第12話 今のお前すっげーダセェぞ

 茹だるような猛暑が続き、毎日汗だくになりながら学校へ足を運んでは、将来何の役に立つかもわからない知識をノートに記す。この動作をただひたすら流れ作業のように繰り返し、気がつけば今年も七月に差し掛かっていた。


 大人の階段を初めて登ったあの日に感じた違和感の正体は未だ掴めないままだ。あの日、家に帰ってからも漠然とした不安や葛藤に苛まれたが、そんなことも翌日になればすっかり忘れていた。気がつけば俺の脳みそは学校終わりに百花ひさき先輩の家に向かうようナビゲートされていた。


 行為をしている間はなんとも形容し難い多幸福感が肉体と精神を包み、回数を重ねるごとに焦りや戸惑いも衝動の中へと消えていった。その反面、初めに感じた違和感が徐々に薄れていくのを感じた。これが大人になるということなのかな。



 六時間の流れ作業を終え、今日も今日とて俺は百花先輩の家に向かうため下駄箱から紐が解けた靴を結び直すこともなく飛び出し、西校門から学校を出ようとしているとスマホに一通のラインが届いた。


「今日は用事あるからムリ〜」


 百花先輩からだった。

 仕方ない。最近毎日のようにしてたからな。今日は久しぶりに春人はるととオンラインゲームでもするか。

 俺は解けた靴紐を結び直し、自宅側にある南校門に向かい学校を後にした。


 前にも言ったが最近の春人は学校で話しかけてこない。鎧塚風紀委員長が原因で起きた例の一件のせいで俺と一緒に行動すること自体がリスキーになってしまったからだ。だけどこうして人目につかない場所では今でもつるんでいる。

 ちなみに百花先輩とのことを春人にはまだ伝えていない。俺が童貞を卒業したと知ったらアイツはどんな反応をするだろう。俺は春人のとりそうなリアクションを脳内で三パターンほど想像しながらウキウキで帰路についた。


 家に着くと二階にある自室のデスクトップパソコンから銃撃戦で一位を決めるバトルロワイヤルゲームを起動して春人と合流した。


「もしもし。春人聞こえる?」


「あー聞こえる聞こえる。なんか下田と話すの久しぶりだな。調子はどうよ?」


「そりゃもう絶好調よ! 早速だけどゲームを始める前に一つ、春人に報告したいことがあります!!」


「おーなんだ? もしかして肉倉と付き合うことになったとか?」


「残念、ハズレだ。正解はー」


 俺はニヤつく顔を抑えることが出来ないまま答えを発表した。


「二年の百花先輩で童貞を卒業したでしたー!!!!」


「・・・・・・・・・・・・」


 あれ? 思ってた反応と違うな・・・。びっくりしすぎてフリーズしたか?


 俺の脳内では答えを伝えた瞬間に春人が通話越しに音割れした声で驚いた後、おめでとうと同じ大人の仲間入りした事に喜んでくれる姿を想像していたのだが、そんな俺の予想とは裏腹に春人は冷静でどこか納得のいってないような反応を示した。


「・・・・・・百花ってあのクソビッチの百花だよな。なんであんな奴としたんだよ。」


 なんだか空気がピリついてる気がする。言い合いになる前にこの話を終わらせよう。


「なんでって・・・・・・そりゃあわかるだろ。いや、もういい。この話はおしまい」


 春人はそれでもしつこく話を続けた。


「お前、肉倉はどうしたんだよ! あんなに必死にアタックしてたじゃねーか!!」


「肉倉? あんなやつもうどうでもいいだろ。目的は達成したんだ。それに今のを登った俺に肉倉は不釣り合いだ」


 その言葉を聞いた瞬間、春人の声のトーンが微妙に変化した。


「あぁ、そうかよ・・・・・・。言っとくけど今のお前すっげーダセェぞ。そりゃ肉倉には不釣り合いかもな。今のお前なんか」


 春人こいつが何に怒ってるのかは知らないが、こんなことを言われる筋合いはまったくないはずだ。

 俺は感情を抑えることが出来ず、声を荒げて言い返した。


「は? あんまり調子に乗るなよ! ちょっと経験したのが俺より早いからって上から物言いやがって!! それにお前だって俺の目的知ってて肉倉を薦めたんだろ? 何がそんなに気に食わないんだよ!」


「・・・・・・俺は本当はそんな事のためにお前に肉倉を薦めたわけじゃない・・・・・・。わからないならもういいよ」


 春人はそう言い残し通話を抜けていった。


 何が悪かったんだ? 肉倉を悪く言ったからか? でも春人は別に肉倉と仲がいいってわけじゃない。じゃあなんでだ? 今までだって冗談でそういうことを言った事はあるはずだ。わからない。どうすればよかったんだ・・・・・・


 辺りも日が沈み、部屋の中は真っ暗で、ぼーっと見つめるゲーミングモニターの光が一際眩しく感じた。


 その後、晩飯を食べてもお風呂に入っても俺の中のモヤモヤとした気持ちは、雑多に紛れる事なく居座り、結局その日は一睡も出来なかった。

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下心100%の俺が本当の恋を知るまでの物語 メタフィジカル @metaphisicar

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