第3話 社会人の帰宅
「こんな時間に帰るのは久しぶりだな」
奏は早退させられていた。まだ明るい道を一人で歩く。
「……本当は早く帰れて喜ぶはずなのに。うー、美咲ちゃん。どうして……」
昨日から同居している美咲を思い出し、泣きそうになる。
『とりあえず、過去の従妹は忘れて、他人と接するようにしろ』
会社を出る時、麻耶に言われた言葉。
美咲は他人。
そう思えば、美咲が過去のように接してくるのはおかしいことだと奏は認識できる。
でも、心は他人だと思うことを否定している。全力で。必死に。
忘れることなんてできない。したくない。だから。
『絶対、昔みたいに関係に戻ってみせる!』
そう麻耶に宣言した。
意思を固めることによって、なんとか精神を落ち着かせている。通常時に比べれば、ひどく荒んでいるが。
「よし。頑張るぞ」
自宅の玄関。奏は目先の目標を思い浮かべながらドアを開いた。
──お帰りなさい。奏お姉ちゃん。
「……」
廊下に立っていた笑顔の美咲と視線が合う。脱兎のごとく、自室へと逃げられた。
「……」
バタリと、玄関のドアが閉まる。
家に入れなかった奏は玄関の前で佇み、思う。
今のは現実だったのか。あるいは。
『美咲ちゃんが見送り、出迎えをしてくれる関係性になる』
奏の目先の目標。それを考えていたことで作り出された幻覚、幻聴なのか。
「ん???????????????????」
不愛想な美咲と笑顔の美咲。二人の美咲が頭を駆け巡り、奏は酷く混乱する。
美咲に聞けば真実へと辿り着けるが。
もし、現実ではなかった場合、美咲におかしな人だと認識されてしまう。もっと嫌われてしまう。
「え? どっち?」
その恐怖のせいで訊くことはできなかった。
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