錬金術学院のホムンクルス
水戸
第1話
聖なる書にはこう書かれている。
神は光を、天と地を、大地と海を、草木と動物を、鳥と魚を、そして男と女を、六日をかけて世界を創造した。
そんな事はくだらないと吐き捨てた者が、神の不在証明を果たす。その決意をした錬金術師が居た。
「俺は錬金術が使える。ここの研究所に入る事はできないだろうか?」
少年がホムンクルス研究を始めたのは十二歳。
高度な錬金術を使いこなす少年がイアトロ錬金術研究室に入った。
少年の名はヘルメス・プロセフォム。
その眼光は鋭く、燃えたぎるような熱意を持っていた。
当時イアトロ錬金術研究所では所長が中心となり、ホムンクルス6号を造る事に成功していた。
高度な学習能力を備えた6号。
しかしソレは常に点滴を打ち、免疫抑制剤を定期的に打たなければ過剰免疫反応で身体が崩れ落ちてしまう存在だった。
「所長、俺は6号を超える完璧なホムンクルスを生み出す。そして人を作ったのは神ではない事を、神の不在証明を必ず果たす」
全ての生物は母胎に神が命を宿す。
神を信じる人々はそう信じていた。
だが違う。
錬金術で生み出した卵細胞を、錬金術で生み出した子宮の中で育てる。
命は神が与えた贈り物ではなく、自然の設立の中で産まれたカラクリ人形であるという証明を。
ヘルメスは13年を掛け、ヘルメスはホムンクルス7号を生み出した。
が、しかしその後研究所は襲撃に逢った。
所長を含む研究者28人の命が失われた。
生き残ったヘルメスは5人の仲間に何も言わず、7号と共に姿を隠した。
それから20年。研究所にヘルメスが帰る事はなかった。
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ヘルメスはイアトロの町から遠く離れた辺境の村、イシュリー村で少女と暮らしていた。
瞳は紅。絹糸のような真っ白な髪が腰まである少女がヘルメスの部屋をノックした。
「先生。朝食の用意が出来ました。失礼します」
「あと少し寝かせてくれ……」
ヘルメスはまだ起きる気がないようだ。
「おーい。先生ー。今起きないと美味しくなくなっちゃいますよー」
「今頭痛いんだ」
「お酒の飲み過ぎなんですよ!」
「うるさいな……それより今は寝るほうが大事なんだ」
ブチッ
「そうですか〜。私頑張ったのにな〜………」
「対象質量補足……構築式展開……冷やしてください|瞬間冷凍(ブロセロース)!」
部屋に冷気が満ちた。
「う……寒……! おい! 錬金術は辞めろ! 分かった! 起きるから!」
「それなら良かったです!」
少女はニッコリ笑顔で首を少し傾けた。
「今日の朝食はこちらです!」
「ああ……」
「美味しいですか?」
「ああ……」
「美味しいですか!?」
少女の声は大きくなった。
「無問題(ノープロブレム)だ」
「なんで言わないんですか〜?」
少女は呆れて力が抜けてしまった。
少女は出かける準備を始めた。
「お前、今日は出かけるのか?」
「はい! 隣街のワルミー中心街に食材の買い出しに行こうと思ってます! 先生もどうですか?」
「断る」
ヘルメスは即答であった。
「先生! 引きこもりは良くないですよ!」
「今日は客が来るんだ」
「客?」
「そうだ。手紙を貰った。今日来るらしい」
そう部屋の端の机に置かれた手紙を指差す。
「分かりました。じゃあ行く準備しますね!」
「待て。外ではフードを被れ。その白い髪はよく目立つ。あと錬金術は使うな。聖職者に密告されれてしまう」
「分かってます!」
アイングレード王国で錬金術が広く知れ渡ったのはここ30年の間である。
聖堂教会はこれを悪魔の技として危険視している。
イシュリー村は王国内で最西端の村であり、悪魔の技であると言う印象がない為、ヘルメスは村人が困り事を解決する事で報酬を得て生活をしていた。
その為、錬金術師のヘルメス達にはここは都合の良い土地だった。
「なら良い。よし、行ってこい」
「はい! 行ってきます!」
クレオラが町に出かけるのは1ヶ月ぶりの事だった。
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同時刻、ワルミー町に一台の馬車が着いた。
馬車を降りた黒髪の青年は馬車の御者に運賃を支払いそう告げた。
「錬金術師のヘルメス・プロセフォム……もう頼みの綱はここだけなんだ……」
黒髪の青年は物憂げな表情でそう独り言を呟いた。
イシュリー村からワルミー町まではあぜ道を歩き、2時間で着く。
少女は家から荷車をワルミー町の端に停め、買い物に出かけた。
中心街には週一で各地から沢山の人が集まり、色んな店を出してお祭りのように賑わう。そんな賑わいが彼女には堪らなかった。
「これとこれ! あとこれもください!」
少女は暗い色のフードで髪の毛を隠し買い物をしていた。
「ワルミー町って田舎なのに人多過ぎだろ……!」
黒髪の青年は人の多さに呑まれて行った。
「よし! 買えました!」
大きなカゴに村にはない野菜を入れ満足げな少女。
「うぉ!?」
「え!?」
人混みに揉まれ体勢を崩した黒髪の青年の背中が少女の背中とぶつかった。
ドン。
少女は前によろけ、膝に当たったカゴが倒れ、野菜達は零れた。
グチャ。通行人に踏みつけられ、潰れる。
「ああ! 食材が!」
少女は手を伸ばし嘆く。
沈黙する青年と下を向く少女。
「ああ、俺用事あるかr……」
「待ってください」
遮る声は落ち着きを見せながらも、少し早口で、そしてトゲのある声だった。
「どうして逃げようとしてるんですか? 馬鹿なんですか? 死ぬんですか?」
少女は笑っている。しかし同時に誰が見ても怒っていると分かる表情だった。
「あ……弁償する……」
青年は喉から小さな声を捻り出した。
「よろしい! じゃあ付いてきてください!」
少女は満面の笑顔になった。
「これください!」
少女は荷物持ちを得た事で上機嫌。
「はぁ……俺はこんな事してる場合じゃないのに……」
そんな事を言いながら青年は少女の荷物持ちとして後を追いかけて居た。
「というか……真っ白な髪……珍しいな……」
同じ頃、ヘルメスはイシュリー村の家でゆったりと茶を飲んでいた。
自分を訪ねて来る者との約束では今日来ることになっている。
トントントン。
ドアがノックされた。
「来たか……」
ヘルメスは扉まで行き、開けた。
「久しぶりだな。上がれ」
少女と青年がワルミー町で買い物を終わらせた頃には日も傾いていた。
町の入口の荷車の所まで2人は来ていた。
「これで今日は終わりです!」
「はぁ……」
青年は疲弊して膝に手をついている。
「付き合ってくれてありがとうございました!」
「あんた、家どこにあんだよ?」
「あっちです」
少女はそうやって遠くのほうを指指す。
「これ何日分?」
「一ヶ月分くらいですかね」
「はぁ? 腐らねぇの?」
「うちの家は冷蔵室完備してるんで」
錬金術を使い、冷やす事が出来る為、保存の為の香辛料よりも長持ちする。
「そうか……」
「じゃあ、今日はありがとうございました!」
「なぁ」
「どうしました?」
「イシュリー村ってどこか知らないか?」
「え? 私が住んでる村がイシュリー村なんですが……」
そうして青年は少女の荷車を引いて共に向かう事になった。
「ありがとうございます」
「ああ」
「村になんの用事で来られるんですか?」
「ヘルメス・プロセフォムって名前は知ってるか? その人に会いに行くんだ」
「え……?」
青年の言葉に少女は驚き、一瞬固まる。
「知ってるのか?」
「いや、知ってるというか……私はヘルメス先生の同居人です」
「は?」
「えっと……もしかして今日来る予定だった手紙の方ですか?」
「手紙? いや多分違うと思う」
「どうして先生がここに住んでる事を知ってるんですか?」
「お前になら言ってもいいか……」
「?」
「俺は錬金術学院の1年のカイン・ディアホラ。学院の職員が話してるのを偶然聞いて、ヘルメス・プロセフォムの名前とここに住んでいるって情報を知ったんだ。学院の図書館でヘルメスについて調べたんだ。そしたら錬金術研究の第一人者だって言うから俺の知りたい答えをヘルメスなら知ってると思って」
「そうだったんですか! じゃあ急いで帰りましょう! 今日は夕御飯3人分用意しないと!」
少女は笑顔でそう言った。
イシュリー村の自宅まで帰って来た。
「先生ー! 先生にお客さんが来てますよ!」
少女は扉を開け、立ち止まった。
青年は扉を開けて立ち止まった少女に阻まれて前に進めない。
「おい、急に止まるなよ」
「先生……」
部屋の中央で倒れているヘルメスの姿があった。
背中には刃物が突き刺さっていた。
周りには血が溢れていた。
青年は倒れているヘルメス近付き、身体に触れる。
「もう死んでる……」
クレオラは立ち尽くす。
「なぁ、あんた。ヘルメスの娘って訳じゃなさそうだが、あんたはヘルメス・プロセフォムとはどういった関係なんだ?」
「私の名前は……クレオラ……。ヘルメス・プロセフォムによって造られたホムンクルスです」
錬金術学院のホムンクルス 水戸 @mitomiropiro
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