第4話 従妹の出迎え

「えへへ」


 あるアパートの部屋の前で、手に持つカギを見つめてにやつく不審者がいた。


「合鍵。奏お姉ちゃんと恋人になった気分」


 美咲である。


 長い時間、奏と同居生活をしていることを噛みしめて、家に入った。


 部屋は2LDK。一人暮らしにしては大きすぎる。部屋を探した時にはここぐらいしか残っていなかったらしい。両親と奏の親とのやり取りの中に書いてあった。


 美咲は自分の部屋には向かわず、リビングの窓を開ける。新鮮な空気を部屋に招く。


 外の空気と家の空気の味は違う。


 一層、奏の家にいると感じてしまう。


「えへへ」


 奏が傍にいないのが日常だった美咲にとって、奏を近くに感じるこの空間は笑顔。もとい、にやけ顔を作る劇薬だ。


「っ。だめだめ。にやけちゃ。笑顔。笑顔」


 唯にきつく言われたことを思い出す。


 美咲は笑顔を作る。しかし、さっきまでにやけていたので、笑顔なのか。にやけているのか。判断できない。


 洗面所で手を洗うついでに、鏡で笑顔を浮かべる練習をする。


『今日は絶対に笑顔でお姉さんを出迎えること』


 唯に言われたことを実行するために。


 どれだけ練習しただろう。帰宅したのは十六時頃。奏が帰って来るのは十八時頃と本人の口から聞いた。まだまだ練習する時間はある。とりあえず、部屋着に着替えようと自分の部屋へと向かう。


「……あっ。そうだ」


 ふと、鏡の前で練習するだけでなく、予行練習も必要だと思った。


 自室のドアノブに伸ばされた手を引っ込める。


 笑顔を浮かべた美咲は玄関に向かって言う。


「お帰りなさい。奏お姉ちゃん」

「……」


 玄関のドアが開いていた。奏の姿があった。


「っ」


 美咲はすぐに部屋へ入る。その場にぺたんとお尻を付けた少女の顔は、赤く染まっていた。


 ──見られた! 出迎えの練習している所を! 絶対に変な子だって思われてるよ!


 心は大騒ぎだ。体も連動して床を転がりたい。けど、転がる音が外まで響いてもっと変な子だと思われてしまう。


 顔に手を目一杯押し付けることで、衝動を発散させる。


「……あれ?」


 感情をなんとか落ち着かせると、後悔以外の考えが浮上してきた。


「もしかして、しっかりと出迎えできた?」


 そう。美咲が行ったのは。


 玄関に向かって『お帰りなさい。奏お姉ちゃん』と言っただけ。


 それはつまり、出迎え以外の何物でもない。


「で、でも、タイミングが……」


 ドアが開いてから言った。ドアが開く前に言ったでは、奏の捉え方は違う。


「ううー。どっちなの!」


 不安を払拭できなかった美咲はこの後、まともに奏のことを見ることができず。


 今晩も昨日と同じような態度を取るのだった。



◇◇◇◇◇



 従妹が大好きな従姉。従姉を愛している従妹


 どちらも喜んでいた同居生活だったはずが。


 すれ違いしか起こらない。


 二人の想いが重なることはあるのだろうか?

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この百合はいつ咲くのだろうか? 椿ハルン @harun2109

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