第27話 第一次限界突破


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この世には地、海、空の三つの国が存在する。

地の国は下より湧き出る獣どもを鎮め、空の国は上より降り来る異どもを穿つ。

そして二国に挟まれ、護られし海の国は、戦乱により穢れた二国の資源を回収してし、再び二国へ澄んだ資源を落としている。


しかし、その構図は元から存在したわけではない。

原初の時代において三国はそれぞれ独立し、互いの存在すら認知していなかった。

それらを取りまとめ、各国の巫女達の力を借りて今の仕組みを可能とする国の『門』を創り、世界を滅亡の憂き目から救った者達こそが『六人の旅人』である。


今より語るは、地の国に残り鎮守府を築いた彼らの内の二人、『勇者』と『賢者』の終着点。

長い永い旅の終わり、そして始まりの物語。

どうか語り繋いでほしい。彼が全てを捧げ、繋ぎとめた希望を。

国を渡り、死してなお身を捧げ続ける、彼らの献身を——


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(自分を犠牲にして世界を救うタイプか)


見開き一ページ目を読んだ聡は、ベタな展開だなーと、口が裂けても口外できないことを考えながらペラペラとページを捲って流し読みする。


『六人の旅人』シリーズ。

それは、家事や仕事で疲れきった大人が子ども達を早く寝かしつけるために読み聞かせるような長編の童話の原典であり……このテレーゼ王国の歴史書として公認された国書の一つでもある。

それゆえに王国には特にこのシリーズのファンが多いらしく、なんなら王女様も好んで読んでいたらしい。


そんな万人受けすること請けおいな本だったが、万能薬の存在が記された本の中で現状では最古のものだからとサトルに頼まれ、図書館に来て読み始めたものの、最初の一ページを読んだ時点で聡の食指は止まっていた。


それは、単なる好みの問題か。それとも——





(万能薬の所だけ読もう)


沈みそうになった気分を切り替え、万能薬が封印されたという記述があるらしい終盤を読むべくページを一気に捲る。

一応最序盤にも登場するらしいが、少ししか記述がないらしいので今回は無視だ。


「ここか?えーっと何々……幾多の山々を越え、広大な泉を渡り、氷に支配された地の中心にて青の番人が護りし『扉』の周りに…………よし」


パタンッと本を閉じ、目をつぶって上を向く。


「無理だろこれ」


封印するにしても、世界の最果て北極or南極はやりすぎだ。

飛行機が無いこの世界の移動手段で、二年以内に巨大生物がわんさかたむろしている未開の地を往復しろというのは、いくらなんでも難題すぎる。


「いや、でっかい鳥とかを捕まえれば……?」


そこまで考え『まあいいか』と思考を放棄しながら情報を送る。

あとは向こうで勝手に頑張ってくれるだろう。



———




遠くから騒々しく金属音が響いてくる木陰にて。

緑と茶色の円陣を眼前の谷に向けて放ちながら、サトルは小さく声を上げた。


「あ」


「どうしました?」


「今向こうが本を読んでくれたみたいなんですけど、今から盗る卵ってそういうことですか?」


横で準備運動をしながらとある場所を注視しているリーナは、視線を動かさないまま首肯する。


「そういうことです」


「懐くモノなんですか?人間のことを餌としか見ないんじゃ……」


「懐く、というよりは人を餌では無いと認識させて友誼を交わす感じですね。彼らは生まれた頃から自立した、誇り高く孤高な存在ですから」


「誇り高く孤高……めっちゃ徒党組んでますけど?」


十数キロ先に浮かぶ黒い竜巻きのようなものに目をやるサトル。

一人の人間相手に集団リンチをかましている彼らには、誇り高そうな要素は何一つ見受けられなかった。


「他の鳥と比べて誇り高いだけですので。野生の鳥が餌を前に順番待ちすると思いますか?」


「それもそうですね」



———




とりあえず一つタスクを終わらせた聡は、背表紙に『六人の旅人——終章・地——』と記された本を棚に戻し、もう一つのタスクに取り掛かった。


「これを覚えられるんですか?」


「スキルを使ってズルしてるので」


聡が模写しながら必死に暗記しようとしている魔法陣の図面を、いくつか本を抱えたままやってきた王女……もといリーナが覗き込み、感嘆の声を上げる。


「五代属性魔法なら『〇〇ボール』とか『〇〇ウォール』とかで系統別に共通点が多いですし、形もシンプルなんですけど、光魔法とか闇魔法、それにコレは地味に対称性がズラされてるので本当に覚えにくいんですよ」


「雷魔法……たしか魔法具で使われることが多いんでしたっけ。学園で習った記憶があります。回路を作れるんですよね?」


魔法具とは魔法陣が刻まれている道具の総称で、雑に魔力を流すだけでその道具に仕込まれた機構ギミックを使うことができるのだ。

機構ギミックにも、ファイヤーボールを飛ばすだけの単純なものから『金輝の導糸』のように複雑なものまであり、それらを起動するために共通して仕込まれている魔法陣が、今サトルの目の前にあるものなのである。


なぜ雷魔法が魔法具の分野でそれほど重宝されているのか。

その理由は、この魔法が他の魔法には無い可逆性——魔法から魔力へと戻ることができる性質——を持つ点にある。

正しくは雷魔法を魔力に変換する魔法陣が存在する、と言ったほうがいいだろうか。


主な使用法としては、まず雷魔法の魔法陣に魔力を込めて、導線に電流を流す。

そしてその魔法の電流を発動したい魔法陣の内部に仕込まれた雷魔法を魔力に変換する魔法陣で再び魔力に変換するのだ。

難点は導線を通る段階でもの凄い抵抗がかかるため、変換効率が驚くほど悪いことらしい。

その改善策として、物理的な電流を変換できないか調べている団体もあるらしいが、厳しいだろう。

魔法の現象と物理の現象は、似て非なるものなのだから。


「そうらしいですね。あとは巻物魔法スクロールマジックでも時々使われるとか」


「なるほど……あれ?そういえば雷魔法って、魔法使いでも覚えない魔法の一つじゃありませんでしたか?」


「そうらしいですね。魔法具に刻むだけなら覚える必要ないですし、そのまま撃っても大して威力ありませんし。……語感はかっこいいのになぁ。安直だけど」


『エレクトリックアロー』と題されたページを眺めつつ、独りごちる聡。


「じゃあなんで覚えようとしてるんですか?」


「僕もよく分からないんですけど、金色の人からメレーヌさんと向こうの僕経由で伝言されたので」


「金色の人……?」




◇◇◇





「やあやあ、はじめまして。この国の騎士団長をさせてもらっているアストガルムです。気軽にアルさんって呼んでね。これからどうぞよろしく」


「はじめまして……って感じはしませんけどね。伊藤聡です。よろしくお願いします、アルさん」


笑顔の騎士団長から差し出された手を握り、形式的な初対面のやり取りを終えた聡は、促されるまま椅子に座った。


「それで、お話って何ですか?」


「いやね、君達のおかげで大仕事が一旦片付いて僕もちょっとだけ時間が空いたから、君のお手伝いをしようと思ってさ」


「お手伝い?」


「うん。これの使い方を教えようと思って」


そう言ってアルは肩に担いでいた大きな麻袋の口を開け、中に手を突っ込む。

そして実物は見たことがないものの、妙に見慣れた弓矢モドキを取り出した。


「ボウガン……?」


「魔法具を使った戦い方に興味はあるかい?」


「あります」


即座に頷く聡。

今のところ剣しか有効な攻撃手段がないため、前々から賢者らしく魔法で遠距離攻撃をする手段が欲しかったのだ。気分的に。


「だと思ったよ。いやぁ、嬉しいなあ。これで同志が増える」


騎士団長はホクホク顔でボウガンを机に置くと、さらに袋から縄やら筒やら何に使うかわからないものを取り出し、並べていく。


「同志が増える……?魔法具ってあまり人気が無いんですか?」


「いや?ただ使える人が限られてるってだけだよ。実戦で使うなら雷魔法を使えないといけないから、適正職業的にね」


「あーなるほど」


この世界では、適正職業や個人の素質、技能スキルによって使える魔法が限られると言われている。

もっと簡単に、オブラート抜きで言えば、魔法陣を覚えられるアタマがあるかどうかで魔法の習得難易度が変わってくるのだ。


それでも火や水などの基本属性魔法の初歩レベルならわりと誰でも覚えられるらしいが、各種ブラスト系や雷魔法などの複雑な魔法は、本を読む習慣が無く【暗記】スキルを獲得しにくい物理職の者達にはほぼ確実に覚えられないらしい。


「逆になんでアルさんは雷魔法を使えるんですか?」


「僕が本も読まずに剣ばかり振り回してる脳筋に見えるかい?」


「……まあ、確かに。頭良さそうですけど」


「ちなみにエリックも雷魔法を使えるよ」


「僕たちの立つ瀬をガンガン削るのやめてもらえます?」


魔法職泣かせのインテリ物理共に思わず真顔になる賢者。

そんな彼をよそに袋の中身を全て並べ終わったアルは、笑顔で手を叩いた。


「さてと、雷魔法は覚えてきたよね?」


「はい。ギリギリ間に合いました」


「話が早くていいね。それじゃあ魔法具の種類……は、今からコレを読んでもらうとして、並行して実戦での活用法について話そうか」


そう言いつつ黒い背表紙の本を渡すアル。

受け取った若干手作り感のある古びた本の表紙には、『魔法具の使い方』とシンプルな題名が書かれていた。


「あ、説明書あるんですね」


「この世に二つしかないレアモノだから、大切に使ってね。じゃあ六ページを開いてくれるかい?」


「分かりました」


聡が慎重にページを捲ったのを確認し、アルは微笑を浮かべつつ口を開く。


この日、この時から、賢者の集中強化期間が幕を開けた。





◇◇◇






地鳴りと共に地面から黒い鉤爪が突出し、聡に迫る。


「あっぶなってうわぁぁぁあ!?」


それを紙一重で避けた瞬間、地面が陥没した。


「ロックウォール!サンドウェーブ!」


足元に開けられた大穴に土の円柱を立てて足場とし、砂の波を中に注ぎ込む。

魔法で作られた砂は、魔法抵抗をもった物体に軽く圧迫されるだけでも消えるシャボン玉のような物体であるため、今この足元は地中を泳ぐエセドラゴンにとって落とし穴のようになっている。

まあ普通に警戒されているようで引っかかる気配は無いが、今回の狙いは別にあるのだ。


「もう自由に動けないだろ」


同じような砂地の円が見渡す限りに数十個点在している。

それこそが、三十分にも及ぶ長丁場の成果だ。

モグラは攻撃の時にだけ地表近くまで接近し、高速で移動しながら爪だけを出して攻撃してくる。

しかし、地表付近の土がほとんど魔法の砂に置き換わり、移動する余地が残されていないため、その手法はもう使えない。

ならばヤツは諦めて帰るのか?——答えは否だ。

この過酷な山で食物連鎖の最下位に位置し、普段草木の根ばかり食べているヤツにとって、己より小さ矮小な獲物に出会えたという機会は、とても逃し難いものであるのだから。



砂の表面が僅かに揺れた。


「っ……かかった!」


今まで無かった反応を見て横っ跳びすると同時に岩を砕きながら地表に飛び出す細長く黒い影。

地球のものと違い、土の竜というその名に名前負けしていない威容を誇るその動物、三等土竜モグラは、狙いを外したことに動揺することなく、体をくねらせへその牙を剥き出しにしながら突っ込む。

そのほどよく迫力のある速度と勢いに、初見だったならば思わず回避していただろう。

しかし。


「仲間がやってたぞ、それ」


白光に遮られる。

三等土竜の突撃は最後の手段。一か八かの逃走手段だ。

迫力で獲物を脅し、あえて少し遅く突撃することで回避させ、その隙にまた地中へ逃げる。

しかし今のように受け止められてしまうと——


「鼻先が弱いんだってな」


——大きく怯んでしまうのだ。


白い魔法陣を消し、代わりに黄色の魔法陣を六つ浮かべ体を跳ね上げるモグラの首元へ跳躍した聡は、剣を抜いて切りかかる。

地上に引っ張り出され、大きな隙を晒したモグラにはもう、その刃を止める術は残されていなかった。



◇◇◇



賢者が三等土竜の喉を掻き切る姿を見届けたエリックは、木から飛び降り、水が入ったボトルを差し出した。


「お疲れさん。今日の訓練は終了だ」


「ありがとうございました。……自主練行ってきてもいいですか?」


「おう、いいぞ」


ボトルを受け取り、美味しそうに飲み干す聡。

現状の話をしよう。

聡は、戦力として論外だ。


聡の活躍もあり、敵の幹部らしき人物をひとまず退けることはできた。

敵の能力を鑑みて倒し切ることはできていないだろうが、あの量の敵の軍勢を全て処理できた以上、しばらく向こうも二の足を踏むはずであり、その時間に比例して聡の存在を知る関わりの薄い者達王や高位貴族達から見た聡の評価も上がるだろう。

一部ではすでに、騎士団長ですら見抜けなかった敵の計画を打ち砕いた傑物、などと評されているらしい。


だが、その評価は偶然の産物によるものであり、聡本来の実力に基づくものではない。

敵の思惑が発覚したのは誘拐されたおかげだし、そもそも今聡が生きているのは、最初の分身エリックを倒すことができたからなのだが、その倒し方が問題なのだ。



黒い魔法陣。

今では紋様をまったく思い出せないという、敵を即死させた謎の魔法。

タイミング的に考えて、今の聡にかかっている謎の呪いとも何か関係があるのだろうが、魔法の専門家であるメレーヌもその存在を知らなかったのだ。


『死ね』と言ったのは覚えているらしいが、城の禁書庫で調べてもそんな魔句キーワードの魔法は見つからず、魔法陣が黒い闇魔法を調べてもそれらしきモノは見つからなかった。


もしその魔法を使えるようになれば、聡も十分戦力になり得たのだが、再現不可能な以上、中級以上の魔物の討伐は厳しいというのが、身近な者エリック達から下された評価だった。


その評価が不服というわけではない、と少年は言っていた。

事実、今も初級の魔物と同等の強さだという三等土竜モグラや光鴉相手に若干苦戦しているのだから、と。


だが、ここ最近、魔力が尽きるギリギリまで戦おうとするのだ。


(焦ってんな。良いことではあるんだが)


それだけでなく、呪いのおかげで疲れ知らずの体になったというのも最近の無茶な行動の大きな要因なのだろう。

魔力が尽きるとまた何日か寝込んでしまうということは、聡も王女を救ったあの夜に身をもって理解したはずなのだが、それでも限界を攻めようとするのだ。


まあ、今のところ大ごとにはなっていないし、負けん気で成長しようとする姿勢はむしろ好ましい。

だからエリックは聡を温かい目で見送ろうとして——ふとあることを思い出した。


「野営地から離れすぎんなよ——ってかあれだ、先にステータスを確認してけ」


「あ、そういえば。えっと……」


走り出そうとした足を止め、背を向けたままステータスボードを浮かべる聡。

そして——大きくガッツポーズを決めた。


「上がりました!」


「あっさり上がったな。まあ俺の分身を倒してんだから、当然ちゃ当然か」


成長限界というものがある。

33、66、そして99レベルに上がろうとする際にレベルが上がりにくくなる現象であるそれは、不条理に逆らわんとする強い意志を持たぬ者が漫然と進み続けることを許さない選定の壁であり、希望を掴もうとする者に褒美ボーナスが与えられる機会でもある。

この一週間ほどは32レベルのまま変動がなく、聡が焦る理由の一つにもなっていたのだが、ようやく上がってくれたようだ。


「えっと、能力は——っ!?」


「どうした?」


成長限界を突破した者に与えられる褒美は基本的に二つ。

一つは、その者の『適性職業』が変化、あるいは進化する可能性。

そしてもう一つは能力値の大幅増量である。

まあまだ最初の成長限界を超えただけであるため、適性職業の変化はまだしも進化することはめったになく、能力値の増量も合計で三桁加算されれば御の字程度の微々たるものだろうが。


「え、エリックさん!見てくださいこれ!?」


「あん?……ん?……にせっ——!?」


咄嗟に口を手で塞ぐ。

周囲に何の気配もないとはいえ、こんな場所でステータスを叫ぶのは不用心にも程がある。

しかもそれが、人類の命運を分けそうな情報であるなら、余計に。


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伊藤 聡     Lv:33

適性職業:大賢者

生命力:1

魔力 :2850

攻撃力:1

耐久力:1

精神力:250

持久力:1

敏捷性:1


【能力】

翻訳LvMAX

火魔法Lv6

水魔法Lv6

風魔法Lv9

土魔法Lv12

雷魔法Lv3

光魔法Lv5

闇魔法Lv2

結界魔法Lv8

瞬間記憶Lv10

思考加速Lv13

格上殺しジャイアント・キリングLv8

速読Lv5

暗記Lv7

軽業Lv6

苦痛耐性Lv4

――――――――――――――――――――――――――――――


適性職業が『大賢者』に。

そして、約300ほどだった魔力値が約2800まで上昇。


「うっそだろお前……」


エリックの知る限りで最大の魔力値は六桁まで達している。

しかしもちろんそれはレベル99に達した者の中の、さらに突然変異のような人物の事例であり、一般的にはどんな能力値だろうと五桁に届けば歴史に名が残るような偉業を成し遂げられるのだ。

そして、その六桁を持つ者も、最初の限界突破後の魔力値は900程度だったのだ。


「よし、帰るぞ」


「え!?今からですか!?で、でもこんなに食料運べませんよ?」


「んなもん俺の部下達に運ばせりゃあいい」


「うわ、嫌な上司だ」


今の段階から四桁の魔力値を持つ。

その意味を、まだ少年は理解していないようだが。


(伽話だと思っちゃいたが……山を割れるっつうのも、案外マジかもしんねぇな)


その意味と可能性に気づいたエリックは、今からその報告を聞いた者達の浮かべる表情を想像して、聡から顔を背けつつニヤニヤと笑みを浮かべる。

そして、魔力値六桁を世界記録だとこっそり自慢げに思っていただろう某王女様には直接会って告げてやろうと決心するのだった。

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役立たず魔法で異世界攻略 北村 進 @kitamura2525

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