第7話 圧力
それを聞いた川上刑事が、いかにもやるせないという気持ちになり、何も言えないくらいになっていた。
それからしばらくは、淡々とした取り調べが行われたが、実際の犯行について語られただけだった。
そこには、大した真新しいものはなく、警察が捜査したとおりのことが、語られただけで、そこに何ら矛盾点はなかった。
取り調べが終わってから、捜査本部に戻った川上刑事と、谷村刑事は、取り調べの状況を、山本警部補に話した。
「そうか、話としては分からなくもないな。二人はいまのこの時点で、事件は解決したとみていいと思うかね?」
と。山本警部補に聞かれた、二人だったが、
「私は、正直、何かが違っているような気がして仕方がないんですよ。それがどこなのかというのが、よく分からないんですけどね」
と川上刑事がいうと、
「そうなんですよね、私も同じです。ただ、私の場合は、彼が言ったことばで注目したいのは、やらせ疑惑というものは、最初からすべてが、新谷記者によって捏造されたものではなく、元々は、ウワサがあって、それを新谷記者が、それを記事にしようとして動き回っていたということであれば、話は全然違っているのではないかと思えてきたんです」
と、谷村刑事は言った。
「なるほど、君はどちらだと思うんだい?」
と、山本警部補に聞かれた、谷村刑事は、
「私は、釘宮の話を信じたいと思います」
と、言った。
「理由は?」
「もし、すべてを、新谷記者が捏造しようとしているのであれば、そこまでするだけの理由があると思うんですよ。人一人を陥れるわけだから、書く本人にも、それなりに報道に対しての倫理に反することは百も承知だろうし、禁じ手を使うようなものではないでしょうか? そこまでして自分にどれだけのメリットがあるのかと考えると、そこには、個人的な恨みがあってしかるべきですよね? 今のところ、そういう話が出てきていないということですね。でも、ただ、今までにそういう発想がなかっただけで、そういう発想を頭に入れて、再捜査すれば、別の意見も出てくるかも知れません。これだけは、裏を取るという意味でもする必要はあると思っています」
と、谷村刑事は言った。
「川上さんは、どう感じました?」
と、山本警部補に聞かれて。
「谷村さんの話に近いですね。それに、新谷記者が、最初から捏造するつもりであれば、何も、ウワサになりかかった時点で、商店街の人たちに取材をするというのも、矛盾があるような気がするんです。それに、あの商店街の人たち、何か我々の知らないことを知っているような気がするんです」
と、川上刑事がいうと、
「私もそれは、感じていました。でも、それは、彼らがわざと隠しているというよりも、我々がそのことに触れなかったので、話さなかったという感じですね。もし、我々がその核心に触れていれば、彼らがちゃんと答えてくれたかどうか、気になるところです」
と、谷村刑事は言った。
「狼狽えはしたかも知れないですが、きっと、魚屋さんの機転で何とかなったのではないかと思うんですよ。あの魚屋さんは、冷静で頭の回転が速い、そして、冷静な雰囲気は、相手を底なし沼に引きずり込むかのような力が秘められているように思います。相手をミスリードするくらいのことは、彼にならできるのではないだろうか?」
と、いうのが、川上刑事の言い分だった。
「なるほど、二人の意見はもっともな気がするな。だが、今回自首してきた釘宮に関してだけど、二人はどう感じたかな?」
と、山本警部補に言われ、
「そうですね。言っていることには一定の整合性はあるし、矛盾も感じられないので、彼の言う通りではないかと思うんですが、じゃあ、彼が本当の犯人なのか? ということになると、正直分からないというところが本音です」
と、川上刑事は答えた。
「川上さんの言う通りですね。私は逆に辻褄が合いすぎているのが、逆に違和感なんです。あそこまで、矛盾のない自首は、まるで最初に警察で言われることを想定し。どう答えるかということを予行演習でもしていたかのようにも感じられます。裏を取るのも、ここまで話の辻褄が合っていれば、警察は通り一遍だけの捜査をして、核心部分に触れてこないのではないかという目論見があったとすれば、余計に事件の核心は、表に出てきていることのごく近くにあるのではないでしょうか? 灯台下暗しであったり、弱点は、得意なところの、すぐそばにあるなどと言う言葉が証明しているかのように思えるんです」
と、谷村刑事はいうのだった。
「なるほど、そこが、先ほど指摘した、やらせ疑惑が最初から、新谷の捏造だと思ったのは、彼が殺されたことで、その動機を考えた時、すべてを新谷の捏造だということにしてしまえば、動機の面で、考えるのが楽になるだろう。それを何か見えない力で捜査されているとすれば、確かに実行犯は、釘宮かも知れないが、その裏で暗躍している何かがあると思えなくもない」
と、山本警部補が言った。
「じゃあ、これは、誰かの身代わりの自首ということでしょうか?」
と川上刑事がいうと、
「そういう見方もできるけど、すべてを彼の犯行だと思うと、今度は納得がいかない部分が出てくるような気がしてくるんです」
と。谷村刑事が言った。
「それがどこにあるのか、それを釘宮への尋問でどこまで分かってくるか、そして、それ以外の聞き込みも並行してやり必要があるだろうね。しかも、それは、釘宮を犯人だとした、その裏付けだけではなく、釘宮本人の身辺調査なども必要になってくる。そのあたりを、これから、しっかり捜査していく必要があるというものだろう」
と、山本警部補は言った。
「川上刑事は、夜勤明けなのに、捜査会議に参加させてすまなかった。もう上がっていいから、ゆっくりと休養してくれたまえ」
と、山本警部補は、つづけたのだった。
これで、とりあえずの、朝の引継ぎと、捜査会議が一段落して、谷村刑事は、若手刑事を一人連れて、聞き込みに行こうとして、通路に出たのだった。
そこで見かけたのは、昨日、殺された新谷が、かつて、情報屋だったという話を聞かせてくれた3人のうちの、背の低い刑事と、もう一人は昨日はいなかった別の刑事とが一緒にいたところだった。
気づかなければ、見逃してしまったほど、背の低い刑事の雰囲気が昨日とは別人のようだった。
昨日は冷静な感じに見受けたのに、今は完全に興奮状態で、まったくどこを見ているのか分からないほどに、熱くなっているからだった。
完全に猪突猛進のようになっていて、完全に前を見ることができないという雰囲気であった。
「どうかされたんですか?」
と思わず、声をかけたところで、背の低い刑事はやっと我に返ったかのようで、
「あっ、昨日はどうも」
と、明らかに昨日とは別人のようだった。
「いやぁ、何かお追い詰めているのか、それとも怒っているのか、昨日までとは違っているように思えましたんで」
というと、
「いやあ、分かりますか?」
と、人懐っこそうにしているではないか。
彼らは、そもそも、暴力団や、麻薬関係を扱っているので、強面のイメージが強いが、実際には、それよりもはるかに、いい人たちなのだ。そうでないと、相手に舐められるということでの、苦肉の策と言っていいだろう
そんな状態において、普段であれば、もう少し勇ましい態度を取っているにも関わらず、明らかにおかしい。どうしたというのだろう。
「ちょっと、いいか?」
と言って、谷村刑事を、会議室に連れ込んだ背の低い刑事は、
「これは、他言無用で願いたいだが」
と言って、真剣な顔になると、谷村刑事も、真剣に見つめなおして、手綱を締めなおした。
「実は、今俺たちが前々から内偵も進めていて、いよいよ証拠も固まってきたというところで、強制捜査の令状を取ろうかとしていたところの案件が、急に、捜査ができなくなってしまったんだ」
というではないか。
「どういうことだ? どこかからの圧力でもあったということか?」
と言われた刑事は、
「たぶん、そんなことだと思う。最初は、公安の仕業かとも思ったんだが、どうもそうではないようだ。俺たちの案件は、公安のような大きなものではなく、地元の組織というだけなので、公安ではない何かの力が働いているんだ」
「何か心当たりはあるのか?」
「いや、今のところはないんだけどな。ただ、実際には、中止というわけではなく、延期というようなニュアンスなんだ。それを思うと、何かの時間稼ぎのような気がしてね」
という。
自分たちの課でも、上層部からの圧力があることも時々だがある。ただ、他の課のように、企業を相手にしたり、反社会組織を相手にしているわけではない分、少ないのだろうと感じていた。それでも、必死で捜査をしてきて、途中で捜査会議を解散させられることには、やるせなさしかないだろう。無念などという言葉を通り越して、歯ぎしりで歯ぐきから血が出てくるのではないかと思えるほどのもどかしさを味わうものであった。
そんな彼らの無念さが滲み出ている背中を目で追いながら、自分のことでもないのに、何とも言えないやるせなさが、自分の背中にのしかかっているようで、自分の仕事にも、少なからずの影響がありそうで、
「嫌なものを見てしまったな」
と感じたほどだった。
それでも、自分たちは自分たちの仕事をまっとうしなければならない。それを自分に言い聞かせ、とりあえずは、被害の遭った出版社に赴いた。
殺害場所には、小さな仕切りが設けられていて、立ち入り禁止になっていた。刑事二人がやってきたので、事件からまだ数日しか経っておらず、どことなく緊張感が漲っている事務所は、静寂に包まれていた。
誰かが言葉を発したり、電話が鳴ったりすれば、一斉にそっちに目が向き、緊張感とは違う緊迫感が、部屋中にみなぎってしまう。
現場検証の時は、何も分からないままの聞き込みだったが、今回は自首してきた人がいるという、状況が大きく変わった時点で、聞き込みも若干変わってくるだろう。
二人は編集長に声をかけて、編集長が、応接室に二人を招いた。ここの事務所は、応接室と会議室を兼ねているようなところなので、個室でもあったのだ。
「すみません。お忙しいところを」
と、谷村刑事がそう言って、編集長と差し向いで座ると、
「いいえ、私どもとしましても、早く新谷君の敵を取ってもらいたいと思っておりますので、なるべく協力させていただきたいと思っております」
と、丁寧な物腰で編集長は言ったが、腰は低く、もっともらしいことを言っているが、早く犯人を逮捕してもらわないと、自分たちだっていつ狙われるか分からないという思いがあるのか、編集部がピリピリしているのはそのせいだ。
誰もが、編集者にいる以上、特ダネを目指して、少々強引なことをしているという自覚はあるのだ。それだけに、一人が殺されたとなれば、いつ、自分にも日緒子が降りかかってくるか分かったものでもない。とりあえず、犯人が捕まって、自分たちに関係あろうがなかろうが、安心したいというのが、本音であるに違いない。
こんな事件が起きるまでは、週刊誌の記者というのは、
「明日は我が身だ」
という意識がないだろう。
やりすぎの感があっても、自分たちがいつ被害者になるかなどということを、考えたりはしなかった。
そんな状態で、殺人事件が起こったのだから、気にならないわけはない。警察には、早く犯人を挙げてほしいと思っているに違いない。
そんな相手に対して、最初から、
「実は、容疑者が自首してきた」
などということは言えないだろう。
一応、自首してきた人を留置はしたが、マスゴミに対しても、署内でも、刑事課以外では、オフレコとして、緘口令が敷かれた。特に、出版社に対しての聞き込みに影響があると思ったからだった。だから、一番に聞きこむ相手は、この編集者だったのだ。
「今日伺ったのは、殺された新谷さんが、手掛けていた案件に関してなんですが、どういうものがあったんですか? 今我々としては、新谷さんが、テレビ番組をやらせという疑惑を暴こうとしていたところが一番怪しいと思っているんですが、他にありますでしょうか?」
と聞くと、
「そうですね、今のところはそれくらいしか思いつきませんね。彼が会社とは別に個人で行動していれば別ですが」
と編集長がいうと、
「そういう記者の人って結構いたりするんですか? 会社に黙って、副業しているかのようなものですよね?」
と言われた編集長は、
「まあ、似たようなものですが、モラルや倫理という意味では、まったく違いますね。他の会社員が副業をするというのを禁止するのは、あくまでも、会社にとって、集中力がなくなるとかの理由で、仕事がおろそかになることを恐れてもことでしょう? そういう意味では、我々から見れば、副業くらい、やらせればいいじゃないかと思うくらいなんですよ。でも、編集者にとって、自分で勝手に探してくる案件は、その記者が個人経営をしているようなものなんですよ。いわゆる、同業他社に近い形ですよね。会社に所属して仕事をしている人間が、裏で個人として活動しているというのは、会社に対しても、この業界に対しての裏切り行為だと思うんですよ。そういう意味で、倫理やモラルとして許されることではないですね」
と次第に、語気が高まっていったのだ。
「新谷さんには、そういう裏で何かをしていたというようなところはないですか?」
「ないと思っています。今の仕事でもいっぱいいっぱいのはずなので、個人で案件を持つというのは、物理的に不可能だと思うんですよ。そういう意味で、会社に勤めていて、個人的な活動をしようとしている人は、最後にはどちらも立ち行かなくなって、身動きが取れなくなるか、精神的に追い詰められて、病気になったりする場合が大きいです。だから、小遣い稼ぎくらいの甘い考えでやっていると、最後には自分に降りかかってきます。それくらいのことは、新谷君であれば分かるはずですからね」
と編集長は言った。
「でも、会社でキャリアを上げて、最終的には、個人で独立しようとする人もいるんでしょう?」
「もちろん、そうです。むしろ、それくらいの野心を持っていないと、会社の仕事だと甘く考えていると、そのうちにどこかで壁にぶつかることになる。これは、出版社に限らず、どこの会社でも同じことがいえるんじゃないですか?」
と、編集長は、当たり前のことだと言わんばかりの様子だった。
「新谷さんの仕事に対しての姿勢はどうでした? 今回のやらせ疑惑というのは、結構、いろいろなところから反響があったようで、実際には新谷さんに対する風当たりは強かったんじゃないですか?」
と、谷村刑事が聞くと、
「そのようでしたね。でも、彼も負けん気の強い方だったから、逆風で叩かれれば叩かれるほど意固地になるところがあって、それで、反発を招いたりすることもあるでしょう。私もそれが怖いと思ったこともあったくらいで、今回の事件も、私の中で、起こるべくして起こった事件ではないかと思っているんです。それは、他の記者も皆思っていることのようで、早く事件の真相を知らないと、怖いと思って、びくびくしながら仕事をしている連中ばかりですよ。しかも、犯行現場がここでしょう? ピリピリするなという方が、無理だというものですよ」
と、編集長は言った。
そんな編集長を見て、谷村刑事は、何か違和感を感じていた。
「最初に聞き込みを始めた時よりも、今の方が何かピリピリした感覚があるのは、なぜなんだろう?」
という思いがあるのだった。
谷村刑事は、少しこの違和感について考えてみた。
「わざわざ、我々を個室に呼んで、聞き込みをさせるのは、他の人に聞かれたくないという思いがあるのか、それとも、警察が来ていることを知られたくないという思いがあるからなのか」
と感じた。
編集部では、当然取材というのが一番の仕事なので、基本的には表にいることが多い。確かにここに来た時も、編集長と、女性社員が一人いるだけだった。彼女は庶務的な仕事が主なようなので、基本的には内勤だ。取材を終えて、原稿を書いている記者はいても不思議はないが、基本はいないというのが前提で考えてもいいだろう。
それなのに、わざわざこの中を使うのは、最初から違和感があったのだ。
そこへもってきて、編集長の態度が微妙になってきた。
「触れていいものだろうか?」
と考えたが、殺人事件の聞き込みだと考えれば、触れないわけにはいかないことだろう。
「編集長は、何か気になることがおありなんじゃないですか?」
というと、編集長は、
「待ってました」
というべきか、救われたかのような脱力感に包まれながら、
「ええ、実は」
と言って、話し始めた。
「うちの会社は、実は東京の大手会社の傘下なんです。吸収合併という形なのですが、今回のやらせ疑惑という案件は、その本社の方から出てきた案件だったんです。私はそれを新谷君に任せました。この件に関しては、本社の方からも、他言無用でということだったんです。それでも本社から請け負ったわけなので、新谷君は、一生懸命に取材をしていました。ひょっとすると彼には、本社への栄転という野心があったのかも知れないですね。でも、そんな時だったんです。今度は、本社の方から、仕事を振っておいて、急に、中止だと言ってきたんです。せっかくのことに、戸惑いを隠せなかったんですが、実は、今まで取材をしてきたことで、いろいろな情報屋から、情報を得ていたんですが、彼らに対しては、当然仕事をしてもらったのだから、お金は払わないといけない。だけど、新谷君には、何ら申し訳金というのもあるわけではなく。業務時間の仕事が、ボツになっただけのことになったんです。彼のように、編集者冥利を感じながら仕事をする人にとっては、たまったものではないでしょう。そうなると、精神的にも参ってしまったようです。しかも、それに輪をかけて、殺されてしまうんですから、彼も浮かばれませんよ」
と、編集長は吐き捨てるように言った。
「なるほど、圧力がかかったというわけですね?」
「ええ、そうです。しかも、これは、きっと本社もどこからかの圧力をかけられたんでしょうね? 放送局からなのか、まさかとは思うけど、当事者の荻谷少年からの圧力か……」
谷村刑事も、編集長の気持ちはわかる気がした。編集者と言っても、少し強引な取材をすると、すぐに、自分が悪者にでもなったかのように感じ。最終的には、精神が病んでしまったりするに違いない。
そういえば、今日は、やけに圧力というものを聞く日であった。
これが偶然なのか、それとも、事件に重大な影を残すことになるのか、分からなかった。
とにかく圧力というものがどういうものなのか、編集部への圧力。警察内部の圧力、実は知らないだけで、日常茶飯事なのかも知れない。
圧力に怯えている人をこれ以上相手にしても、時間の無駄だと思った谷村刑事は、出版社を後にして、荻谷少年を訊ねてみることにした。以前は別の人が訊ねてきたので、初めての対面となる。しかも、今回は、
「自分が犯人だ」
と言って名乗り出てきた人がいた。
そして、釘宮がいうには、荻谷少年と知り合いだというではないか。性格的にもお互いを知ったる仲だということ。
「釘谷君が自首してきているが?」
ということに触れようか、どうしようかと考えていたが、下手に考えると、結論が出てこない。
余計なことを考えてしまうと、負のスパイラルに入り込んでしまう。それを思うと、
「まずは会ってみよう」
ということで、落ち着いたのだ。
本当であれば、出版社でも荻谷少年に対しての聞き込みでも、釘宮の言い分の裏付けをするべきなのだろうが、まずは、釘宮のことを言わずに一度通して考えてみたいと思ったのだ。
つまり、釘宮の証言の裏を取るよりも、聞き込みの信憑性を知る意味で、釘宮のことを知らないふりして事情を聴いて、その話と、聴取した、あるいはこれからするであろう釘宮の自供から、何が引き出せるのか? ということを考えるのがいいと思うのだった。
荻谷少年というのは、思っていたよりも小さく感じられた。VTRでやらせ疑惑のあった番組を見て、カメラ越しの荻谷少年を見たが、実際に見る荻谷少年というのが、本当に普通の少年であるということを、立証しているかのようであった。
「これが、オオカミ少年と呼ばれた男なのか?」
と、いくら予言の力があるとしても、それをまわりにいう勇気があるようには、とても思えなかったのだ。
背中が曲がっていて、よく見ると、先日自首してきた釘宮の背中によく似ているように思えた。それでも、彼はれっきとした予言者として、テレビに出たのだ。やはり、どこかが違っているように思うのだが、どこなのか、よく分かっていない。
荻谷少年に、
「どうして、オオカミ少年と呼ばれていたものから急に変わって、すべての予言が当たるようになったのか?」
ということを聞いてみた。
すると、意外にあっさりと教えてくれた。そのうえで、
「僕は、予言をすることが怖くなったんです」
というではないか。
「どういうことですか?」
と聞くと、
「僕の予言一つで、人間の人生が変わってしまったりする。刑事さんが今捜査されている新谷さんの事件でも、僕は新谷さんに、命が危険に晒されているというような趣旨の話をしたんです。あの人は急に起こり出して、僕に罵声を浴びせました。それは、かなりの勢いでしたね。まるで、自分でも分かっているのではないかと思ったほどだったんですが、急に彼が殺されたというではないですか? 僕が言ったから殺されたんじゃないかって、急に思うようになると、予言をするのが怖くなったんです。だから、あれから、予言はもうしないと決めたんです」
というのだ。
「でも、予言をしたから殺されたのか? それとも、殺される運命にあった相手に感じたことをそのまま言ったのか、まるでタマゴが先かニワトリが先かというような感じだね」
というと、
「そんな生易しいものじゃないんですよ。一度誰かに予言をして、それが当たってしまうと、自分が予言から、もう逃れられないような気がしてきたんです。まるで、自分の運命が決まってしまったかのようにですね。それを感じた時、どんな恐ろしい気持ちになるか、想像できますか? 人の運命を自分が背負うということですからね。自分にできるわけはないとしか思えませんよ」
というのだった。
釘谷も、荻谷少年のそんな覚悟を分かっているのだろうか? 二人が一心同体ではないかと思えてくるくらいだったのだ。
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