2、小学校に入るための検査

【あらすじ】 


小学生3年生の担任の熊切は黒板消しが床に落ちたときに広がったチョークの汚れを放課後掃除していた。誕生日の友達のために、3年生の染谷くんと佐々木さんが黒板にお祝いのメッセージを書いたときに、片づけずに帰ってしまったからだった。佐々木さんは通級指導に通っていたが、染谷くんは過去に特別支援学級への進学が適していると判定され、希望していた通級に通うことができないでいる。判定はどのようにされたのか。


【本編】


 染谷くんは、その日校長先生のところに連れていかれた。他の子どもたちは、保護者の控室に戻っていった。佐々木さんは一緒に来ない染谷くんに「どうしたの?」という表情をしていた。黒い背広を着た大きな体の男の人と一緒に染谷くんは、佐々木さんとは別の方向に進んでいた。どうやら、染谷くんのお母さんも面接会場の入り口まで来ているようで、二人はそこで何かを話していた。どうして、お母さんは控室で待っていなかったのか。


 これは、過去の話である。染谷くんの場合、それは就学時検診のときから始まった。あるいは、そのときに発見された。佐々木さんとは別の方向に彼が長い廊下を歩いて行ったとき、誘導した大人は、のちの三年生で担任となる熊切であった。会場で何が起きていたのか分かる部分だけ、これから説明できればと思う。

 

 その日、たくさんの人が列を作って並んでいた。コーンが置かれ、案内の掲示板が置かれ、駐輪エリアであることを示すために、地面には石灰でラインが引かれていた。追いかけっこをしている子どもたち。平日で、大人は女性が多かった。きっと同じ保育園や幼稚園なのだろう。もしくは、お兄さんやお姉さんがもう小学校にいて、二人目や三人目なのかもしれない。互いに顔見知りで、立ち話をしていた。学校は午前中で終わり、給食を食べたあと、1年生から6年生の子どもたちは下校していた。一度家に帰ったあと、彼らのうちの何人かは来年の入学予定の弟や妹と一緒に学校へ戻ってきていた。


 学校保健安全法に基づいて、市町村の教育委員会は秋口に就学時の健康診断をする。会場は、その子たちの多くが通う予定の学校で、検査をするのは彼らが教わるかもしれない先生やお医者さんたちであった。佐々木さんと染谷くんはその当時から仲がよく、同じ幼稚園に通っていた。2人の母親も同じように、知り合いで、受付の列に並んでいた。


 一方、会場の中、熊切たちは子どもたちのいなくなった教室の机と椅子をロッカーの近くに集め、ほうきで床のゴミを掃除していた。他の先生たちも、子どもたちを急いで下校させ、手分けして黒板を消し、机と椅子を6つ黒板に向けて、離して並べ、鉛筆が尖っているのか確認し、消しゴムを用意した。廊下の壁には経路が分かるように、順路を示す表示を張り付け、並んでもらえるように、赤色のビニールテープで床にマークをつけた。検査の解答用紙の数をもう一度チェックし、黒板には模造紙を張り付けた。


 「眼科検診まで終わった方は、こちらの控室でお待ちください。」教員が保護者にアナウンスする。「番号を呼ばれましたら、子どもたちだけの移動になります。」

会場は、来学期入学予定の子どもとその親でごった返していた。迷子になり、どこに行けばよいのか分からなくなった子や、赤ちゃんを抱っこしながら、泣き止むようになだめているお母さんもいた。佐々木さんたちは受付をしたあと、校内をぐるりと回りながら、耳鼻科、視力、歯科、内科、眼科、聴力などの検診を受けた。無事に体重も増えていたし、身長も伸びていた。そして、その人口密度が高く、騒然とした集団面接の控室に到着した。


 「番号をお呼びします。48、49、50、51、52、53番のお子様は、こちらにお並びください。」面談室から戻ってきた教員が保護者に声をかけていた。染谷くんはお母さんのことが好きだった。だから、隣の席の母親が抱えている赤ちゃんが突然泣き出したときも、物珍しそうにその様子をのぞき込むだけだった。それに、佐々木さんも一緒にいた。彼女は、染谷くんとにらめっこをして遊びたいようで、しきりに彼の腕や服を掴んでは引っ張っていた。しかし、染谷くんは嫌ではないようで「いいよ。」と言って、恥ずかしそうに、でも無表情な顔で、佐々木さんを見返していた。染谷くんのお母さんは、二人が遊んでいる様子を、隣で静かに見ていた。佐々木さんのお母さんは「服が伸びるでしょ」と話しかけ、娘の手をにぎりながら、染谷くんのお母さんに「どうしてこうなのかしらね」というように微笑んだ。


 番号が呼ばれたとき、すでに3時を過ぎていた。廊下に6人の子どもが整列させられ、知らない大人のあとを静かに歩くように言われた。佐々木さんは無邪気にお母さんに手を振った。それを真似するように、染谷くんも手を振った。佐々木さんは学校の建物が物珍しく、染谷くんとも一緒に歩きたいようで、移動中もしきりに彼に何か話しかけていた。


 熊切が最初に二人と会ったのは、このときだった。彼は面談用に姿を変えた一年生の教室まで、入学予定の児童を誘導する担当だった。部屋は4つあり、それぞれの教室と保護者控室を往復して、子どもたちを移動させていた。


 教室には、机と椅子が黒板の前に並んでいた。それ以外のすべてのものは教室の端に寄せられ、黒板に貼られた模造紙には、丸や三角、直線、星などの模様が印刷されていた。子どもたちは指定された席に腰かけ、受付番号と名前を確認された。番号を記録用紙と、解答用紙に教員が記入する。2人の行動記録担当の教員が6人分の行動記録用紙をこれから記入することになっていた。彼らは担当である3人の子どもたちの後ろの席に座っていた。全体に指示を出す女性は、花柄のゆったりとした明るめのブラウスを着ていた。黒板の前に立ち、新しく入学予定の子どもたちを安心させるために、優しく微笑んだ。







8月5日 お昼

まとめて書いて、一週間に一度土曜日に投稿できるようにしたいと思っています。読んでくださり、ありがとうございます。続きはまた書くようにします。

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黒板消しの汚れは床に落ちる yayuyo3 @yayuyo3

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