第四章 事件
いつもの帰り道で友樹くんが言った。
「あのさ、昨日の夜お父さん死んだ」
「そうなの?」
「うん。あんなに恐れていたはずなのに今じゃ全然実感がわかない。本当にお父さんは死んだんだろうかって思う。でも死んだっていうのは分かってる」
「いつも会ってなかったからね」
「うん。いつもどおりの生活がまた始まっただけ」
「…ま、そうだよね。……………あの…さ、友樹くん。し、失礼かもしれないけど…お父さんが癌じゃなかったときは…どうだったの?」
「…別に?普通?だと思うよ。でもお父さん、煙草吸ってばっかりだったし…。癌になってもしょうがなかったかな、って。だからお父さんが癌って知ってもそんなに驚かなかった」
「ふ、ふーん」
嘘だ。友樹くん。だって目には涙が浮かんでいるじゃないか。今にも泣き出しそうな目をしているじゃないか。
…もう、駄目だ。彼のこんな姿なんて見てられない。笑っていてほしいよ…。
気づいたら私は視線を地面に向けていた。
ポタッ
アスファルトに水滴の跡がついていた。その先を目で追うと…彼だった。
「友樹く…」
「ご、ごめん、何でもない」
「あ、うん」
「じゃ、じゃあね」
「うん。また明日」
彼は泣いていた。間違いなく。でも彼は隠そうとしていた。その、気持ちを。隠そうとする必要はあったのだろうか。
ピロン♪
「急に泣いてびっくりしたよね。ごめんなさい。」
たった二文だけの文章。なのに彼のつらい思いがひしひしと伝わってきた。なんでつらいのなんて分かるわけなかった。でも…心配だった。
いつのまにか私は家を出て彼の家に向かって走っていた。勝手に足が…腕が…動いていた。
「友樹!あんたなんでそんな事もできないの!ほら、そうやってすぐ泣くな!もう…お父さんもいなくなっちゃったし大変なのよ!お兄ちゃんはできるのに!」
言われなくても分かった。怒っていた。彼の母親が。お兄ちゃんがいたんだ。
友樹くんのお母さんも大変なんだろうな…夫が癌って言われて。いつ死んでもおかしくないって言われて。
でも…ひどいよ。友樹くんが可哀想だよ。
友樹くん…私に、隠してたの?我満…してたの?言ってほしかったよ…。
また明日、 emakaw @emakaw
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