悪役令嬢は東国に憧れている ~責任の取り方を知らない王子~
粟飯原勘一
責任の取り方を知らない王子の悪行
「アリス・モースタン。
君との婚約をここで破棄する!」
この国の王家で唯一の男児として生まれたダイナム王子は、少し控えめなドレスに身を包んだ婚約者である侯爵令嬢にそう宣言した。
彼自身の誕生パーティーとはいえ、このようなおめでたい席でそんなことを発表をするとは、無粋この上ないとは思いながら、侯爵令嬢・アリス・モースタンはとりあえず返答をすることにした。
「ダイナム王子、婚約破棄の理由をお聞かせ願いたく」
「フン、それだそれ。
おおよそ令嬢とは思えない大業な口ぶり。
一緒に歩こうとしても数歩後ろで何も言わず、俺を何だと思っているんだ」
フン、と鼻を鳴らしたダイナム王子はこちらに向けて嘲笑を向ける。
はるか遠い東国の姫を母に持つアリスからすれば【3歩下がって歩く】は基本であり、礼儀をわきまえた態度をとっているつもりだった。
そしてその時、ダイナム王子の脇に、娼婦のようなピンクのフリフリドレスを来た少女がいるのが見えた。
「それに何だ、貴様は学院において、この可憐なジェシーに対し、俺に近づくななどと恫喝したらしいな!
万死に値するぞ!
それにジェシーの教科書へのいたずら書き、物を隠すなど、ジェシーが俺に相談してきたぞ!
すべての罪を認めろ!」
「そうです! 万死に値するのです!!」
そういい放ったのは、ジェシー・ウィリアムズ男爵令嬢。
「…」
この時会場にいる王子とジェシー嬢、そして王子の後ろに控える2人の側近以外すべての人物が「婚約者がいる王子に擦りよった男爵令嬢のほうがよっぽど万死に値するでしょうが」と思った…普段は王子派の貴族ですらも。
「…そうですか」
もはや何も言えなくなったアリスに、王子は「何も言えないようだな」と嘲笑を深める。
「私はただ単に【婚約者のいる王子に自分のもののようにすり寄るのはいかがなものか】といっただけでございますが」
「黙れ、それが貴様の態度で恫喝に見えたのだ!
ええい、貴様との婚約は破棄だ! これは決定事項だ!!
俺はジェシーと婚約する!!
しかし俺は優しいからな、アリス、貴様の美貌に免じて側妃として迎えてやろう!!
国王と王妃になる俺とジェシーの仕事の肩代わりをさせてやろう」
一応ダイナムはアリスに温情とばかりに側妃として迎えると宣言する。
王妃教育はすべて優秀な成績で修了し、王太子の仕事も一部肩代わりしていたアリスを、ダイナムは婚約破棄してもこき使うつもりだった。
そして今まで三歩後ろで控えていたアリスがそれに口答えをしなかったため、それを受け入れると思い込んだ。
しかしアリスは、強いまなざしでそれを遮った。
「なりません!!
私はあなたとの婚約中、努力をしたつもりでございました。
しかしそれをご理解いただけなかったのは私の不徳の致すところ!
レイ、お父様、例の準備を!!」
「ほ、本当になされるのですか、アリスお嬢様!?」
そばに控えていた侍女のレイがアリスの言葉に驚きながら、「わかり、ました」と涙ながらに”準備”を始めた。
「準備、だと?
何をするつもりだ?」
何が起こるかわからない状況で、ダイナムだけは少し眉をひそめただけで成り行きを見守る。
「…貴様のせいだからな」
いつの間にやらダイナム王子のそばに来ていたアリスの父・モースタン侯爵が小声でダイナムに声をかけた。
「なっ!!」
不敬だと言おうとそちら睨むが、モースタン侯爵も侍女同様涙を流しており、騎士団でも指折りの屈強な侯爵の男泣きにダイナムとジェシーもたじろぐ。
そうこうするうち、アリスが白装束に身を包み、シーツの敷かれた舞台中央に上がった。
手には短刀を持っており、背後には侍女のレイが大きな刀をもって寄り添っている。
「何をしておる!」
「国王陛下!!」
その瞬間、会場の入り口に国王が現れた。
「アリス嬢、バカなことはやめるのじゃ。
愚息のために君がそのようなことをしてはならぬ!」
「父上、いったいこれは…」
「やかましいバカ息子!
あの行動は、東国の騎士が無念であることを示すために、自害する儀式…切腹というのだ!!
貴様の行動のせいで、東国の騎士の血が入っているアリス嬢が、自害すると言い出したのだ!!」
「なんですって!!」
さすがのバカ王子も側室に迎えようと言い出したアリスが自害するのは本意ではないため事の重大さを理解したようだ。
しかし横にいるジェシー嬢はむしろ驚いてはいるようだが、それ以外の感情はないようだ。
その時、アリスは持っていた短剣を腹にもっていき、最後の言葉を叫んだ。
「国王陛下、恐れながら婚約者としてこのような屈辱には耐えられません。
ここでの切腹をお許しくださいませ。
そしてお父様…私は無実でございます!
その証拠を集め…私の無念を晴らしてくださいませ!!」
その瞬間、アリスはその華奢な腕で割腹し、苦しみだすと侍女のレイは「お嬢様…御免!!」といって首を切り落とした。
アリス・モースタン、享年19(満年齢17)。
短すぎる、そしてダイナム王子に振り回された、報われない人生であった。
「この戯け物が!!!」
アリスがこと切れた後、会場は騒然となった。
そして国王陛下は呆然とするダイナム王子に詰め寄り、頬を張った。
「王子!!」
ダイナムが殴られたのをみてジェシーが駆け寄る。
「貴様のせいで、国母となるべき女性が不在となった…」
「ですから…」
「言い訳なぞするな!!
貴様もだ! 男爵令嬢だかなんだか知らんが、あそこまで王子婚約者の令嬢を思い詰めさせ、何をしたいのだ!」
「…知らないわよ!! 勝手にアイツが死んだんじゃない!!
王子の婚約者に私がなっても、側妃になれるんだから、それで…」
解決だ、と云おうとしたのだろうが、さすがにダイナムが口をふさいだ。
「…もういい、貴様らは自分たちが何をしたかわかっていない…おい衛兵。
この戯け者二人を、地下牢に閉じ込めろ!」
「はっ!!」
そういうが早いか、衛兵は何やら叫んでいる二人を捕まえ地下牢への幽閉を決めた。
そして、二人の退場とともに国王は今回のパーティの閉会を宣言した。
「国王陛下…」
「モースタンか…すまないことをしたな…愚息のせいで」
「いいえ…お気遣い痛み入ります」
国王夫妻はアリスを気に入っていた。
王妃の遠縁にも東国出身者がおりアリスの騎士道精神は東国の、いわば「時代遅れ」ともいえる自己犠牲を精神を持っており、今回の騒動もその精神が生んだ悲劇であった。
「バカ息子とはいえ…アリス嬢のことは慕っていたはずなんだが…」
「…だとしても、彼のアリスの扱いは、ひどすぎやしませんか、国王陛下」
モースタン侯爵家は、数代前に王家から臣下に下った貴族家であり、今まではあまり王家とつながりを持っていなかった。
しかしを男気のあるモースタン侯爵を気に入っていた国王が、王子と年齢の近い令嬢の生まれた侯爵家に婚約を持ち掛けたのだ。
アリスは4人兄弟の末っ子、唯一の娘ということもあり、一家で愛情をもって育てていた。
しかも東国出身の母に東国の流儀を叩き込まれ、つつましい女性としてダイナム王子に気に入られるため、そして未来の王妃として王妃教育も完璧にこなし、王妃やダイナムの妹である王女にも気に入られていたアリスは、王妃に一番近い令嬢であった。
しかし、ダイナムの気まぐれで男爵令嬢を王妃とし、しかも婚約破棄だけならまだしも、側妃するなどとアリスのプライドをズタボロに切り裂いた結果、すべての糸が切れてしまったために起こった悲劇である…つまり、彼女はダイナム王子が殺したも同然だ、国王はそう考えていた。
そして国王は先ほど、ダイナムとジェシーが言っていた、アリスの所業が本当にあるかどうかの徹底究明を命じた。
結論としては、ダイナム、ジェシー、そしてダイナムの側近二人の宰相令息と宮廷魔導士令息の合わせて4人はアリスの行動を問題視しているという談があったが、それ以外の人物からは普段ダイナムに近しい貴族からすらダイナム・ジェシーの素行不良の証拠が面白いように集まった。
そして、どの証人からもアリスの普段の行動は絶賛されていた。
「…モースタン、すまなかった…」
「…いえ…アリスの無念が晴れたのがせめてもの…慰めにございます、陛下」
そういうとモースタン侯爵は涙をぬぐった。
この結果を受け国王と王妃はダイナム王子の廃嫡と国外追放、ジェシー嬢もダイナム王子とともに国外追放となった。
また、ダイナムの側近だった王家から受けた罰こそ二人は厳重注意のみだったが、二人は宰相と宮廷魔導士の嫡男だったため廃嫡を言い渡され、二人とも平民になることが発表。
しかし、王家唯一の男児であったダイナムが廃嫡されたことで、女王を認めていない国家の王族の後継ぎがいなくなってしまった。
そこで、亡くなったアリス・モースタンの兄で、王家とは遠縁ながら血がつながっており、国王一家との関係性も良好なモースタン家嫡男だった長男・ロイド・モースタンを王家の養子に迎えて王太子とすることが同時に発表された。
またダイナムの側近だったため長男が廃嫡された公爵家は、モースタン家の三男・キレア・モースタンと長女が婚約していたため、急遽宰相家の跡取りとして婿入りすることとなった
なお、モースタン侯爵家は次男・ノーマン・モースタンが継ぐことになった。
皮肉にも、アリスの死によってモースタン侯爵家はさらなる発展を遂げることになった。
「アリス…お前はモースタン一族の誇りだ」
墓参りに来たモースタン侯爵は、亡き娘・アリスの墓の前で再び涙を呑むだった。
のちにこの国で伝説となる”幻の王妃・アリス・モースタン"の伝説がここに生まれたのだった。
~fin...~
悪役令嬢は東国に憧れている ~責任の取り方を知らない王子~ 粟飯原勘一 @K-adashino
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。