おわりに、あるいは鳥たちはどう生きるか
ここからは蛇足のようなものだ。
流れに沿って書ききれなかったことをただただ書き連ねていこうと思う。
あと、これははっきり言って意図したことではないのだが、あまりにも自分の「感想」に当たる内容が後景に隠れ過ぎたというか、解題に徹しすぎてしまったきらいがあるので、少しバランスを取ってしまえればと、そんなふうにも思っている。
・ペリカンについて
ペリカンが資本主義社会における消費者像に映る、ということは前述した。かれらは食欲に駆られて行動し、これから生まれる命を消費して生きている。先細りした社会を呪う、あるいは呪う知性すらない動物的な構成員である。で、この代表例は言ってしまえばオタクであるだろうし、呪う知性があったにしても反出生主義者であったりするだろう。生まれる子たちは飛ぶことすら忘れつつある、自分が本来何者であったかも覚えていない、とは消費のシステムに組み込まれ主体性を失った、のように読み取れなくもない。ペリカンたちは「生まない」消費者である。
しかし、じゃあ彼らが消えてしまえばいいように描かれているのかというと、また話は違ってくる。エンディング、塔の世界の崩壊によって彼らは死んでしまうわけではなく、現実の世界に放り出され、どこかへと飛び立っていく。
そもそも、あの海を呪われた海だと言っているのは彼ら自身だったのだった。
そのような思いを抱かずに済む場所に、彼らはたどり着けるのだろうか?
・インコについて
ペリカンに比してインコたちは比較的知性の伴う描写をされている。しかし、その程度はといえば、怪しい。王国民のインコたちは端的に衆愚であると言っていいし、禁忌は禁忌である、というような簡単なルールしか飲み込まない。彼らには「この嘘は本当だ」というような複雑さを許容するユーモアがないのだった(その外見的なユーモラスさはこの場合のユーモアとは無関係だ)。
だからだろうか。世界の崩壊に伴って飛び立った彼らには、もはや言葉を操る力も道具を操る力も失われている。彼らの知性らしきものは石からの、おおおじからの又貸しの借り物だったのだろうか?
・鳥について
ところで、なぜ本作はこんなにも鳥だらけだったのだろうか。
鳥だらけであり、さらに言えばその糞にまみれたエンディングは、なんだったのだろうか。
ひとつ、排泄物に塗れることは出産(再出産)の隠喩には不可欠だった、と見ることもできるだろう。またそれは、汚れもまた悪意のように生きる上で切り離せないのだという象徴にも見えるだろう。ナツコは自らの汚れを気にせず、インコのことを「かわいい」と認めるのだった。
また、(こういうことについては書かないと言ったのだけど、それをうっかり破って書いてしまえば)宮崎作品で「鳥」と言うならば「風の谷のナウシカ」のクライマックスを思い出すのも避けられないと思う。「ナウシカ」の鳥はいつか来る死や滅びの定めに向かってでも、飛び続ける存在、そのような覚悟でいきる人間たちの比喩として描かれているのだった。ペリカンも、インコも、まだ飛ぶことは忘れきっていない。
・アオサギ男について
まあ、書きたいことは結構書いた。しかし書き落としのようなことがあるとすれば、おおおじが彼を評した「愚かな鳥よ、お前が案内役になるがいい」という言についてになるだろう。
この評はおそらく、おおおじの眞人に対する評価と概ね同じなのではないかと思われる。このときの眞人はまだ「嘘を本当にする」ような振る舞いに至っていない。悪意の傷は絆創膏に隠され、アオサギ男に騙されてのこのこと塔に入ってきた愚かな子供である。
しかし、眞人はアオサギ男に文字通り一矢報いて見せた。
眞人に対しておおおじが期待を持ち、アオサギをその相棒に据えた理由は、このあたりからも察されるところはあるかもしれない。
・石について
眞人は大祖父が継がせようとした汚れなき石は持ち帰らなかったのだった。しかし、どうでもいい、何の変哲もない一つの石を、たまたま持ち帰ったのだった。アオサギ男にすら大した力はないと言われたその石は、しかし彼には思い出になり、宝になった。また、眞人は塔に入る直前まで「君たちはどう生きるか」を読み、涙していたのだったが、その本は読みかけだった。
読みかけの物語と、たまたま拾った思い出、人はそんなものを自分にとっての本物にして、理解されがたい動機にして、生きていくものなのかもしれない。人は現実にも創作物にも影響される。傷つき、偽り騙され、惹かれ、拒絶され、それらは忘れられない本当のものになっていく。なっていくというより、自らすすんでそうしてしまう。それは頭に消えない傷を作る石であり、これから歩いていく道を舗装する石である。そして、他者もまたそのように、そのひとにとってこの嘘は本当なのだという叫びによって生きている。
本作を見て、個人的に最も心に響いた部分を言語化するとこのようなことになる。もちろん、誰かに理解されるかどうかは、ここではまったく関係がない。
この嘘は本物だと言うために(『君たちはどう生きるか』解題の試み) 君足巳足@kimiterary @kimiterary
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