第20話 「ダンジョン資料館」

「その資料館ってとこに行くのは良いんだけどさ、結局ここのボスはどうすんだ?」

「そうね。それが本題だものね」

「……あっ、思い付いたかも」

「本当?」

「ああ、ボスの代わりになるものがないなら……作っちまえば良い」


 サナエはいまいちピンときていない表情だったが、説明するより実際見せた方が早いと思い、零斗は地面に手をつける。


「ゴーレムを作る能力を応用すれば、いけるはずだ」


 零斗のイメージ通りに土が集まり合体し、かつて零斗が対峙したゴーレムを再現する。


「見た目は確かにボスっぽくなったけど、これ動くの?」

「動いてもらうしかねえ。ええっと、とりあえず歩いてみてくれ」


 ゴーレムは零斗の言葉で歩き始める。真っ直ぐ進んで壁に当たってもひたすら歩き続ける。


「もういいぞ、止まってくれ」


 その瞬間ゴーレムが動きを止める。一度命令を入力すると止めるまでその命令に従い続けるようだ。


「一応オートで動かせるっぽいな。あんま複雑な命令はできなさそうだけど。おーい、戻ってこーい」


 ゴーレムを呼び戻すと、零斗の命令通りゴーレムは踵を返して零斗に近づいてくる。ある程度の確認は終え、零斗の命令なら聞くのが分かった。なら本題を任せるだけだ。


「今からこの部屋に入ってきた人間を追い返してくれ。できるだけ傷つけないようにしてほしいけど……難しいかな」

「ワカリマシタ」


 どこからか返事が聞こえてきた。探索者がやってきたのかと、零斗が慌てて周囲を確認するも人影は見えない。

 サナエの声ではないし、他にいるのは目の前のゴーレムだけ。


「しゃ、喋ったーーーーーーーー!?」



 意志疎通ができたら便利だなとは思ってはいた。いたけれど、そんなことできるわけないと期待していなかった。


「まさかそんなことまでできるなんて……」

「なんで月島くんが一番驚いてるのよ」

「俺だって知らなかったし……」


 外見だけなんとなくイメージして作っただけだから、喋るなんて予想だにしていなかった。とはいえこれは朗報だ。これから仕事を任せる相手として、言葉が話せるのはかなり便利な気がする。


「会話とかできるのかな」

「デキル、カイワ」

「できるんだ!?」


 ほとんど独り言だったのだが、まさかの返事が来て零斗は開いた口が塞がらない。

 カタコトで喋るゴーレムの姿は若干のシュールさを感じつつ、零斗は一つ質問をしてみることにした。


「名前はなんて言うんだ?」

「キメル、ソレハ、ゴシュジンサマ」

「喋り方分かりづれえな」

「名前は月島くんが決めること、みたいな感じでしょ」

「ハイ」

「なんで通訳できんだよ」


 サナエはゴーレムの喋り方に適応できたようで、すんなり受け入れている。


「ご主人様って呼び方なんかすごいむずむずするけど」

「月島くん、実はそう呼ばれたかったのね。私もご主人様って呼んであげましょうか?」

「なんでそうなる!? 別に呼び方までは指定してねえよ!? それにこいつは俺が作ったんだから、ご主人様ってのも間違いじゃねえし」


 ご主人様なんて呼ばれた経験がないからむずむずするけど、そこまで悪い気分じゃない。

 そしてサナエのご主人様呼びは素直に聞きたい。だが、それを堂々と頼めなあたり零斗は自分の度胸のなさが悔しいところだ。


「名前どうしようかな。俺、ネーミングセンス自信ないからサナエに……いや、もっと駄目か」

「どういう意味よ」


(サナエに任せたら絶対中二病フレーズが飛び出すだろうしなぁ)

 前科が既にあるので名づけに関してサナエに頼ることはできない。


「じゃあ今日からお前の名前は『アース』だ。これからよろしくな」

「アース、ナマエ、ワタシ。ワカリマシタ」

「なんだか嬉しそうね」

「ウレシイ、ワカラナイ」


 アースはサナエの言葉を否定するように身体を左右に振る。人間でいうと首を振るような感じだろうか。全身を使って意思を表明する姿は、ごつい外見ながらもどこか愛嬌を感じる。


「アース、マモル、コノヘヤ。オイダス、タンサクシャ」

「おお、俺の頼み理解できてる! すげえぞアース!」


 魔物と意思疎通を図れたことが嬉しくてテンションが上がる。


「ここは初級のダンジョンだし、アースを倒せるほど強い探索者が来るとも思えないけど、定期的に様子見に来なきゃな。傷ついたら治してやんなきゃだし」

「そうね。月島くんみたいな例外がいないとも限らないし。……いてほしくはないけど」

「どこかにはいるんじゃね。ほら、世界は広いんだし」

「考えたくないわ。それより、このダンジョンをアースくんに任せるって決まったなら次行きましょう」

「さっき言ってたダンジョン資料館ってとこか。了解」


 ここでやるべきことは終わったので次なる目的地へ移動しようと、ボスエリアから出ようとしたところで、零斗は立ち止まる。


「一応、念のため。アース、絶対人殺しは駄目だからな! 絶対だぞ! フリじゃねえからな!」

「念押ししすぎると余計怖いわよ!」

「ナシ、コロシ。ワカリマシタ、ダメ、ゼッタイ。アース、ガンバル」


 アースは腕を上げ、こちらに手を振る。零斗とサナエはアースに手を振り返しながらアースの元を離れていった。



 ダンジョンから出て、サナエはスマホを取り出してどこかへ連絡していた。サナエが連絡してから五分後、零斗たちの前に黒塗りの車が停まった。その後、運転席からスーツを身にまとった老齢の男性が降り、こちらへ歩み寄って来る。


「お嬢様、お迎えにあがりました。隣の方はご学友でしょうか?」

「ありがとう。こっちは月島くん、私の友達よ。立ち話もなんだし、本題は中で話すわ」

「承知しました。では、お入り下さい」


 男性は後部座席の扉を開き、零斗とサナエを誘導する。サナエは手早く車に乗り込むが、二の足を踏む零斗に気づくと、零斗を手招きする。


「月島くん、警戒しなくていいわ。この人は私の執事よ。連絡すればどこでも駆けつけてくれるの」

「サナエっていいとこのお嬢様だったんだな」

「生まれは関係ないわ。そもそも人類最強って呼ばれてる探索者にお付きの一人もいないなんておかしな話でしょ。それだけの話。さ、早く乗って」


 確かに、サナエという戦力は人類にとって貴重なものだし、もっと厳重に護衛されていてもおかしくない。むしろ、一人で自由に行動できる方がおかしいというレベルなのかもしれない。


「ん? そうだよな。なんで一人で行動できてるんだ?」

「さあ、それは私も知らないわ。まあ、護衛がいたとしても私の方が強いんだし足手まといになるだけだからいなくていいんじゃない」

「……まあ、そういうこともあるのか」


 サナエの言葉に反論したいわけでもないし、一人で行動できる理由をそこまで詮索する必要性も感じない。零斗が車に乗り込むと執事が扉を閉め、運転を開始する。

 高級な車なのか、車内に振動はほとんど伝わらず、窓の外を見ないと走っているのが知覚できないくらいだ。


「それで、ダンジョン資料館ってどんなとこなんだ? なんか聞いたことあるようでないようで結局よく分かんなかった」

「セバス、説明して」


 サナエは運転中の執事――セバスに命令すると、セバスが口を開く。


「資料館はその名の通りダンジョンに関する資料が数多く蔵書されております。ダンジョンが発生して百年。数々の探索者様が命を賭して集めた情報ですので、基本一般市民には閲覧権限がありません。年に一度、資料館の一部を開放して誰でも立ち入れるイベントが行われますが、今はその時期ではありません」

「誰でもって大丈夫なんですか、それ」

「もちろん、イベントの際は見られても大丈夫な資料しか展示されてないですから、問題ありません。イベントを行う趣旨としましては、端的に言ってしまうと探索者を増やす為ですね。ダンジョンには未知の資源がある。過去の探索者がどういう報酬をもらったなど、市民の興味を惹こうというわけです。初級中級上級とランク分けをして適正値を明確にしたことで死傷者は年々減少傾向にありますが、それでも探索者は命の危険がある職です。気が引けてしまう者も多いでしょう。そういった方の後押しをする役割です」

「なんで、そこまでして……」

「詳しいことはわたくしにも分かりかねます。ただ、ここまで探索者を増やそうとしているのですから、ダンジョンを消滅させることが目的であるのは間違いないでしょう。ダンジョンの資源など副次的なものにすぎません……これはわたくしの推測ですが」


 国が探索者を必死に増やそうとしているのはダンジョンを消滅させるため。サナエと目的は同じなのかもしれない。世界中からダンジョンを消滅させたいのなら、探索者を増やそうと熱心になるのも頷ける。


「そんな資料館ですが、基本的に一般市民は立ち入れないと言いましたね。探索者には閲覧権限があります。ただ、実力に応じて立ち入れる範囲は変わりますが」

「私も資料館に入ったことあるけど、特に制限は課せられなかったわね」

「それは当然です。お嬢様は人類最強の探索者ですから。ありとあらゆるデータに触れる権限があります。探索者のランクによってはどこまで見られるかが変わってきますね。月島様は探索者のランクはいくつでしょうか」

「ええっと……」


 探索者の免許証を見ると、そこには「Dランク」と記載されていた。


「Dランクですね」

「おや、お若く見えますが、それなりに実績を積んだ探索者なのですね」

「実績もなにも、つい最近取ったばかりですよ」

「なるほど。では試験の際にボスを討伐なされた、とか」

「えっなんで分かったんですか?」

「合格したときの点数によって初期のランクが違ってきます。資源を集めてクリアした場合は最低ランクのFランクから。ボスの情報を集めて帰還されたのであればEランク。そして、ボスを討伐できたのならDランクとなっております。……この辺りは試験会場で説明されませんでしたか?」

「あー、されてたかも? されてなかったかも?」

「曖昧な答えね」


 零斗には覚えが全くないが、恐らく準備室で試験のルールが書いてあった資料にそういう情報も載っていたのだろう。零斗は見逃したうえ、試験の直後に医務室へ運ばれたため、試験に関する情報はほとんど知らないまま合格してしまった。歪美辺りに聞けば知っていたかもしれない。


「俺はDランクだから見れる範囲も限られてんのか」

「私が一緒なんだから全部開放で良いでしょ。駄目でも私の権限で良いってことにするわ」

「どこぞのガキ大将みてえな傍若無人さだな」


 車が停まる。セバスがハンドルから手を離し、後部座席の扉を開けた。


「到着いたしました。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」


 零斗たちが外に出ると、巨大な城のような建物がそびえ建っていた。白亜の壁に漆黒の屋根が乗っている。ステンドグラスの窓がいくつも配置されている。童話にでも出てきそうな城そのものだった。


「ここが、資料館……」

「こんなのだったっけ、来たのだいぶ前だから覚えてなかった」

「サナエですらあんまり来ることなかったんだな。ちょっと意外だ」

「小さい頃からお父さんにダンジョンに連れてかれてばっかりだったから、ダンジョンの知識は実戦でしか得てないわ。お父さんに連れてこられなかったら来る機会すらなかったかも」


 互いに資料館に関してはほとんどなにも知らないという状況に少しワクワクしているところがある。今までダンジョンを知り尽くしていたサナエが資料館に対する知識はなく、零斗と同じ立場で学ぶから新鮮なのだろうか。

 期待感と高揚感を胸に、零斗は資料館の扉をくぐる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る