第2話 従妹
社会人に長い休暇はないが、学生には夏休み、春休みといった長期休暇が存在する。
春休みの真っ只中である学生は自由な生活を謳歌していた。
「やっほー。久しぶりだね、美咲。電話では話してたけど、実際に会うのは受験で泊まりに来た時だね」
「……」
「まぁ、そんなのどうでもいいか。さっさっ、入って入って。親は仕事だから気楽にしてねー」
美咲は幼馴染である
「っでっで、どうなのどうなの?」
唯は美咲を自室に招き入れる。玄関から部屋まで口が止まることはない。
「昨日からお姉さんと一緒に住んでるんでしょ?」
美咲をクッションの上に座らせ、唯はベッドに腰を下ろす。
「感想、聞かせてよ」
「……」
美咲は昨日を思い出す。そうしていることが唯にわかるほど顔に変化が起きていた。
頬が朱色に染まる。それはもう赤い。風邪を引いているのではないかと心配するほどに。
でも、唯は知っている。美咲の想いを。
「……神との生活、幸せすぎてつらい」
ばたりと、美咲は横に倒れた。
その光景に唯はベッドの上で笑う。
「あははは! 神、神って。そうきたか。あは、あはは!」
腹を抱えて大いに笑う。
「あー。笑いすぎて息が。はぁ、はぁ、あー、おもしろ。いやーほんと」
唯は目に浮かんだ涙を指で拭いながら口にする。美咲の想いを。
「お姉さんのこと大好きだよね」
その言葉と想いが同調して、美咲の耳や首までも赤くなる。
「ねーねー、早く聞かせてよ。大好きな人との同居生活」
唯はベッドから飛び降り、横になる美咲の体を揺らす。
「……そのね」
美咲は熱が増した体を起こし、昨日の出来事を話した。
◇◇◇◇◇
これは過去の記憶。
美咲の家族。奏の親は知っていて。
奏だけが知らない。
「どうして奏お姉ちゃんと会わせてくれないの!」
地元から遠く離れた地で、美咲は叫んでいた。
娘の言葉に両親はいろいろと言う。
遠いから。お金がかかるから。奏は高校生で今後、大学受験や就活で忙しくなるからなど。
正直、納得できなかった。忙しいといっても、ずっと会えないのはおかしい。
だから一週間後。一ヶ月後。半年後。一年後。
時間を空けて何度も奏に会いたいと親に言った。だが、ダメの一点張り。
奏と会えない期間が数年過ぎ、美咲が中学生になった頃。
大人に近づいた美咲はある可能性に気づいた。
両親が意図的に奏と会わせないようにしている。
思い当たる節はあった。
奏と一緒にいる時。
お互いの両親が異常な物を見るような目でこちらを眺めていた。
しかし、それは古い記憶。勘違いかもしれない。だから、証拠を探した。
そして、親の携帯を盗み見した時。
奏の親とのメッセージの中に、娘たちを会わせないようにするという文章を発見した。
美咲は苛立った。激怒した。憤怒した。つまり。
両親の顔面に携帯をぶん投げたくなった。
でも、頭は冷静だった。
親なしでは生きていけない子供が何をしても現状を変えられない。
だからこそ、美咲は奏と会える状況を作り出すことに決めた。
親は敵であったが、天は味方だった。
親は絶対に美咲を奏と会わせたくなかったのだろう。やり取りの中に奏の仕事先と一人暮らしをしている住所が載っていた。その住所の近くには全国で有名な進学校があった。その進学校には入学試験で優秀な成績を収めた者に、授業料などのお金を全額免除する特待生制度があった。
美咲には奏と会う道が残っていた。
有名な進学校に通うことを親は拒否しづらい。進学校に寮は存在せず、奏の家に泊めてもらう理由ができる。
もし、この条件でも親が奏と会うことを許してくれないなら。
敵である親との縁など切ってやる。
特待生になれば学校に支払うお金の心配はいらない。奏の家に住まわせてもらいながらバイトをすれば、衣食住は確保でき、奏のお金の負担も減る。
親などいなくても生きていける。
道が見えれば突き進むだけだった。
そして、目的地へと辿り着き、親に言った。
進学校に合格したことを。特待生になったことを。
奏に会いに行くことを。奏の家に泊めてもらうことを。
この要求を呑んでくれないなら親の縁を切ることを。
そして。最後に。重要内容をぶつけた。
「私は絶対に奏お姉ちゃんと結婚する!」
突然の要求に親は驚き、いい顔をしなかったが、意思は折れた。いや。
美咲が親の意思をへし折ってやった。再生できないほど粉々に粉砕してやった。
二人の再会は奇跡や偶然ではない。
美咲が勝ち取った成果だ。
……そう。
こうして、美咲は奏との同居生活が始まることになった。
◇◇◇◇◇
「は? なんで思春期女子みたいな態度を取ってるの?」
「……」
美咲は唯の至極真っ当な言葉に何も言い返せなかった。
「せっかく会えたんだよ? なんで昔みたいにできないの?」
美咲の顔がボッと発火した。
「昔みたいにできるはずないじゃん! 奏お姉ちゃんに抱き着いたり、キスしたり、手を繋いだり、膝の上に座ったり、食べさせ合いしたり、お風呂に入ったり、お休みのキスしたり、一緒の布団で寝るなんて!」
美咲は「それに」と寂しそうな声音で吐露する。
「高校生になった私がそんなことしたら……奏お姉ちゃんに引かれるよ」
「あー、まぁ、それもそうだよね。小学生と高校生だと捉え方が違うよね」
唯は納得とばかりに頭を縦に振る。
「でも、美咲は昔みたいなことしたいんでしょ?」
「……うん」
「そのためにも、お姉さんと付き合いたいんでしょ?」
「うん」
美咲は抱えた膝に真っ赤な顔をうずめる。純粋な恋する乙女の表情に唯は柔らかい笑みを浮かべる。
「っで、最初の質問に戻るけど、なんで思春期女子みたいになってるの?」
「だ、だって、神が目の前にいると思ったら緊張して……」
「お姉さんを神に見える思考をどうにかしないと。まぁ、数年会えなかった人を目の前にして、神に見えてしまう気持ちはわか……いや、わかんないや。人を神だと思う気持ちなんて」
美咲の心に寄り添おうとしたができなかった。
「とりあえず」
唯の手が美咲の口角を持ち上げる。
「うまく話せなくても、笑顔は大事。笑顔でいれば相手は好意があると思えるから」
「そ、そうだよね。笑顔。笑顔は大事」
美咲の口角は力を借りなくても上がったままになる。
「そうそう……まぁ」
唯は思っていた。
元気づけるのも大事だが、現実を教えるのも大事だと。
「そうでもしないと、お姉さんは美咲に嫌われてると思い続けるからなー」
「うっ……」
今日一番のダメージが美咲を襲う。体力が一気に削られ、地に伏せた。
「正直、服を一緒に洗濯しないでって言うのはちょっと。いや、だいぶひどいよね。『私はあなたのことが大嫌いです』って言ってるもんだよ。それに、住まわせてもらってる身としても最低最悪な行為。私がお姉さんの立場だったら『は? なにこいつ。うっざ』って思う」
「……」
さらなる追い打ち。しかし、攻撃しても反応はない。屍になっていた。
「なんでそんなこと言ったの?」
「うー、だって」
屍がゾンビに成長? して、倒れながらも口を開く。
「奏お姉ちゃんの服と一緒に洗濯された服って、それはもう奏お姉ちゃんの服でしょ」
「……は?」
幼馴染の頭に浮かぶクエスチョンマークに気づかず話し続ける。
「奏お姉ちゃんの服ってことは、その服に奏お姉ちゃんの体が触れてるってこと。それってもう、奏お姉ちゃんの体だよね。そんな服を着たら私の肌と奏お姉ちゃんの肌が重なり合ってるのと同義だよ。四六時中奏お姉ちゃんと抱き合うのは私の理想だけど。というか今すぐ実現させたいけど」
「……えっと、要するに……」
美咲の言葉を反芻。しようとしてやめた。大部分は理解することができない。なので、なんとか理解できる部分だけを取って考える。今も何かを言っている美咲を無視しながら。
「……お姉さんに抱擁されてる気分を味わうことで、にやけ顔が止まらなくなる。それだと、お姉さんに不気味がられるから一緒に洗濯してほしくないってこと?」
「えへへ。奏お姉ちゃんがずっと抱擁してくれる。いつ何時も。えへへ、そんなの幸せすぎる」
いつの間にか妄想に耽っていた美咲。唯が求めていた返答ではなかったが、肯定と取る。
「こりゃ、重症だな。さてさて、どう治療するべきか」
嬉しそうに体を左右に揺らす美咲を見ながら唯は考える。と、自分とは違う匂いが鼻を通った。
揺れる長い黒髪を手に取り、鼻へ近づける。
美咲と一緒にいた時には嗅いだことのない匂い。
「……美咲。戻ってこーい」
軽く頭を叩く。
「っ。ご、ごめん。つい、幸せすぎて」
幸せに満ち満ちた顔が引き締まる。
冷静になったと判断した唯は手に持つ髪を美咲の鼻に近づける。
「えへへ。奏お姉ちゃんの匂い」
「笑顔になれない要因に匂いもあるか」
美咲の頬が緩んだ。というか、溶けた。
「……まぁ、確かに、四六時中こんな顔してたら不気味に思われるよね。必死に顔を引き締めて不愛想になるのはわかる。これは前途多難だなー」
と、嘆息しそうになる唯だったが。
「奏お姉ちゃん好きー。大好き―」
「……私が頑張らないと前に進めないよね。よし、一肌脱ぐぞ」
想像と匂いだけで頭がおかしくなる幼馴染を見て、気合を入れるのだった。
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