教室で、君が描く景色は。

すずちよまる

太陽に恋をする花

あんな男、大嫌い。


もう夏が始まったというのに、冷気みたいなものが背筋を過る。


あの男は、私以外に2人の彼女がいた。


『ごめんごめん。いやー向日葵ひまわりがそんなに束縛女子とは思わなかったよ?名前のわりに可愛くないねーははっ…残念、別れよー』


気色悪い声が脳裏にこびりついて離れない。

名前は関係ないじゃない!何よ、別れよう?こっちから願い下げなんだから!



気がつくと私は校舎を出ていた。イライラしながら歩いていたから、そのことに今気づいた。

腸が煮えくり返りそうとはまさにこのことだ。

私はなんであんな男と……!

ちょっと顔が良いからって、なにしてもいいって勘違いしてるんだ!

私は友達にグチろうと思ってカバンの中からスマホを探した。


………あれ。

…………あれ?


ない。私のスマホが。もしかして、教室に置いてきちゃったのかも……?


ダダダダダ


私は太陽に照らされながら、走って校舎に戻った。

……バカみたい。この日比谷向日葵ひびやひまわりとあろう人間が……まあ、何も成し遂げたことなんてないんだけど。

……私には何もない。特別可愛くもないし、勉強も運動も得意じゃない。女の子らしくもない……だから、初めて彼氏が出来て、舞い上がって……本当に、バカみたい。


恋って、あんなのだっけ?


廊下は静かで、自分の足音だけが響いてた。

……さすがにもう、こんな時間に人はいないか。

私は早歩きで自分の教室に向かい、バタッと勢いよく扉を開……


「あ」


「あ………どうも」


人はいないと思っていたから、びっくりしてしばらく固まってしまった。

教室には、クラスメートの花村蒼太はなむらそうたくんが、窓に寄っかかって本を読んでいた。

花村くんは、いつも図鑑を読んでいて、あまり女子とは話さない。私もまだ話したことがなかった。

いつも放課後はすぐに帰ってしまう。だから、今教室にいるのがすごく不思議。

……気まずい。気まずさMAXって感じ。

しかも運が悪く、私の席は今花村くんがいる位置の“真横”。

どうしても近くに行くことになる……

うう、仕方ない。スマホのためだ。

私は素早く自分の席に近づいた。

花村くんの方は向かないように机を漁る。

…………え?

嘘でしょ………ない!?


日比谷ひびやさん」

「はいっ!?」

突然名前を呼ばれ、緊張…というか気まずさで、高い声が出てしまった。

ぎこちない動きで振り向く。

「もしかして、探してるのこれ?」

花村くんが差し出したのは……私のスマホ!

「そ、そう!ありがとう!でも、どうして……」

花村くんはずっと真顔だったが、何かに気づいて、焦ったように言った。

「あ、盗んだとかじゃないから!」

「いやそれはわかるけど」

え………花村くんって、もしかして、ちょっと変わってる人?

「黒板の横のチョーク箱の上にあったから……なぜか」

………そうか。そこの窓からあの男の浮気現場を撮って、そのまま忘れていったのか。よく考えてみればその証拠写真を見せる前に別れを告げられたし……

そんなことを考えながら、黒板の方を振り向いた。


………えっ?


「これ……」


なんで教室に入った時に気がつかなかったのだろう。

目の前に広がる景色に、一瞬で感動してしまった。

黒板いっぱいに、絵が描かれているのだ。

夏の絵だ。空は青く塗られて、白い大きな雲が浮いている。そして、真ん中にいっぱいの明るく黄色い花……


「ヒマワリ……!」


「うん……入ってきた時に気づかなかったんだね」

そう言って花村くんは、少し笑った。

「あっごめんなさい……見ちゃいけなかった?」

「いいよ。先生にばれる前に消すし」

「え…!」

消してしまうなんて、勿体ない!

そう言おうとしたが、思わず言葉を詰まらせた。

花村くんの目が、輝いて見えたんだ。

希望とか期待とか、そういったものを見つめるように。

彼にとって、この作品はまだ途中のものなんだ……

不思議と、心臓が小さく音を立てた。

あれ、私……?


花村くんは黒板消しを手に取り、絵を消していった。

「いつも放課後、みんなが帰ってから黒板に絵描いてる。ヒマワリが一番好きな花なんだ。この花はずっと太陽を見てるんだよ。一途なのかなって」

花村くんは少し笑った。

また心臓が音を立てた。

「ヒマワリは、太陽に恋してるのかもね」

そう言って、私は笑った。

「……はは、そうかも」

花村くんは嬉しそうだった。

「……日比谷さんの名前いいよね」

「え?」

「日比谷さんと話してみたいと思ってたんだよ。“向日葵”さんって、どんな人なんだろうって」

花村くんは、そう言って振り向いた。

「可愛らしい名前だよね」

可愛らしい……


『名前のわりに可愛くないねー』


「……え、日比谷さん?」


景色が滲んだ。

泣くなんて、何年ぶりだろう。

私はあの男が憎いんじゃない。

裏切られて、辛かったんだ…


もう大丈夫。心から笑えるから。

幸せな気持ちになれたから。


「……ありがとう」


私はこの日、花村くんに恋をした。

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教室で、君が描く景色は。 すずちよまる @suzuchiyomaru

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