初期者 D(実行)①
*
曖昧な、暗闇。
周囲は、がやがやと騒がしい。声が声に重なって、右やら左やら、そこかしこから聞こえてくる……。
「おい、
「んぁ、え……」
ビジネス向けの弱いパーマをあてた男が、ジョッキを片手にこちらを覗き込んでくる。捲ったYシャツの裾に、醤油らしきシミがついていることには気づかない。
転生先は、チェーン居酒屋のコンパクトな4人席、だった。
「……なにが起きた。イズミコは……?」
「いずみこ? 誰だそれ?」
「あの、ほら、舌ったらずなのに毒舌っていうギャップの破壊力が凄まじい、ちっちゃかわいい巫女服転生召喚士!」
「……ラノベの読みすぎだ」
男はぶはぁっと溜め息を吐いて、流れるように発泡酒を喉に流し込む。
「和泉。次、どうする? あいつ、来てからにするか?」
「……あ。ん、だな。うん」
「オッケー。料理、追加していいよな」
「任せる……」
混乱を悟らせないためだけの相槌を打って、俺は立ち上がる。
「吸ってたっけ? 灰皿、外な」
大股で歩いていく間、他の席にも目を向ける。女子会から溢れてくる愚痴やら、上司のご講談やらに溢れている。
ここが、転生した異世界……?
レジの店員に会釈をしてから、店の外に出る。タバコなんて持ち合わせていないようで、考えるまでもなく右ポケットのスマートフォンを引っ張り出す。
アプリの通知に埋もれて、メッセージが光る。
〈起きたらまず、読みなさい〉
画面上の無機質な文字が、愛くるしいソプラノボイスで脳内再生される。
反射的に親指でタップ。
パステルブルーの吹き出しで、彼女の声が俺の手にある。
「イズミコ?」
〈声出さないでよ。バカなの?〉
しゅぽ。
小気味良い音を鳴らして、反応が返ってくる。
「これ、声、届いてんのか?」
〈問題ない。私はあなたを見下ろして話していて、そこにリアルタイムで反映される。ホウレンソウはここでやること。わかった?〉
「…………」
サムズアップのスタンプを投下。
〈なめんな〉
即座に罵倒される。これはこれで……。
一人きりで堪能してから、本題に移る。
「本当に、ここが異世界なんだな? 正直、その……ぽくない、けど」
〈否定はしない。尤も、この異世界の中にも、戦場やらダンジョンやら、
「……世界のどこかで、いまも戦争が起きている、みたいな?」
〈含蓄ある言葉、生意気〉
言葉の後に、頬を膨らませた顔の絵文字が添えられた。……CUTE!
〈あなたのタスクは、転生者の監視と調査。転生者と近い存在として、あなたはそこの世界の中に組み込まれている〉
説明口調は、活字になると分かりやすくて違和感がない。
〈程度の違いは否めないけど、転生者は転生前後の記憶が曖昧なことが定石。自覚のあるなしに関わらず、査問官のあなたから転生について言及するのは御法度よ〉
「あくまでも組み込まれた関係性のまま接して、転生者の生き様を見ないといけない?」
〈わかっているじゃない。じゃあ、さっそく初めての査問ね〉
俺は次の吹き出しまでの息遣いを待つ。
〈葉島一也。彼に与えた異能は、
「……?」
そこで、一旦イズミコからの交信は一つ区切られた。声を掛けても、スタンプを送っても、既読はされるがすべてスルー。
「まじか。連絡なし、かよ……」
「ごめん、ごめん!」
呟きに答えが返ってくる。
顔を上げると……
「急いでて、連絡してなかった! 店の前まで出てきてくれて、悪いな……」
ほんの数分前に面接を終えたしょうゆ顔が、申し訳なさそうに眉を下げていた。
「……葉島、か?」
「そうだよ? 遅れてすまん、和泉」
査問者共 転生召還士付終身雇用契約 河端夕タ @KawabatayutA
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