第8話 大団円

 荻谷少年に対してはやらせ疑惑のことを敢えて聞かなかった。もし聞いてしまっていれば、彼の精神状態が本格的に病んでしまうのではないかと思ったからだが、心のどこかで、

「それを計算しての、聞き込みへの返答ではなかったか?」

 とも感じた。

 やはり、本人に直接よりも、彼をテレビ局に推した商店街の3人にもう一度聞き込みをした方がよさそうだ。

 そう思った谷村刑事は、さっそく、商店街へと赴いたのだ。

 商店街は相変わらず、閑古鳥が鳴いている。アーケードの真ん中に惣菜屋がワゴンに商品をおいて、見た目は賑やかそうだが、絶対的に人が歩いていないのだから、どうしようもなかった。

 アーケードの奥の方にある商店街の事務所に行ってみると、ちょうど、八百屋と肉屋が来ていて、話をしているようだった。魚屋はいなかったが、二人の話は、たぶん、集まれば必ずしているであろう、

「商店街のこれから」

 という一番深く重たい話のようだった。

 その話も、煮詰まっていたというのか、どうにも出るはずのない協議をしているという、いわゆる、

「小田原評定」

 のようなものだったのだ。

 彼らとしては、誰かに入ってもらって止めてもらいたいというくらいに、ネガティブな発想だったのではないだろうか?

 ちょうどそんな時に、刑事が来たのだ。普段なら、

「この忙しい時に、刑事がきやがって」

 と思うところなのだろうが、真剣で、凍り付いてしまった小田原評定の時間だっただけに、刑事の訪問というのは、

「小田原評定解体のいい機会」

 だったのではないだろうか。

「お忙しいところ、申し訳ありません」

 と、谷村刑事がいうと、

「いいえ、大丈夫です。でも、まだ何かお聞きしたいことがあるんですか?」

 と八百屋の亭主が言った。

「大したことではないんですが、まあ、確認という意味ででしてね、一つお聞きしたかったんですが、荻谷少年のドキュメンタリーを提案されたのは、誰だったんですか?」

 と、谷村刑事は聞いた。

 どうやら、あまりにも、質問が意表をついていたのか、二人はポカンとして、

「それは私ですね」

 と、八百屋が答えた。

 それを聞いて、一瞬だけ谷村刑事がにやりとしたのを、他の誰も気づいていないようだった。

「分かりました。ありがとうございます。ところでですね。このあたりは、そこの国道に建設予定になっている郊外型の大型商業施設があるでしょう? あそこの影響はうけないんですか?」

 と聞かれて、

「ええ、商店街の店の中で、ブティックや、雑貨屋さんなどは、テナントとして入ることになっているようですね。だから、ここから移転する形になるでしょうから、嫌でも、商店街は、ゴーストタウン化してしまうことでしょうね」

 と八百屋は言った。

 それは、まるで投げやりにも見えたが、とにかくいかにも他人事のように見えたのだった。いくら時代が求めていないのかも知れないと言っても、昭和のよき時代を知っている谷村刑事には、寂しさしか感じられなかった。

「八百屋さんは、このあたりでは、結構幅を利かせていると伺ったんですが?」

 と、谷村刑事は、いきなり高飛車な質問をした。

 一瞬たじろいだ八百屋だったが、すぐに表情を戻して、谷村刑事に正対した。谷村刑事はそれを見て、

「やはり、相当に海千山千の男だな」

 と思ったのだ。

 この態勢は、谷村刑事のいつものやり方で、ある程度何かを掴んだ時に見せる顔であった。

「そうですか? 皆さんが私の意見を尊重してくれるので、実にありがたいです」

 というと、

「八百屋さんは、殺された新谷さんが、元々警察の情報屋だったということをご存じでしたか?」

 と言われ、

「いいえ、知りませんでした。てっきり、ゴシップ専門の札付きの悪だと思っていましたけどね」

「実はそうではなかったんですよ。新谷さんが殺されることになった理由は、実は、間接的にですが、商店街も皆さんにあるんですよ」

 といきなりの核心をついてきた。

 谷村刑事は、

「新谷を殺したのは、お前たちだ」

 とでも、言い出すのではないだろうか?

 それを聞いた肉屋はさすがに黙っていられないということで、

「何を言ってるんですか? 殺したというのであれば、証拠を見せなさい」

 と普段はおとなしいだけに、追い詰められると、そのストレスが爆発してしまうようだ。それを見た八百屋は少し慌てて、

「肉屋さん、慌てなくていいですよ。刑事さんは、何も私たちが殺したと言っているわけではないですよ。おおかた、揺さぶりをかけて、隠していることがあれば、それを白状させようという作戦なんじゃないですかね? こっちが慌てて怒りをあらわにしたら、それこそ、思うつぼで、関係のないことを口走って、犯人でもないのに、犯人にされかねない。警察は、手詰まりを起こすと、別件逮捕という奥の手で、罪のない一般市民を簡単に拘束しますからね。公務執行妨害なんて都合のいい言葉を使ってね」

 と、八百屋は落ち着いていった。

 しかも、これだけの言葉で、肉屋を落ち着かせることができたのは、

「警察の手の内を、こっちは全部知っているんだぞ」

 と言わんばかりであった。

 八百屋もニコリと微笑んだが、谷村刑事も負けていない。

「いや、さすがに落ち着いていらっしゃる。でも、今回の事件にあなたたちが絡んでいるということは間違いないと思っているんですよ。しかも、犯人まで用意する周到さは、さすがに、商店街の店主ではできないことでしょう。きっと何かの組織が暗躍しているのは間違いないと思っているんですよ。さっきの小田原評定は、そのための対策会議なんじゃないですか? 私が小田原評定と言った意味、八百屋さんなら、分かるんじゃないですか?」

 と、谷村刑事は言った。

「結論の出ない会議を、意味もなく開くという意味ですよね?」

「さすがよくご存じ、戦国時代に、豊臣秀吉に小田原攻めで、小田原城を包囲された北条氏が、向かいの山に城を築いて、腰を据えて兵糧攻めにしようとしているのを見て、どのようにすればいいかという会議を毎日続け、まったく結果のでなかったことで、小田原評定といわれるようになったということです」

 と、言って、谷村刑事もニンマリと笑った。

「ということは、我々は、八方ふさがりだと?」

 と八百屋がいうと、

「当たらずとも遠からじではないでしょうか? あなたたちのバックには組織がいるんでしょう? その組織をどこまで信頼すればいいか、正直困っている。何かそういう兆候でもあったのかな? あなた方を不安にさせるような」

 谷村刑事が考えているのは、

「たぶん、組織が釘宮を犯人として、自首させたことではないかな?」

 と思っていた。

 最初の計画にはなかったのだろうが、組織が念には念を入れて、いろいろな策を取ってきたのかも知れない。

「我々は、あなた方の組織がどういう組織なのかも、最終目的が何かということもまだまだ分かっていません。ただ、私が一つ気になったのは、新谷記者が、本当に荻谷少年のゴシップ記事を書こうとしていたのかどうかということなんです。いろいろ調べてみたけど、そういう内容のものは、ネットにもどこにも出回っていません」

 と、谷村刑事がいうと、もう一人の刑事が、

「待ってください。殺された新谷さんのパソコンには、書きかけの記事が載っていたではありませんか?」

 というと、

「そうだよ。だから、逆に怪しいのさ、こういうのって、そもそもは、ネットに出回っていることを、ゴシップする方が効果があると思うんだ。普通の特ダネだったら、例えば不倫だったり、汚職事件などのような、もっと衝撃的で、実際に証拠がハッキリしているものであれば、いきなりの記事でいいと思うんだけど、こういうやらせなどというものは、水面下であっても、少しはウワサとして流れている方が、記事にした場合の効果は高いと思うんだ、だから、この時点で、ネットにもでていないのはおかしいと思うし、何よりも、狭い範囲でだけ、ここまでやらせというのが浸透しているというのは、そこか、作為的なものがあると感じましてね」

 と谷村刑事は言った。

「それで、さらにこの事件にはいろいろなところに圧力がかかっているんだ。警察にもかかっているし、出版社にもかかっているんですよ。それなのに、ここには一切かかっていない。逆に情報は、ここからしか得られないようになっている。それを思うと、自分がミスリードされているのではないかと感じるんです」

 と、谷村刑事は続けた。

「荻谷少年のことはどうなんだい?」

 と聞かれた谷村刑事は、

「荻谷少年は、たぶん、この事件に直接は関係ないと思うんだ。もちろん、組織に利用されただけではないのかな?」

 と答えた。

「じゃあ、誰が、新谷記者を殺したというんだい? 目的はなぜ?」

 と言われて、

「犯人は、実行犯と、共犯者がいると思う。それは、正直、どっちがどっちとは言えないと思うんだけど、少なくとも、この商店街の人が絡んでいるとは私は思っています。目的というのは、これもたぶんだけど、組織の暗躍する中で、新谷記者は、何かを知ったじゃないかな? 組織のことに違いはないと思うんだけど、何といっても、彼は警察の情報屋を長年やっていたということだから、いろいろ情報収集は、しようと思えばできなくもない。ただ、相手が悪すぎた。知ってしまった時には、もう後には引けない。組織にも狙われているのも分かった。そこで、彼は、自分でやらせ疑惑を考えたんじゃないかな? 実は組織の方も、秘密を知った新谷記者をいかにして殺そうかと思っていたところを、やらせ疑惑を調べていると分かったところで、それを利用しようと考えた。お互いにやらせ疑惑に狙いをつけたわけだが、ミイラ取りがミイラになる形で、殺害される方に利用されたというわけなんじゃないかな? 大きな組織の中では、一人の記者の力なんて、まったく無意味だということ。それに、ペンは剣に勝るなどということはないということを、証明したということだろうね」

 と谷村刑事がそういうと、

「じゃあ、今朝のことも?」

「ああ、そうだ。自首してきたという男がいたが、あれも、最初から計画の中にあったことなんだろうね。よくあるじゃないか。事件や事故の後で、自首してくる男がいると、組織が絡んでいる場合は、大体身代わりに自首してくるわけだよ。小域ベタではあるけど、少なくとも、自首してくる人がいるということは、そこで、捜査は少なくとも自首してきた相手に時間を取られるわけなので、時間稼ぎができるということさ。逆にいえば、犯人側も、時間稼ぎをしないといけないということは、犯罪自体が、突発的だったのかも知れない。いずれは殺害するつもりだったのだろうが、そこに至るまでに、突発的に何かがあった。組織としては、今その犯人が分かっては困る。そのために、時間稼ぎが必要で圧力を掛けたり、犯人をでっちあげたりという、ぎこちないことになってしまったのではあないかと私は思っているんですよ」

 と、谷村刑事はいうのだった。

「なるほど、なかなか面白い推理ですね」

 と八百屋が言ったが、必要以上に汗を掻いていて、指先も痺れが来ているのを見ると、図星なのかどうかまでは分からないが、ほとんど的を得ているような気がした。

「そもそも、こちらの3人、八百屋と肉屋と魚屋はいつも一緒にいる。きっと、組織から脅迫されているか、あるいは、組織の仲間として暗躍しているのかも知れない。組織に加われば、この商店街はすたれても、三つのお店、あるいは、あなた方の将来において、困るようなことはしないというような取引というか、密約のようなものがあるのではないかと思ったんです。殺された新谷記者が、警察の密偵のようなことをしていたのと同じで、あなたがたも、組織の密偵ではないかと思ったんです。ただし、私がこのことに気づくのがもっと遅かったら、あなた方を疑うこともなかったかも知れない。出版社や、見えない組織ばかりを気にしていたことになる。だけど、それも、組織の狙いだったのかも知れない。ひょっとすると、やつらは、自分たちにわざと目を向けさせておいて、そこで、自分たちは関係ないと一度でも警察に思わせれば勝ちですからね。それが、今回必要だった時間稼ぎだったのではないかと私は推理します」

 と、谷村刑事がいった。

「あなたが、私たちを怪しいと思ったのはいつからだったんですか?」

 と、八百屋が聞いた。

 八百屋は、ひょっとすると、自分たちが疑われているのを察したのかも知れない。その証拠が、あの、

「小田原評定」

 だったわけだ。

「それはね。初めてここに伺って相対した最初だったんだよ」

 というと、八百屋は、自分の血の気が引いていくのが分かった。

「そんな早くから……」

「ええ、あなたに、新谷記者が、殺されたことを言った時ですよ。私は、新谷さんが殺されたとは言いましたが、何で殺されたとは言わなかった。それなのに、あなたは、血痕や返り血を気にしたのか、すでに、死因が、刺殺であったことを知っていた。そこで、少なくとも、あなた方、3人は少なくとも、事件の大いに関係があると感じたんです」

 と言って、ニンマリとした、その顔は、自分たちが死を意味していると悟った八百屋は、先ほどの、

「小田原評定」

 が、本当の意味での小田原評定だったということを悟ったのだった……。


                 (  完  )

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小田原評定 森本 晃次 @kakku

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