニを出ようかと雪野を探した。しかし、さっきまでうろうろしていた彼女の姿が見当たらなかった。どこに行ったのかと探せば、雑誌を立ち読みしている男の後ろで雪野と美香子が一緒になってのぞき込んでいる姿が目に入った。男は二人の幽霊からのぞき見されていることはいざ知らず、寒い寒いとしきりにエアコンの風向きを気にしている。


「何をしているいの二人とも。この人が寒がっているわよ。雪野ちゃんはもう商品はいいの?」


「待って百恵ちゃん。この漫画面白そうなのよ」


 もう少し見せてと手を合わせてくる雪野に百恵は呆れ、コンビニの外へ出た。外を見上げると、星とともに飾り付けられた胡瓜の電車が見えた。どこかの先祖が乗っているのだろう。しかしこんな時間に来るなんて遅刻ねと思うと同時に、貴之さんがあの飾り付けられた電車の精霊馬をみたら卒倒するわねと想像し、ふふっと笑った。


 二人がやっとコンビニから出て来ると、海で朝日を見に行きましょうと雪野が提案し、海辺まで再び歩いた。


「着いた! ああ、海は変わらないね」


 美香子おばあちゃんが大きな伸びをする。


「百恵ちゃん、美香子ちゃん。日が登るまでまだまだ時間があるし、追いかけっこしましょう」


「雪野ちゃんはおばあちゃんになっても子供ね」


 砂浜を駆けだした雪野を百恵は追いかけた。


「せっかくの着物が乱れてしまうわ」


 美香子は嫌がったが、彼女の側に戻ってきた雪野が海の水をかけるまねをした。


「ちょっと、やったわね! お返しよ」


「キャー! 美香子ちゃんの反撃よー」


 三人のおばあちゃんは楽しそうに笑い合った。追いかけっこの後は砂浜に並んで座り、昔の話に盛り上がった。


「よくここに子供達を連れてきたわ」


「美香子ちゃん、泳げなくてずっと座っていたわね」


「年取ってからはみんな座っていたわよ」


 そうしているうちに朝を迎えた。

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