第42話
ゆっくりと目を開ける。
目の前にそびえる墓石には、吉澤家という文字。
線香の香りが鼻をくすぐる。
早いもので、君が消えてから一年が経ちます。
昨年の冬はやけに寒く、今年の春は陽気な日々が続き、今年の夏はとても暑いです。昨年よりもずっと暑いです。
東京での大学生活には、ようやく慣れてきました。友達もたくさんできました。
まだ、将来のことは決めていないけど、私には君が寄り添っていてくれるから、不安はありません。
でも、そろそろ決めていかないと君に怒られてしまいますよね。帰ったら、一緒に考えてください。
これからもたくさんの景色を一緒に見ましょう。美味しいものを一緒に食べましょう。未来を一緒に歩みましょう。
「さて、そろそろ行くよ。望来くん」
立ち上がり、桶に残った水を柄杓ですくい、墓石にかける。
「あぁ、ここにいたんですね」
振り返ると、彼羽さんが同じように桶と柄杓を持って立っていました。
いつ見てもとても美人で、君が好きだった理由が分かる気がします。
「ヨッくんのお母さんからね、あなたに向けて預かってるものがあるの」
「望来くんのお母様から?」
彼女はカバンから一通の手紙を取り出し、私に差し出しました。
心当たりは特にない。
「ヨッくんがね、十年経ったら、あなたへ渡してほしいって頼んでたみたい。ちょっと渡すのが遅くなっちゃったけどね」
「望来くんが……」
手紙の表紙には、『十年後の君(僕)へ』と震えた筆圧で書かれている。
「気軽に読んであげて。きっと、あなたへのラブコールでも書かれているのよ」
彼羽さんは肩を竦めて、そう言った。
「ありがとうございます、彼羽さん」
深くお辞儀をする。
顔をあげると、彼女は私に笑みをくれた。
「今度、ご飯でも一緒に行きましょ。話、たくさん聞かせてね」
「ぜひ……!」
もう一度、頭を下げてその場を後にする。
なぜか駆け出したい気分だったので、坂道を走って下った。すぐに汗が滲んだけど、足が止まらない。
海風に背中を押され、導かれるようにあの公園へと来ていた。
一面の芝生の上に身体を投げ出す。
全身が暑さと疲労で悲鳴をあげる。生きてるって感じがした。
空には大きな入道雲が立ち昇り、一羽の鳥が自由に飛び回っている。
手紙を開く。
――拝啓、十年後の君(僕)へ
お元気ですか? なんて冒頭はありきたりかな?
希からすれば、まだつい最近の出来事のはずです。でも、僕がこの手紙を書いているのは十年前です。
まんまと病室に戻って来ちゃったよ。
書きたいことが多すぎて、何から書いていいのか分からないけど、時間もないので手短に。
人生は海みたいなものだよ。
海がどこまでも広がっているように、人生の選択肢も無限大に広がっている。だから、希は希が生きたいように生きてください。
まぁ、これはある人の受け売りなんだけどね。とても良い言葉なので、希には特別に教えてあげました。
「良い言葉、なのかな? 変なの」
でも、希のことだから、きっとしばらくは将来のこととか考えないんだろうね。当たってる?
「ありゃりゃ、バレバレじゃん。すごいなぁ」
たまには、僕のことを思い出してくれると嬉しいです。あと、一週間に一度は焼うどんを与えてください。大好物です。知ってると思うけどね。
「知ってるとも。私も大好きだよ、焼うどん」
希のおかげで、僕は幸せだったよ。本当に、世界一幸せな自信がある。だから、希も僕に負けないくらい幸せになってね。
「負けないよ。私も幸せになる。今よりももっと、ずっと幸せに……」
惚気ないと思うじゃん? 残念でした。最後に取っておいたんだよ。
希、愛してる。愛してる、愛してる、愛してるー!
好きだ! 好きだ! 好きだ――――――――!
「……ずるいよ」
視界がぼやけた。
入道雲はどこまでも高く昇っていく。一羽だった鳥がいつの間にか二羽に増えている。
鳥たちは自由に大空を飛び回り、互いに交差しながらいつの間にか見えないくらい遠くに飛んでいった。
それから、海月のストラップも渡しておきます。やっぱり、一緒じゃないと海月たちもかわいそうだからね。
僕と希がいつでも一緒のように、海月たちも一緒に過ごさせてあげてください。
手紙はそこで終わっていた。
ぽろっと芝生に青い海月が落下する。
カバンからピンク色の海月を取り出し、青い海月と共に青空に掲げる。
ゆらゆらと漂う二匹の海月は、いつまでも寄り添い続けたのでした。
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他サイト様主催スターツ出版大賞最終選考作品の加筆・修正版です。
旧名「夏色リバイブ」
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拝啓、10年後の君(僕)へ 微炭酸 @-Hunya-
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