第19話 「いつかの記憶」

 零斗はサナエと共にダンジョンの中にいた。歪美に刺された時の体調不良も完全に治り、晴れて探索者となった今、下級ダンジョンのみならず中級や上級にだって入ることができるようになった。

 だが現在、零斗が立っているのは以前授業で行ったことがある下級ダンジョンだった。このダンジョンでゴーレムと邂逅し、初めてボスの能力を手にした。このダンジョンに足を運んだのはそんな過去を懐かしむため――ではなく、とある目的のためだった。


「そういや『ラスボスごっこ』を継続しろって言われてたの完全に忘れてた」

「忘れてたのね。どうりでやってる気配ないと思ってたわ」


 そう、ボスのフリをする遊び――通称「ラスボスごっこ」を続けてほしいとサナエに頼まれていた。理由としてはボスのいないダンジョンが持続していると不審に思われるから、というものだったが……


「今まで攻略したのが、このゴーレムのやつとウェアウルフのとこ、後は最初から俺が使ってたダンジョン……ダンジョンは三つもあるのに俺は一人しかいねえんだけど!?」

「それは確かに問題よね。私までボスのフリしてたら探索者として本来の仕事ができなくなるし。月島くんの代わりにボスのフリしてくれる人がいれば月島くん一人に任せなくてもいいんだけど」


 ボスのフリをしたくても、三つのダンジョンで同時にするのは不可能だ。分身なんてできるわけもないし、サナエの言う通り、なにかボスの代わりになるものを用意できればベストだ。


「代わりっていってもなにが……」


 ボスエリアに入り、部屋全体を見回すが特になにもない。倒したから当然だけど、ボスもこの部屋にはいない。ゴーレムと戦った時はボスエリアから離れていたから、ボスエリアを直接見るのは初めてだ。


「そういえば、最初のダンジョン以外のボスエリア見たことなかったな」


 ボスエリア以外でボスと戦うことしかなかったせいで、他のダンジョンのボスエリアがどういう様子か知らなかった。まあ、見た目は探索者試験で見たボスエリアとほぼ同じだから特に感慨も浮かばなかったが。

 なんとなくボスエリアを歩き、ちょうど中央に差し掛かったところで――


「――っ!」


 零斗の視界が揺れる。目の前の景色が歪み、足取りがおぼつかなくなる。次第に意識が遠のき、視界が暗くなっていく。


「なん、だ……」



 目を開けると、そこは広大な荒野だった。地面には巨大なクレーターができており、地面は乾燥しているからか、ひび割れている。


 ――なんだ、この景色は。


 見たことがない場所だった。草の一本もなく、川も流れていない。

 スカイツリーから見下ろしているような視点の高さ。見下ろすと魔物の胴体や腕らしきものが見える。


 ――この姿はなんだ?


 巨大な魔物が見ている景色を見ている、ということなのだろうか。どうしてそんなものが見えるのか、どうして今それを見ているのか。気になるところは数あれど、一番の疑問は「場所」にあった。


 ――ダンジョンじゃ、ない。


 魔物はダンジョンの中にいて、外に出てくることはないはずだ。それなのに今見ている景色は明らかにダンジョンの中じゃない。世界のどこかに巨大な魔物が出たとしたらもっと大騒ぎになっているはずだ。それこそ、ダンジョンのことに興味がなかった零斗の耳にも届くぐらい。だが、零斗はそんな情報を聞いたことがないし、サナエからも聞いていない。

 もし仮に、こんな巨大な魔物がいたのなら、探索者を生業としているサナエや華奈がそれを知らないということはあり得ない。


 ――いつ、どこの出来事なんだ。


 学校でダンジョンの授業を聞いていても、ダンジョンの外に魔物がいるなんて話は聞いた覚えがない。

 なにが起きているのか把握できないまま、再び零斗の意識は薄れていく――



「なんだ、今のは」

「どうしたの、月島くん。なにかあったの?」


 気づけば零斗はボスエリアの真ん中で倒れていた。まるで夢でも見ていたような不思議な感覚が身体に残っている。

 サナエに身体を揺さぶられて目が覚めたようだ。


「夢……? いやでもなんで急にそんなものを……」

「月島くん、なんで急に寝たの? もしかして睡眠不足だったりする? 駄目よ、ちゃんと寝なきゃ」

「寝不足……じゃないはずなんだけどな。サナエ、魔物がダンジョンの外に出たのを見たことがあるか?」

「なにそれ、そんなの見たことないわ。魔物はダンジョンを通じてボスの魔力を得て活動してるわけだし、ダンジョンの外で生きるのは不可能よ。なんで急にそんなこと聞いたの?」

「いや、なんて言ったらいんだろ……」

「もしかして、さっきの『夢』の話?」

「……そうだ。この部屋に入った時、急に意識が薄れて、気づいたら知らない場所にいたんだ。少なくとも日本の風景じゃなかった。木も草も川も海もなにもなくて、乾いた地面しかないところだった」

「確かに、聞いてる限り日本っぽくはないわね」

「それで……俺は多分、魔物になってた」

「はあ!?」

「あぁ、いやこれは言い方が違うか。魔物みたいな生き物の視点でその光景を見てたんだ」


 上手く説明できた気はしないが、サナエは意図をくみ取ってくれたらしい。サナエはこめかみに指を当て、なにか考えるように小首を傾げる。


「ふうん、なんか夢ってよりは記憶を覗いてるみたいな感じね。月島くんがダンジョンのボスになったことで、魔物の記憶とリンクした? だとしたら月島くんと初めて会ったあのダンジョンでも同じような夢を見てるはずなんだけど……その時はどうだったの?」

「見てない……と思う。正直あんまり覚えてない」

「じゃあなんでこのダンジョンだけ……そもそもダンジョンの外の魔物ってのも妙よね。今この瞬間、世界のどこかで魔物が出現した……なんてそれはあり得ない。ネットワークで繋がったこの時代で誰にも見つからないなんてこと起こりえないし。現在でないなら……過去にあった出来事って可能性もあるかも」

「それは話が飛躍しすぎじゃないか?」

「そう? そもそもダンジョンは百年前から出現してるのよ? ダンジョンとリンクしたと考えたら百年前の出来事を見たって可能性もないとは言い切れないはずよ」


 信じがたい話だけど、サナエに断言されると否定できない。それでも突飛な発想だという考えは変わらないが。


「今の話、ただの夢だって無視はできないわね。ダンジョンの外に魔物がいたことがあるのか、百年前になにがあったか調べてみないと」

「そんなことできるのか?」

「資料が残ってるかは分からないけど、『ダンジョン資料館』に行けばなにか情報が得られるかも」

「ダンジョン、資料館……」


 聞いたことあるようなないような、あやふやな記憶で零斗は小さく呟いた。

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