商店街

香久山 ゆみ

商店街

 夜の商店街を彷徨いました。

 母が亡くなったのです。急逝でした。私は気持ちの整理がつかず、泣くこともできずにいました。うちには小さい子がいるので、じっくり母を悼む余裕もありません。それで、幼子が寝静まった時間に、そっと家を抜け出して、ぶらぶら一人歩きすることにしました。

 母と最後の会話は喧嘩でした。家のことで小言をいわれ、「もう放っておいてよ、母さんのうちじゃないんだから!」そう言い、電話を切りました。いつものこと、のはずでした。夏休みには三世代で旅行を計画していましたし、それまでに仲直りするはずでした。なのに。

 歩いていると、涙が溢れます。母がやってくれたこと、私がやってあげられなかったこと。そんなことばかり思い出されます。いるのは満月だけ。存分に泣いては、それを拭います。母に会いたい。

 にゃあ。

 視線を下ろすと、黒猫がこちらを見ています。まるで誘うように。奥にはオレンジ色の街灯が路地の脇をどこまでも照らしています。――商店街? こんな場所に商店街があるとは知らなかった。いえ、そもそもここはどこだろう。ぼんやり歩き続けて知らない場所に出てしまったようです。

 視線が合ったのを確認して、猫は歩き出しました。その跡を追って商店街に入ります。猫は私と一定の距離を保って先を行きます。可愛らしい案内人。母ならきっと喜んだろうな、可愛いものが好きだったから。そんなことを思いながら商店街を進みます。

 にゃあ。

 猫は足を止めました。私も止まります。深夜、シャッターの下りた商店街の中で、一店舗だけ灯りが点いている。菓子処のようです。見覚えある親子連れが手を繋いで店内に消えました。こんな時間に関らずまだ開いているのだ。にゃあ。案内の報酬を求める猫のため、私は店内に入りました。

 狭い店内に、客は私だけでした。振り返ると、店先で猫が私を待っています。迷わず商品を選び、店を出ました。もう猫はいませんでした。仕方なく買ったばかりの菓子を食べました。あの頃と同じ味。

 気付くと、見知った通りに出ていました。深夜にずいぶん出歩いてしまった。急ぎ帰宅します。自宅の時計を確認すると、まだどれ程も経っていませんでした。娘の寝顔を見て、ああ大丈夫だと思いました。

 後日、娘とあの店を訪れようとしましたが、商店街は見つかりませんでした。猫の案内がなかったからかもしれません。一体どのようなお菓子だったかも、何故かまるで思い出せません。

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