妻を飲み込んだ白鯨
音音
第1話 ソラと白鯨
アラームが鳴る前に目が覚める、すこし奮発して買ったダブルベットの上、スマホの充電プラグを引っこ抜いた。やはりこの部屋は一人で住むには広すぎるようだ、もう使っていない部屋の入口付近には薄っすらと埃が見える。
朝食を適当にすませ、テレビをつける。
❝……では、こちらは〇市の様子です、
妻が一年前に亡くなった、まだ24歳だった、子供はまだおらず、まさにこれから辛くも幸せな生活が始まろうという時、奴が現れた。
❝……なんとも美しい音色の鳴き声を上げ姿を現した白鯨、その全貌はいまだはっきりとしておらず、津波を引き起こした原因と予想されています。震災以降その姿は一度も…❞
その真白なクジラは一年前に現れ、数時間後…一瞬にしてあまりに多くの命を奪った。
「…ソラ」
___「私の名前ってねー、どういう理由でつけられたかわかる?」
「大空みたいに広く青く澄み切った心になってほしいとか…かな」
「…当てないでよ」
___「あーまたタバコ吸ってる…もう、はいこれ」
「え、なにこれ」
「リンドウの押し花…二つ持ってたの、これでお揃い」
「押し花って…」
「タバコ吸いたくなったらこれ見て立ち止まって」
「なんでリンドウなんだ」
「ふふっ、長生きしてって意味」
___「見てこのマンション、ここにも部屋があるんだってー」
「あぁ、ソラの作曲部屋に使えるな」
「でしょ、ここがいーな」
___「もしもさ…、私が死んじゃったら他にいい人見つけてよ」
「俺はお前と離婚するつもりはない」
「違うよそういう事じゃ…絶対あなたは私が死んじゃったら未練たらたらで、
毎日暗い顔するのが目にみえてるから」
「当たり前だ」
「私はそれが嫌なの、ずっと幸せな顔しててほしい」
「…………」
「あと…」
「私も離婚なんてしないよ」___
妻がいなくなって2週間後のことだった、パンパンに詰まったポストを整理しているといくつか病院や保健所の手紙…。
「…っ…ぅ……」
たくさんのチラシや封筒の山の中に、妻あての産婦人科からの手紙があった。
~3年後~
車に乗りながら軽食用のゼリーを飲み会社に向かう。普段はしないのに小画面のテレビをつける、芸能人がフルーツを紹介している画面を緊急速報の文字が横切った。
❝速報です、たった今海岸付近に白鯨の目撃情報がありました、海岸付近の住民の方は速やかに避難してください。…繰り返します…❞
今なんて…車を一度近くのコンビニに停める、直後に会社からの電話が鳴り響く。
《_おい今ニュース見たか!》
「はい」
《大丈夫か、お前の家って海岸近いだろ、会社も若干海岸に近いから一度避難してる…お前は…》
「わかりました、もうすぐいきます」
《…!、何言って…》
上司が何かを言っていたが電話を切る。やっとか、心のどこかでこの時を待っていた。車を進んできた道とは逆に…海岸に向け走りだす。
___「ねー牛乳も買ってきてって言ったじゃん」
「あっ…忘れてたごめん、ほんとごめん」
「もう…」
「後で一緒に買いに行こ」
___「見てー海だよ、うみ」
「ほぼ毎日見てるじゃないか」
「でもちゃんと行くのなんてホント一年ぶりくらいだよ」
「まー、たしかに」
「はやく砂浜行ってシンデレラ城作りたいー」
「…海は」
___「あっー!最悪…砂浜に忘れたんだけど」
「まじ、近いし取りに行く?」
「…いや、いい」
「えっ、いいの」
「なんか、これも思い出…みたいな」
「なんじゃそりゃ…___」
海につくと誰もいない、周りの建物にすら人影はなくなっていた。ここでもう、終わりにしよう…君の言う通り、僕は毎日暗い顔して未練たらしく君を探している。ここで…終わらせる、…遠くに何とも言えない、嫌な、きらいな音が聞こえる。
白鯨…。
最後はお前を、恨みながら、海を恨みながら死んでやる。音が少しずつ鮮明になっていく、こいつ…呑気に唄なんて謳いながら……。
「もう無理だ」
気づけば波打ち際まで来ていた、だんだんと押し寄せる波は強くなっていく。目を薄く閉じ、立ったまま…、下を向く…。
___これを見て、立ち止まって見て___
なんで、こんな時に、よりにもよって、こんな時に、汚くしわくちゃになっていたがそれは確かに、……押し花だった。
___長生きしてって意味___
「……っ…うゥ…う…」
いつだって君は、僕のそばにいた。いつだって…。
「ごめんなさい…」
~7年後~
「コーヒーいる?」
「あぁお願い」
「お母さんー、お姉ちゃんが殴った」
「うるっさい!リクが私のチョコ食べちゃったんじゃん」
「仲良くしなさい、ナギは手を出してはダメ…後で買うから、リクもお姉ちゃんのお菓子食べちゃだめよ」
「「ふんっ…」」
❝続いてのニュースです、震災から8年が経とうとしています。…さらに最近の技術で白鯨の正体が分かってきました、数年前までは白鯨が津波を引き起こす原因と思われていましたが…、津波を起こしているのではなく、津波を自ら予兆し近海に姿を現す、つまり我々に津波が来るのを知らせていた可能性が……❞
___「ねえ、もしも私が生まれ変わったら…綺麗な
なって…あなたに聞いてもらう」
「安心しろ、僕が先に逝って待ってるから」
「そうじゃないよ!もういい…きっと届けに行くよ」___
海を見ているとあの日の唄を思い出す、昔は大嫌いだったはずのその唄は…今はとても美しい。
『ソラと白鯨』
妻を飲み込んだ白鯨 音音 @inunekonoheya
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