第41話

 初めて君と出会ったのは、私が七歳の時。小学二年生です。

 生まれつき患っていた胃腸の病気のせいで、ろくな学校生活も遅れず、病院と家の往復を繰り返す日々でした。

 正直、その頃は自分がただ不幸な人間だとしか思っておらず、どうせ大人になるまで生きることは叶わない。短くて、つまらない人生だと勝手に決めつけていました。

 どうせ、病気は治らない。幼いながら、常に死に怯える日々。

 私を産んでほどなくして蒸発したお母さんに向ける顔なんて、ありません。

 ごめんなさい、お母さん。ごめんなさい……ごめんなさい。

 謝り続ける日々でした。

 そんな時、お父さんが珍しく地元のお祭りに連れていってくれました。普段は病院食や野菜を中心としたものしか食べられなかった私は、お祭りで美味しいものをたくさん食べられると思っていました。

 でも、お父さんはどれも身体に毒だからといって買ってくれません。とても楽しみにしていた私はその場で泣いて駄々をこねていました。

 すると、そこに君が現れたのです。周りのみんなが無視する中、君はヨーヨーをくれました。

 私が気になってじっと見てしまったせいなのかもしれませんが、ヨーヨーをもらった時の喜びは今でも忘れられません。


 次に君にあったのは、九歳になったばかりの時です。その時、君はすでに亡くなってしまっていました。君が最期に眠りについた病室で、君の写真に向けて長いこと手を合わせ続けました。

 しかし、君の一部は私の身体の中で生きています。

 私は、君に未来をもらいました。

 ドナーが見つかって、病気が治ると分かった時は、とても嬉しかったです。美味しいものがたくさん食べられる。学校にも行ける。大人になることができる。普通の人と同じ生活ができることに涙が出るほど喜びました。しかし、そんな喜びも大人になるに連れて、徐々に薄れてしまいました。

 私なんかが、誰かの大事な人の一部をもらっていいのだろうか。その人が歩むはずだった未来、望んだ将来を、私が代わりに叶えることはできない。私がもらい受けた命が、あの時のヨーヨーをくれた人のものだと知った時は、とても悲しく、そして同時に大きな罪悪感が芽生えました。

 お父さんは、せっかく頂いた命なのだから、大切に精一杯生きなさいと常々言います。それが正しく、全てであることは分かります。でも、いくら納得したつもりでも、胸に刺さる棘は抜けないままでした。

 そのまま私はいつしか高校生になってしまいました。大人と子供の狭間にいるにも関わらず、私はいつまでも自分を変えることができなかったのです。


 一度、君の親御さんの元へ謝りに行ったことがあります。

 君の命を頂いてしまってごめんなさい。君の将来を叶えることができなくてごめんなさい。テーブルに頭を擦り付けて泣きながら謝りました。

 しかし、謝ることはできても、君の分まで生きますとは口が裂けても言えませんでした。私には、その度胸も覚悟もなかったのです。

 君の親御さんは、「気にしなくていい。その代わり、たまには顔を見せてほしい」と言ってくれました。

 私は、君の親御さんに言われたことを守れていません。あれ以来、どんな顔をして会いに行けばいいのか分からなかったのです。


 幼い頃とは違った怯える日々を過ごしていたある日、夢を見ました。お祭りで見た君が、病室で見た写真の君が、学校の屋上で寝ている夢です。

 私は慌てて夏休みの学校に走って向かいました。

 そして、そんなはずがないと思いながら屋上に向かうと、そこには君がいたのです。

 君の姿を見た瞬間、思わず泣いて謝ってしまいそうになりました。でも、そんなことを君が望んでいないことくらい、私には分かりました。だから、いつもの自分を隠して、幽霊に興味のある元気な女子高生を演じることにしたのです。やってみると、驚くほど型にはまったので、もしかしたらこれが本当の私なのかもしれません。

 君のことをもっと知りたい。私に未来をくれた人の考えていること、好み、性格、喋り方、全てが知りたかったのです。今思えば、君を知ることで、私は君になりきって将来を過ごそうと考えていたのかもしれません。

 そして一言、君に謝りたかった。


 君との日々は毎日とても楽しく、どこか曇っていた日常が毎日晴天のように輝いて、胸の高鳴りが止まりませんでした。

 君と過ごせば過ごすほど、私は君に惹かれていったのです。

 私が君に伝えるべき言葉は、謝罪の言葉ではなく、感謝の言葉なのだと感じるようになりました。

 しかし、神様は残酷です。君との生活のタイムリミットは、とても短く、私の頭の中でも毎日カウントダウンが響いていました。

 君は八月三十一日がタイムリミットだと言っていました。しかし、私の脳裏に響くタイムリミットは八月三十日です。この一日のズレが何を意味するのか、すぐに気づきました。

 でも、この事実を君に伝えるのはとても残酷です。私は隠し通すことに決めました。ずるくて、ごめんなさい。一度、口を滑らせてしまったことがありますが、バレなくて良かったです。この事実を聞いてしまえば、君は私の前から消えてしまうと思ったのです。許してください。

 隠し通してでも、私は君と一緒にいたかった。どんなに決まった未来が待っているとしても、君との一分一秒を大切にしたかったのです。ありふれた日常を、なんて事のないが過ごす生活を、君としたかった。

 気がつくと、私は演じることをやめていました。君が、私を私が目指す人物像へと変えてくれたのです。


 いつしか、私は君に恋をしていました。

 君の姿を見て、声を聞くたびに、胸が締め付けられて苦しかったけど、同時にとても嬉しかったです。

 人を好きになるということの大切さと、喜びを君から学びました。

 だから、君が私のことを好きと言ってくれた時、本当に死んでしまうかと思うくらい心が満たされました。幸せすぎて、終わりが近いことはすごく怖かったけど、胸の奥底から溢れる衝動に身を任せました。そんな私を、君は最期の一秒まで受け入れてくれた。

 幸せすぎました。

 私は君に幸せを与えることができましたか?

 君は私の希望です。

 私は君の希望になれましたか?

 君の将来を私は歩むことはできません。

 しかし、君の想いを背負って一緒に歩むことはできます。

 今度、もう一度君の家族の元に伺おうと思います。

 その時は、きっと胸を張って、君の分まで私が未来を生きます、と言えるでしょう。


 命をありがとう。

 幸せをありがとう。

 希望をありがとう。

 愛しています。


 この思いを、潮風に乗せて夏色の海へと捧げます。

 どうか、いつまでも私の希望となりますように――


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他サイト様主催スターツ出版大賞最終選考作品の加筆・修正版です。

旧名「夏色リバイブ」


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