禁忌の産屋 眞人と二人の母姉妹
眞人が向かい合う三人目、四人目の対象は自らの母姉妹である。映画の中での描写に照らすなら、三人目を母の対存在である「ひみさま」(以降ヒミとする)、四人目を叔母であり新たな母であるナツコとすることになるだろう。
キリコの元をアオサギとともに出発した眞人は、インコに食われてしまった鍛冶屋の家にて、自らも食われそうになったところを炎の姿で現れたヒミに助けられる。炎を操り、母の味である「ジャムとバターを塗ったトースト」を供し、ナツコを妹だと語る彼女のことを、眞人は火事で死んだ自分の母であると勘づく(一方で、この時点でのヒミから眞人への評は「お前、間抜けだね」である)。
二人はナツコを救うために、インコたちの王国の中に潜入する。ヒミはインコたちの王国の中では自分の能力は十全に使えないこと、ナツコは石造りの産屋に監禁されていて、そこに入るのは禁忌であることなどを語る。途中、インコたちに襲われ塔の世界から出てしまいそうになるハプニングがありつつも、眞人は自分の意志で塔の世界へと戻る。眞人はこのとき、自分を救いに来た父を目撃する。刀とランプを引っ提げての、冒険者のごとき装いの父に眞人が何を思ったかは深くは描かれていないが、ここで父に助けられる子供になることではなく、自らナツコを救いに行く道を彼が改めて選ぶこのシーンは、アオサギ男の「母親が生きている」という嘘によって塔にやってきた、という眞人の動機を上書きする重要なシーンであると言える。
禁忌の産屋に辿り着いた眞人は、「私なら入らない」と外に残ったヒミを置いて一人で産屋へと入る。そこでは死装束のような白い着物を着たナツコが横たわっていて、式神のような紙人形がその頭上を回転している。紙人形は眞人を襲い、産屋から追い出そうとする。ナツコもまた「あなたなんか大嫌い」と眞人を一喝する。一方の眞人はここで初めてナツコを「かあさん(ナツコかあさん)」と呼ぶ。二人共が気を失い、ヒミは「石」に対して眞人とナツコを救うよう祈り願うのだが、謎の力により失神させられてしまう。産屋の幕が閉じ、場面は暗転する。
さて、まず禁忌の産屋の外観に注目したい。産屋には母体を守護する力が働いているかのようである。産屋は、(執拗な書き込みが為された)分厚い緞帳で閉ざされている。赤く分厚い緞帳をくぐり抜け、暗い産屋に侵入する過程は、そのまま胎内回帰のようにも映る。
その中にはこれから二重の意味で母になる者であるナツコが待っている。眞人にとって彼女は自らの母と認めなければならない女性であり、弟か妹を生み母親になる女性である。眞人はこれまでの道程の中で何度かナツコのことを「とうさんが好きな人」と表現している。自分の感情については、押し殺しているようである。出会ったばかりの女性をそう簡単に母と認めることが出来ない一方で、その女性は母に似ており、そしてその妊婦の腹を彼女に導かれる形で眞人は触っている(この場面のナツコの手つきはエロティックにさえ映るし、眞人の表情には動揺が見られる)。母親とは違う存在なのだが、母性には溢れている。
一方、ナツコから見た眞人はどうだろうか。おそらく、この場面までの眞人は、ちょうど眞人側から見た彼女と同じように「夫が大事にしている子」である。二人はお互いに父―夫を通して、間接的にお互いを見ている。愛そうとしているし、大切にしようとしている。しかしそれはあくまで、間に父―夫であるひとを介してのことだった。
それが産屋での場面ではまるで異なる。
二人は直接的に出会ってしまっている。
産屋での対面の構図は、言ってしまえば眞人がナツコから生まれていたとしたらという仮構である。当然現実は「そうではなかった」のだが、ここで眞人―ナツコは生まれたときからこの相手が母―子だったと思うことができるかをそれぞれ試されている。先にアオサギがすでに象徴的な言葉にしているように、二人は「この嘘を本物」にできるかを問われているのだと言える。
さて、眞人はここまでの道程ではそれを認められていなかったのだった。塔に入る以前に眞人はすでにナツコに守られていたというのに。だから眞人はナツコによって一度は拒絶される。しかし、彼は結局ナツコのことを「かあさん」と呼ぶことができた。この場面でナツコ側からの返事をはっきり聞くことは出来なかったが、一旦、伝えるべき言葉を伝えられたと言えるだろう。
それを見ていたヒミの胸中は語られないが、最終的な彼女から眞人への評価は「間抜けだね」から、「眞人のような子が産めるなんて、素敵だ」のように変わっている。彼を生むために彼女は、炎の中に飛び込むのも厭わないと言う。この覚悟はただただ美しいのだが、ここであえて水を差すように言葉にしておきたいことがある。それは、眞人のような子が生まれるかが分からずとも、すでにヒミは現実の世界で眞人のことを生んでいたのだった、ということだ。彼女は眞人を育て、炎の中で死んだのだった。
とすれば、眞人の行いが変えたのは、塔の中のヒミの気持ち(だけ)ではない。はじめから、眞人は現実の世界でこそ、母親にとって、自分の死を納得できるだけのものにしていたはずなのだ。彼自身の、これまでの成長の過程で。
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