私のとっておきの一枚

珊瑚水瀬

生まれ変わる一枚

――この街は私が知っていたころから随分と変わった。


  里帰りで訪れた閑散とした駅の改札には、寂れたファーストフード店とシャッター通りが立ち並ぶ。誰もいないこの風景はよそ者の私を歓迎してくれないように感じた。


 見知っているはずの場所にキャリーケースの音だけをゴロゴロと床一面に響かせる。私はまだ、ここにいると主張するように。そうでもしないと日々都会の喧騒のど真ん中にいる私にとって、この静寂はひどくもどかしく感じた。


 ふと、その場所で息がつまりそうになり思い切り息を吸った。春の風はぬらっと生暖かいのに体の芯はまだ凍ったまま。

 まるでこの場所になじめていない私の様でその息を少しでも肺に入れないように深々と大きく息を吐いた。


「あ、この店」


 ふと目に留まったのはショーウインドウのマネキンだった。その店は私が高校時代に何度も友達とファッションショーをした大正レトロを売りにする店だった。

 高校生のお小遣いからして、買えるものは一枚だけだから何度も友達と通い吟味してとっておきの一枚を選んだ。


「懐かしいな」


 たくさん安い服を買えるようになった今より、どうもその時代の方が幸せだったような気がした。でも、今の店のマネキンは安い量販店で売ってそうな花柄のワンピースと水色のカーディガン。


「あれ、もしかして夏美ちゃん?」


 ふと店の店員が私に駆け寄ってきたかと思うと、久しぶりね、すぐわかったわ。と嬉しそうに私の両手をふわっと温かい手で包んだ。あ、この手、あのときのおばちゃんだ。


「夏美ちゃんたちはいつも目を輝かせてあれがどうのこれがどうの話していたわね」

「その節はたくさん買い物もせずすみません」

「なんで謝るの!?おばちゃん、いつも微笑ましくてね。こんなに洋服が好きな人たちに着てもらえるなんて洋服は幸せだって」

 

 ああ、迷惑なことではないのか。確かに昔はそんなこと考えもしなかった。

 今までの価値観がガラガラと崩れ本来の自我がひょっこり顔を出した気がした。

 私はずっと都会にいたからどうやらお金を使う事こそ、「正義」という感覚に染まっていたようだった。

 実際私の家にも大量の服がある。

 それでも服がないないとなるのは、その選ぶ「時間」が圧倒的に少ないからかもしれない。私のとっておきを選ぶまでの時間。


 じゃあなんで?そんな洋服を想う心意気があるのにあのマネキンの服――


「――あの、私洋服の系統前の方が好きでした」

「あら、何もうちは変わっていないわよ。お店の中見てごらんなさい」


 手招きされてはいると、そこにかつて私が所望したロマンがぎゅっと詰まっていた。

 ――ビーズ刺繍の蝶のバッグにピアノの定期券入れ、カメリアのポーチ。

 そうこれこれ。私が求めたあの日の幸せが戻ってきた。


「これらはね、洋服をリメイクしたのよ。今は安い服に若者は目が行くから売れなくなっちゃってね。ポーチや小物類にシフトチェンジ」

「じゃあ、外のマネキンは……」

「あれは客寄せよ。ああいうの最近の子好きでしょ」


 にやりと目を細めいたずらっ子の様に笑うおばさんにわたしもつられてふふっと笑う。

 変わったものは時代の流れだけで、その思い出はこうやって語りづかれていくんだ。

 たくさんの服から大変身した商品をみて、しみじみとそれらの思い出をかみしめながら店を歩く。 

 都会にいる時は気づけなかった一つ一つのものの温かみ。私が選択して大切していきたいものたち。

 私は、その店で気になった水玉刺繍でできたポーチを取りレジへ行く。


「ところでなんで私ってすぐわかったんですか?」

「だって、あなたの服。うちの服だもん」


再びにまにま微笑みながら、変わらないねえと言わんばかりにこのポーチと御揃いの水玉のワンピースを見つめるのだった。

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私のとっておきの一枚 珊瑚水瀬 @sheme

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