「第二話」何気ない願い

 イルを着地させ、シエルを抱えたまま飛び降りる。魔法を使わなければ見えない家のはずの家はしっかりとその姿を表しており、その前には、私を待っていたかのようにウィジャスが立っていた。


「事情は大体把握している。とりあえず、中に入れ」


 旅から帰ってきてお疲れとか、何のためにどこに行っていたの、とか。帰ってきたら聞こうと思っていた平凡な考えは消え失せていた。私はシエルをベッドの上に寝かしつけたが、手足はだらんとしていて……もしもこれが冷たくなっていたら、誰がまだ生きていると思えるだろうか?


「……呪いだな」


 ウィジャスはシエルのおでこに手を当て、とても苦い顔でそう言った。彼がここまでの表情をすることは珍しく、同時にそれは、事態の深刻さを強調していた。大抵のことは魔法でなんとかできるこの男が、「どうにもできない」と断言しているようなものだった。


「普通の呪いなら、なんとかなったのだがな。どうにもシエル様を呪ったのは、厄介な立場の人間らしい」

「どういう、こと?」

「竜という生物は知っているな?」


 知っていないはずがないだろう、そう思うほど野暮な質問だ。竜とはすなわち、現時点で人類が遭遇したことのある生物の中で最強の生物だ。高等な魔法を容易く扱う魔女ですら手を焼いたとされるその生物は、気まぐれにいくつもの国を滅ぼし、脅かし続けた。


「これはあまり知られていないのだが、竜は自分と同じ存在を作ろうとしていたらしいんだ、理由は分からないけどね。ただ確かなのは、呪われるのは全員女性だということ、これはそういう呪いだということ……そして今まで呪われた人間は、死ぬということ」

「でも、竜って確か……」

「そう、竜は既に死んでいる。英雄ジークフリートの手によって」


 話の矛盾点を理解した上で、ウィジャスは私にそう言ってきた。何を言っているのか、結局何を言いたいのかが少しもわからない。


「これは私の推測に過ぎないが」


 ウィジャスは顎を擦りながら言った。


「竜に呪われた人間の大抵は死ぬ、ここは変わらない。だがな、一人だけいたんだよ。伝説に……死ななかった人間が、竜にならなかったものの人間をやめた存在がな。現状、竜以外で竜の呪いを使える存在は、そいつ以外に考えられない」

「……! じゃあ、そいつを倒せば……」

「古今東西、呪いを解く方法に必ず共通する部分だな。解呪が出来ないのならば、術者本人を殴ればいい。まぁ私はあまり効率的な方法だとは思えないが……今はそれしかあるまい」


 ウィジャスは私からシエルに視線をそらし、細めた目でその様子を見た。しばらくしてから私に視線を戻し、懐から何かを差し出してきた。──それは、ウィジャスの指輪だった。


「私は家に残って解呪の方法がないか探ってみる。何かあったらその指輪を使って連絡をしてくれ、文字通り飛んでいく。──いいか、お前が死んだら本末転倒なんだ。そこを忘れるな」

「……それは、無理かな。だって私って、シエルに色々助けられちゃってるから」


 私の言葉にウィジャスは顔をしかめたが、何も言わなかった。そのまま椅子を出し、シエルの寝そべるベッドの横に座り込んだ。──行って来い、とのことらしい。


「この様子だと魂が抜かれている。三日以内に肉体に魂が戻らなければ、本当にシエル様は死んでしまうだろう。──いいか、よく聞け。右目に傷を負った男が、お前が倒すべき魔術師だ」

「──え?」

「どうした? 速く行け!」


 私は動揺しながらも、ウィジャスの荒らげた声に即座に反応した。家から飛び出し、休ませていたイルの背中に飛び乗る。イルは意気揚々と空へと飛び上がった。


(右目に、傷を負った……)


 ……ああ、と。私はとても幸運だと思った。その男なら、私は知っている。あの異様な気配、周囲でネジ曲がり悲鳴を上げていた魔力の流れを……私は、忘れてはいない。

 手綱を握りしめ、今もなお囚われているシエルの魂を想う。何のためにそんな事をしたのか、どうしてシエルなのか……今の私にとっては、そんなことどうでもいい。


「ようやく掴んだ幸せ、あんな訳わかんない男に取られてなるものですか! 取られたなら、倍にして取り返してやる!」


 私の気が伝わったのか、イルは激しく鳴き声を響かせながら、より一層加速した。

 いつかまた、彼女とこうやって空を往きたいなぁ。そんな何気ない願いを叶えるために。

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髪結いの魔女 キリン @nyu_kirin

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