石の浮く草原 眞人と曽大祖父
さて、これまで眞人が出会って、向き合ってきたのは彼の初めから知る人物たちだった。しかし最後はそうではない。彼が最後に対面することになるのは、血は繋がる、しかし会ったことはない「おおおじ」である。「おおおじ」はヒミ=眞人の母にとっての大祖父であり、眞人にとっては曽大祖父とでも言うべき相手だ。
おおおじはこの塔を造ったのだという。しかし、本当はこの塔は隕石だったのだという。それを多くの犠牲を出しながらも囲い、塔に仕立てたのだという。この隕石は意志を持ち、力を持ち、内部に独自の世界を作り上げたのだという。おおおじは隕石=「石」の力を借りて世界を作った。そして自身の造った世界のバランスを取るために、十三の汚れなき石で「なにごとかの作業」を日々行い、世界の崩壊を防いでいる。眞人に対面したおおおじは「お前にこの世界を継がせたい」と汚れなき石を渡そうとする。しかし眞人は「石には悪意がある」として、それを拒む。それを聞いたおおおじはなおも「それがわかるお前にこそ継がせたい」のだと繰り返す。
さて本作において、悪意とは何だっただろうか。まずは、眞人が他者に振るった暴力である。彼が嘘をついたり真実を隠したり他人を物で釣ったりしたことである。また、これを彼自身にやり返したのがアオサギ男なのだった。更に加えて、石はこれまで人を拒絶してきたのだった。ナツコの産屋までの道のりなどでもそれがわかる。
まとめるとこうなる。
石は、人を傷つける。
石は、人を偽り騙す。
石は、人を惹き込む。
石は、人を拒絶する。
さらに、重要な描写がすでに為されている。巨大な石でできた洞窟への門には、「我ヲ学ブモノハ死ス」と書かれていたのだった。また、おおおじと眞人が話をする草原は、その土台が全て石でできている。塔に来るまでの道も同様に、一見獣道のようであったがその土台は石造りだった。であれば、石はどこかからやってきた他者であると同時に、自らの都合に合わせて加工できるものでもあるということでもある。それは世界を下支えしている。しかしそもそも石―他者は人を傷つけ、偽り、騙し、惹き込み、拒絶し、死に至らせることすらあるのだった。であれば、その加工品=「創作物」も当然そうである。おおおじは、自らが創造した世界(それは創作物でできた創作物のようなものだ)の中で、世界が崩壊しないよう、それらの微妙なバランスを常に気にしていた。それは他者から見ると理解不能な作業であるが、おおおじにとっては何よりも大切な創作作業である。
おおおじを拒絶した眞人はインコに捕らえられた状態で目が覚め、これまでの会話は夢だったのだとわかる。彼はアオサギに助けられ、インコ大王により連れ去られていくヒミを追いかけ、まずはヒミと再会し、そしておおおじと対面する。おおおじは再び眞人に自分のあとを継ぐように迫り、眞人は自分の中には悪意があるために継ぐことは出来ないこと、そして元の世界に戻らなくてはいけないことを告げ、それを拒絶する。
おおおじは眞人に「やがて炎に包まれる世界でどう生きていくのか」を問う。
眞人はそれに答える。「友達をつくります」「アオサギのような」と。
おおおじはこれを否定しない。しかし自身の意見も諦めない。元の世界に帰り、友達をつくるのだとしても、この世界を継いでくれとなおも迫る。さて、実のところ、眞人はこれを簡単には否定できないはずだと思われる。このおおおじの一見無茶な言い分は、これまでアオサギ男が象徴的に言葉とした「この嘘は本物だ」というそれを、あるいはそれを実践してきた眞人の行いを、自分は肯定する、そしてお前も肯定しろ、と言っているのに等しい。おおおじは自らが「本物」としてきた「嘘」を眞人に継がせたいのである。
しかし、眞人がそれに対して答えを出す前に、この世界は崩壊してしまう。
おおおじの行いを裏切りと糾弾する、インコ大王の手によって。
だから問いは問いのまま宙に浮き、物語は終幕を迎える。それは概ね「お前がそうしてきたように誰かが本物としてきた嘘を、お前は肯定してあとに続くことができるか」というような問いになるのだと思う。現実世界に帰った眞人はこれに実践で答えていくことになるだろう。たとえば、ナツコを母と呼ぶことで。そのうえで、実母の愛を――それは「君たちはどう生きるか」の本という象徴的な形で現れている――忘れないことで。あるいは更に多くの嘘を、自分にとっての本当にしていくことで。
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