迷いの草原

豆腐数

マ〇ヨイ

「もう! だから言ったじゃない、アタシ達にはまだここの探索はまだ早いって!」

「稼ぎが良いなら……って最終的に頷いたのはそっちだろ」


 魔女のトンガリ帽子にローブ、編んだ金色のおさげを振り乱しながら怒るのは、魔法使いのエミリー。応対するのは、剣士のライアス。腕白そうに刈り込まれた茶色い短髪が特徴的で、使い古された鎧を身にまとっている。この二人は親が両方冒険者の幼馴染で、十歳を過ぎてから二人で組んで冒険に出る事も多かったのだが、お互い遠慮ない関係で育ったのもあって、ケンカが絶えない。


 二人のレベルだとちょっと背伸びしたエリアに来てしまったのが運のつき。ここ「迷いの草原」は呼び名通り、常に背の高い草が生い茂っていて迷いやすい。切り払って進むにも、魔力を帯びた植物は異様に頑丈で、最初から開かれた道以外は進めないのだ。


 エミリーの得意呪文が炎だったから、この辺りに出てくる植物系の魔物とは相性が良く、探索始めは普段より調子が良いくらいだった。しかし調子に乗って奥へ奥へと進んでしまったのが良くなかった。二人のおこづかい事情ではお高すぎるMP回復薬がダンジョンど真ん中辺りで切れてしまってから、じわじわ追い詰められ始めた。そして冒頭のケンカに至る。


「だって、それは……アタシもお金欲しかったし」

「がめつい魔女様の報いってわけだ」

「何よ何よライアスのバカ! 人の気も知らないで!!」

「あっおい! バカ! 一人で行くなって!」


 ライアスの物言いにカチンと来てしまったエミリーは、彼の静止も聞かず走って行ってしまった。この「迷いの草原」は、いつの間にか道が変わる事で有名なのだ。先ほど来た道を振り返れば、もうそこは背の高い黄色い花の壁に埋まって存在しないなんて事はザラ。だから「ここに複数人で来るなら、何があっても離れるな」というのが冒険者の間でのお決まり文句なのである。エミリーも一度カッとなってすぐ冷静になったのは良かったが、戻ろうと振り返ったところで、高い草花の壁があるばかり。


「やだ……アタシってば、バカだ」


 せいたかのっぽの黄色い花達が、ザワザワ揺れる。愚かな若い冒険者を笑うように。揺れる植物の音が、ザワザワからザアザアと、更にうるさく響くのに気づいて、エミリーは振り返った。


「ウソぉ……トレント?」


 彼女らからしたら歯ごたえのある魔物が多いとはいえ、これまで見かけたのはせいぜい小さな草や花のモンスターばかりで、視覚的な脅威はなかった。しかし小さな家屋くらいの高さの巨木が、不気味な表情でノシノシ迫ってくるのは、新米冒険者魔女には十分の脅威である。慌てて杖を構えて炎魔法で迎撃するが、レベル差か体格差か、効果は薄いようだ。何より落っこちてくるリンゴや、飛び出る木の根を避けながら呪文を唱えるのはずいぶんと骨が折れる。やがて飛び出る木の根が足をかすめ、激痛で動けなくなってしまった。


(思えばライアスはいつも、アタシが呪文を唱える隙を作ってくれた)


 前衛の剣士、後衛の魔法使い。手垢がつくほど古典的で単純なパーティ構成は、古なじみの自分達にはよく馴染んでいた。


『ありがちで吟遊詩人も謳わないだろうけどさ、オレ達最高の組み合わせだよな!』


 魔物を切り払って振り返ったライアスの笑顔を、今更みたいに思い出す。飛び出す根っこが自分を貫こうと迫って来たところで、エミリーは目を閉じた。


「……だから一人で行くなって言っただろ!」


 頑丈な木の根を、抜いた長剣で受け止める後ろ姿。何度も何度もエミリーが見て来た、剣士の頼れる背中だった。


「お前の炎の呪文で煙が上がってたから位置はすぐわかったよ、でもここの草花の壁、ズルしてよじ登ろうとするとメチャクチャに振り払われて引っぱたかれるんだもんな、まだいってえ! お前のせいだからな!」


遠回りして全力疾走して来たのだろう、ライアスの息はゼイゼイ荒い。


「モタモタすんな、このリンゴ野郎の追撃が来るぞ、早く魔法寄越せ!」

「うっさいわね、今やるわよ!」


 エミリーの唱えた呪文が、ライアスの剣の刃を包んで──燃え上がった。化け物の木の根に引火して、怯えて引っ込む。つかさずライアスがすばしっこい動きで、樹の懐に飛び込み、幹を炎の刃で抉った。


「今だ! 一番デカい炎をお見舞いしてやれ! ショボい魔法じゃダメージ通らねえぞ!」

「魔法使うのはアタシだからって、簡単に言ってくれるわね!」


 言い合ってるうちに、エミリーの恐怖はどこかに失せていた。残った魔力を総動員して、いつもより長く、ややっこしい呪文を唱える。辺りに吹く、花を揺らめかす不気味な風さえ味方につけるための。


 言葉に従い、エミリーの周囲に浮かぶ魔力を帯びた炎と、周囲の風がまるでプロポーズの成功した男女のように混じり溶け合い、一つの大きな呪文となった。


炎の嵐ファイヤーストーム!」


 水っ気のない炎風がトレントを包み込み、大きな大きな木炭を作り上げた。


 〇


「ちょっと焦げちまったけど、この魔力帯びた木炭全部持って帰ったらオレ達ちょっとした小金持ちだぞ」


 精魂尽き果て、その場にひっくり返ったライアンが、同じく横に転がったエミリーに言う。


「こんなの全部持って帰れるわけないじゃない。あんたのそのボロッボロの鎧新調出来る程度持って帰れればそれでいいわよ」

「もしかして、お金欲しかったってそういう?」

「何よ、悪い?」

「……いや、悪かったのはオレだ。がめついなんて言っちまって悪かった」

「いいわよもう。カッとなって一人で行っちゃったアタシが一番いけなかったんだわ」

「いいやオレが悪い」

「いいえアタシ!」


 いつものように言いあって──二人は顔を見合わせて笑った。


 〇


「あーら、仲良しこよしのハッピーエンド? つまんないの」

「そぅお? 私はこういうありふれた物語が大好きよ」

「吟遊詩人になって謳うくらい?」

「そうね、それも良いかしら」


 迷宮に湧いた泉の水面に映る男女の様子を覗き込みながら、若草のドレスを着た、双子のようにそっくりな女の子二人が姦しく談笑していました。


 彼女達はこの迷宮の精霊──いえ、正確に言うならば、迷宮の壁となっている草花、マツヨイグサの精霊と言うべきでしょうか。


 元々この「迷いの草原」は「待宵まつよいの草原」と呼ばれていました。しかし、こうして道を塞いで冒険者の戦力を分割し、その絆を試して惑わせる精霊のイタズラのせいで、いつの間にかマツヨイがマヨイと縮まって、元の風靡な花の名前は忘れ去られてしまったのです。


「ま、いっか。次は醜い言い争いの、血で血の惨劇を呼ぶバッドエンドが見たいなぁ」

「私はいつでも平和主義者だから、今度もハッピーエンドがいいわ」


 そんな裏事情を知る由もなく。見事愛の試練を潜り抜けたこの二人は十年後に結婚します。

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迷いの草原 豆腐数 @karaagetori

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