第21話 「千年前」
資料館の中は背の高い本棚が所せましと並べられており、通路もかなり細かった。人一人通るのが精いっぱいという感じだ。
「これ、目的のもん探すの大変すぎねえか?」
「確か、タブレットがあったはず。そこで検索できると思う」
本棚の森を抜けてなんとか目当てのタブレットを発見する。サナエはタブレットを開くとおぼつかない手つきで画面を操作する。
「あっ、あったわ! ダンジョン発生当時の資料!」
「どこの本棚だ?」
「二階の一番奥みたいね。行きましょ」
資料館の階段を上り、二階へ移動する。二階も同じように本棚がこれでもかと並んでいるが、心なしか一階よりは少なく見える。資料館は五階まであり、どの層も同じような本棚の群れがあるようだ。
ダンジョン発生当時の資料がまとまって置いてあるコーナーでサナエは一冊本を手に取ると中身に目を通し始める。
「西暦二千九百三十年、ダンジョンは突如として現れた。これが百年前の出来事ね。……でも、突然現れたってこと以外に特別なことはなにも書かれていないわね。ダンジョンは民家の付近に現れたせいでダンジョンが生成される際に隆起した土地に巻き込まれて被害が出た、っていうのも周知の事実だし……」
「あ、でもダンジョンが民家の近くに出たって記述は聞いたことないかも。だって今はダンジョンの近くに家なんてないだろ」
「そうね。別にダンジョンから魔物は出てこないけど、ダンジョンの近くに住むのは怖いって人が多いし、探索者の出入りが激しいから、騒音やなんらかの争いに巻き込まれる可能性もないわけじゃないし……で家を建てる人いなくなっちゃったのよね」
ダンジョンの周りは建物が建っていない。法律で建ててはいけないと縛られているわけではないが、なんとなく暗黙のルールみたいなものが出来上がっている。
ダンジョンが発生する前は当然だがダンジョンの近くに家を建てないなんて空気はなかった。だから、ダンジョンが生まれた場所に家があったらダンジョン生成の際の土地変動に巻き込まれるのもおかしくない。
「そういや俺が見たのはダンジョンがない世界の景色だったし、ダンジョンが出来る年の記録を調べても意味ないかもしれないな」
「ダンジョンが出来る前って百年よりもっと前ってこと? 『ダンジョン資料館』って名前でそんな前のことまで資料が置いてあるとは思えないけど」
再びタブレットを操作し、資料を探す。タブレットの画面を隅々まで視線を走らせるサナエが、とある箇所でぴたりと動きを止める。
「――待って」
「どうした?」
「今って西暦何年か覚えてる?」
「西暦三千三十年だろ。それがどうした?」
「西暦二千三十年……千年前の記録があるみたい。ダンジョンが生まれるより九百年も前の資料が、ここに」
サナエはその事実に気づいた瞬間、タブレットを放り投げるように手放すと走り出す。
この場所にあるはずがない資料。零斗が言い出したことだが、内心あるとは思っていなかった。気持ちはサナエと同じで今すぐ向かいたいが、焦燥感を抑えて地面に転がったタブレットを持ち上げる。元の位置に戻してから本棚の隙間を縫ってサナエの元に向かう。
零斗が付いた時にはサナエが目的の資料を見つけていた。だが、
「んー! んー!」
「なにしてんだ?」
「本を! 取ろうと! してるの!」
本棚の前でつま先立ちして、必死に上へ手を伸ばしている。どうやら本棚の一番上に置いてある本のようで、サナエの身長では手が届いていない。
「よっと、これでいいか?」
「あ、ありがとう」
サナエが取りたがっていた本に手を伸ばし、本棚から取り出す。千年前の資料ということもあってか、本は黄ばんでいて表紙には汚れがついていた。ホコリも溜まってて、思わず咳が出そうになる。
「千年も前になると情報も断片的になってるみたい……ってあれ?」
「どうした?」
「……二千三十年の記録に、スマホって単語が出てきてるの」
「はあ? 千年前だぞ。なんでそんな昔にスマホなんてあるんだよ」
スマホも最近できた文明であり、千年前に同じ名前のものが存在している
「なにこれ……『肉の雨』……? なんのことかしら」
「なんだその気持ち悪い名前」
本を覗くが、「肉の雨」という存在の詳しい説明は書かれていない。断片的というにも断片すぎてなにが言いたいのか推しはかることができない。
「単語から考えて真っ先に思いつくのは、雨のように肉が空から降って来る……とかかしら。そんな非現実的なこと起こるようには思えないけど」
「カンピロバクターえぐそうな事件だな」
落ちてくる肉が過熱済みなのか非加熱なのかによって喜ぶ人の有無が変わってきそうだ。落ちてくる肉が過熱済みなんてありえない? そもそも肉が落ちてくること自体があり得ないのでもはや加熱済みかどうかは些細な違いだ。
「隕石が飛来……この辺りは薄れてて読みづらいわね」
「気になる資料だけど、本当にこれがダンジョンと関係してるのか?」
千年前の資料に触れるという体験は新鮮で中々経験できないものという認識はあるが、これが零斗の見た記憶と関係するとは思えない。肉の雨なんて謎の単語は論外として、千年前にスマホがあったことも隕石が飛来したことも――
「――あ」
「なに?」
「いや、待てよ……もしかしたら」
零斗は記憶の引き出しを開け、ダンジョンで見た景色を思い出す。巨大な魔物の姿、そして地面には――大きなクレーター。
「もしかしたらその資料、本当かも。俺が見た景色の中に、巨大なクレーターがあったんだ」
「つまり、月島くんが見たのは千年前の景色ってこと……?」
「その可能性が高いと思う。ただ、ダンジョンでなんでそんな記憶を見るのかってところは分からずじまいだけど」
「魔物はどのあたりにいたの?」
「ちょうどクレーターの上だ。そこから動くような気配はなかった」
「クレーターの上……その魔物、落ちてきた隕石の中から出てきた……かもしれないわね」
「隕石の中から!?」
そう言われたらそうだったかもしれない。隕石が作ったクレーターの上にいて、動かなかったのも落下の衝撃か何かでダメージを負っていたのかもしれない。地面もひび割れていたから隕石が落下したという情報にも説得力がある。
「やべえ、情報が多すぎてわけわからなくなってきた」
「私もよ。もっと詳細が分かれば違うんでしょうけど、こんなとぎれとぎれの情報じゃあなんにも分かんないわ」
収穫がゼロだったわけではないけど、零斗たちが求めている答えとは全く違っていた。
他にも本を探して読んでみるが、他の年代に比べて千年前の資料は極端に少なく、内容も断片的で新しい情報が得られることはなかった。
「そろそろ帰るか」
「そうね、私たちだけでこれ以上考えても進展はなさそう」
いつまでもグダグダ調べたとて謎が深まるだけだと諦め、零斗とサナエは資料館から出る。
「ダンジョンで千年前の景色を見る……か。だったら、ウェアウルフのダンジョンにいけば新しいのが見れたりするのかな」
「……あぁ、あの配信してたダンジョンね」
華奈と初心者用の動画を撮りに行くということで向かったダンジョンだ。あそこのボスだったウェアウルフも倒したが、ボスエリアに着く前に帰宅してしまった。ゴーレムのダンジョンと同じくボスエリアに行けば新しい情報を得ることができるかもしれない。
「どのみちボスを配置する必要があるからいつかは行かなきゃいけないし、このまま行ってみましょうか」
「だな」
サナエは再びセバスを呼び出し、ダンジョンへ向かった。
◇
ダンジョンから入ってすぐ、地面に大きな穴が見えた。華奈と来た時に罠に引っかかって落ちたところだ。
「配信で見たけど、こんな感じの穴だったのね」
「改めて見るとここから落ちて良く死ななかったな、俺」
「そりゃ死なないでしょ。って思ったけど、月島くんもしかして華奈さんのスキル知らない?」
「え、知らないぞ」
「一緒に暮らしててなんで知らないのよ……華奈さんは物の質を変化させるスキルがあるの。多分落下したときに地面の質を柔らかくして衝撃を減らしたんだと思うわ」
「なるほど、だからあんな落ちても無傷だったのか」
自分がいなかったら死んでいたと華奈が言っていたのはそういうことだったのか。罠ではなく、ショートカット的なギミックの可能性もないわけじゃないからちょっと半信半疑だった。
「ちょうどいいしこの穴使っちゃいましょうか。月島くんは私が抱えて降りてあげるわ。私は身体強化すれば全然問題ないし」
「女の子に抱えられるって、なんかそれダサくね」
サナエの前で情けないところは見せたくないけど、零斗が無事に降りる方法はそれしかなさそうだった。
(ゴーレムを上手く使えばなんとかできねえか……? エレベーター的な形で作れたら……)
考えても上手くできる気がしないし、サナエに任せるのがベストという結論は変わらない……サナエの前で頼れる人間風を装いたい零斗からすれば悲しい結論だが。
「適材適所よ。ダサいとかダサくないとかじゃないわ。そんなこと言ったら私だって本棚の前で無様に伸び縮みさせてたところを見られてるわけだし、おあいこよ」
サナエは零斗を持ち上げて躊躇なく飛び降りる。地面に到達するまで一分もかからなかった。ドオン! と爆音を立ててサナエが着地する。零斗も身体強化の影響があるのか、衝撃は感じても痛みはない。
「着いたわよ」
「ありがとう……」
「もう、そんな悲しそうな顔しないでよ。大丈夫よ。月島くんがすごいってことは分かってるし。むしろ、ちょっとできないことがある方が人間味を感じて好印象よ」
「そういうもんなのか……?」
「そういうもの」
あんまりウジウジしてても呆れられるし、零斗は気持ちを切り替えて先に進む。穴から降りて歩くこと三分。下層へ降りる階段を発見する。階段を降りるとボスエリアによくある開けた空間が広がっていた。
「俺がウェアウルフと出会ったのって、ボスエリアのすぐ近くだったんだな」
あの時帰らずにそのまま真っ直ぐ進んでいればボスエリアに着いていたのだ。結果論でしかないからあの時の零斗では気づきようがなかったとはいえ、多少の悔しさがある。
「じゃあ月島くん、お願い」
「分かった。ゴーレムの時はボスエリアの中心で見れたよな……」
ボスエリアに入って真ん中へたどり着くと、ゴーレムのダンジョンで起きたような意識の朦朧とする感覚が訪れる。視界が徐々に暗くなり、身体の感覚が薄れていく――
ラスボスごっこ!~「フリ」だったはずなのにダンジョンを支配するスキルで本物のラスボスへと至る~ やのもと しん @yanomoto
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