好きって感情は、いちごミルクのようなものだと思う。

愛夢

サイダーくんといちごミルク。



好きって感情はきっと、いちごミルクのようなものだと思う。




「お、前髪切った?」


爽やかな制汗剤の匂い、首に巻かれたタオル。

朝練終わりなのであろうセンターパートの髪型に少し汗を含ませた隣の席の男子、成田千夏はニカッと今日1番であろう眩しい笑顔を見せた。


「まえがみ、気づいてくれたの?」


「?うん、昨日よりも目がよく見えるし、

それとぱっつん!」


ニコニコと微笑んでいる千夏くんは手をハサミのポーズにして、チョキチョキ、とジェスチャーをする。


思わず私は『おはよう』と彼に返すよりも先に驚きが前面に出た。クラスの女の子にも、もちろん男の子にも、学校の中でも特別仲がいい先生と、廊下ですれ違いざまに会話をした際にも気づかれなかった、少し短くなった前髪。



思わず両手で前髪を隠す。

私の手の平の圧でぺったんこになった前髪は眉毛よりも少し上だ。


奴はこういうところがずるい。本当にずるいのだ。

成田千夏は、どんな些細な事にも直ぐに気づく。

気づくだけならまだしも、時と場合によって、

それから褒めたりもする。


私がその事実に気がついたのは、梅雨終わりだというのに、じんわりと湿気が混じった暑さにうんざりしていた、今から1ヶ月ほど前のことだった。

クラス替えをしてから初めての席替えで、

彼の隣の席になった時だったと記憶している。



「な、もしかしていちごミルク好き?」

「え、好き。」

「じゃあこれやるよ。」



昼休みに、いちごミルクを貰った。


” 鈴木っていつもいちごミルク飲んでるよなって思って。さっき自動販売機でサイダー買ったら当たったからあげる。”


彼いわく、ピ、ピ、ピ、という音とともに珍しくゾロ目になった数字に喜びを感じながらも、500ミリリットルの可愛らしいラベルが特徴的な、ピンクの飲み物を見た時に私の顔が浮かんだらしい。


「あ、ありがとう。次に何かお返しする!」


「礼なんていーよ、気にしないで。」


軽く言葉を交わし、これから友人たちと体育館にバスケットボールをしに行くんだ。と言う彼の後ろ姿を見送ってから、さっそく貰ったいちごミルクを開けようと手にグッと力を込めた。


実を言うと、私はペットボトル飲料が苦手だ。

紙パックならストローを刺すと直ぐに飲めるけど、ペットボトルになると、ものによってフタの硬さが違う。つまり握力を使うので非力な私にとっては、少し手間がかかる。


それなのに、このピンクの飲み物は、私が力を入れなくとも直ぐにフタが開いた。



「フタが簡単に開いた…ありえない。

今日の私…なんかミラクル。」


「おーい鈴木ちゃんよ。それ、成田が開けてくれたんじゃね?非力なすずちゃんにフタ開けられるわけねーもん。」


斜め前の席の、私のことを鈴木ちゃん、とかすずちゃんなんてコロコロと呼び方を変える、平成風のギャルっぽいメイクをしたクラスメイトが鏡を片手に、ふぅ〜!青春♩と茶化しながらカラコンを入れる。


もしも彼女の言うように彼がそうしてくれたのなら。


もしかしたら、もしかしなくても、千夏くんが。


「俺、姉がひとりいるんだよね、2個上の。」


彼がいつか言っていた言葉が頭を過ぎる。


千夏くんって、こんな些細なことまで気がついてくれて、気を使ってくれるんだ。それでいてクラスの人気者で中心にいる、太陽みたいな人。


誰にでも優しくて、にこにこしてて、甘い笑顔はピンクのそれだ。


「…甘ったる。」


いちごミルクとは別の「好き」が出来た。

単純だけど、確かにそれは恋だった。





あれから月日がたち、7月の初め。


席替えをきっかけに以前よりも近くなった彼の存在を、意識せずにはいられない毎日を送っている。


彼は今日も、昼休みになるとバスケットボールを友人たちと楽しんでいるようで、男子たち特有の、溌剌で元気な声が聞こえてくる。


そんな彼らの姿を遠目に見ながらも、

自動販売機に貨幣を入れる。

その金額150円。いちごミルクのボタンをポチ。


ゴトンっと500ミリリットルのピンクが落ちてきて、それを手に取ってから、らしくもなく自動販売機ルーレットを見つめる。


「…7777だ…」


わー、今日はラッキーな日だ。ラッキーセブンだ。

どの飲み物にしよう、アイスココアも美味しそう。オレンジジュースもサッパリしていいかもしれない。


でも、その隣を貰おう。迷わずそれを選んだ。


これで、千夏くんにお返しができる。

ずっと前から決めていた。もしも私から話しかけられる話題があるとしたら、いちごミルクのお返しなのだ。

その話題から何となく、自分の気持ちも伝えてみたいなんて思うくらいには私の心も頭も、彼でいっぱいだった。


「すーずき!ジュース買いに来たん?」

「わっ、千夏くんか。びっくりした。汗臭い。」

「急な悪口。」


ふふふ、嘘だよ。と笑うと、また彼はニカッと笑う。

千夏くんもジュース買いに来たの?と問いかけると、

いや、鈴木の姿が見えたからちょいと抜けてきた。

と平然に笑う彼は、その自分の無自覚な行動が人をドキドキさせたりハラハラさせることを知って欲しい。


切れ目で、狭い二重幅で、目の下にホクロがある。部活で鍛え上げたのであろう筋肉質な手足は頑丈そうで、笑うと犬歯が見える。


そして何より、彼は笑顔を見せる時、目が三日月みたいになる。


私の大好きな、太陽みたいな笑顔。


ぜんぶ、かっこいい。


全て、恋をしなきゃ彼のそんなところまで知れなかった。



「千夏くん、炭酸水好きだったよね。

このサイダー見た時に千夏くんだって思って。」


先程の無料1本を、できるだけ自然に見えるように彼にあげると、千夏くんは少しびっくりしたような表情を見せた。けど、次の瞬間には笑顔になっていた。


「わー、ありがてぇ。今すっげー暑かった。」


「今日、私に前髪切った?って言ってくれて、気づいてくれて、嬉しかった。あー、前髪失敗しちゃったな、とか凹んでたけど、千夏くんのおかげでこの自分も好きになれたし、それと、結構前にくれたいちごミルクも美味しかった。ありがとう。そのお返し。」


「……」


「…」



「それ、俺と同じ気持ち?」


彼が沈黙を破るように、プシュッと音をたててサイダーのプルタブを開ける。



「気になる女の子が、いつも窓際を見ながら

いちごミルクを飲んでたの見て、口実作って渡した、ジュースとか、それと同じ?

今日前髪切ったんだ、小説が好きなんだ。俺は漫画の方が好きだから真反対だなって思ったり、

それと一緒?」


無自覚なのだろうけど、私の背に合わせるようにして膝に手を当て屈んでいる彼は、私の瞳のずっと奥を覗くようにして見つめた。優しい彼の、ほんのり赤くなった頬を見て、愛しくなった。


「千夏くん、私、サイダーみたいな男の子が好きなんだ。それと、小説も好きだけど漫画も大好きだよ。」


青くて、空みたいに曇りひとつない晴天みたいで、

太陽みたいな千夏くん。


あと、千夏くんもすこーし髪の毛切ったでしょ?


朝には気づいてたけど言えなかった言葉を、口にして、からかうように笑顔を向ける。


すると、千夏くんは困ったように笑った。



”あー…ここで告白するつもりじゃなかった。

けど我慢出来なかった。”

と、彼が言った。いつもみたいに、眩しい笑顔で。



「なんだ、俺たち似たもの同士じゃん。」



「そうだね、似たもの同士だ。」





私が君にとってのいちごミルクなら、


私にとっての君は、


いちごミルクでサイダーだ。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

好きって感情は、いちごミルクのようなものだと思う。 愛夢 @hakaze1229

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ