苦笑

「――率直に言おうか。キミはおそらくだが本当は十六歳ではない。どこかの企業がドルスに依頼されて造ったソラという少女と寸分の違いもない別の人間だ」


「なんでそんなこと断言できるの?」


 ソラは険しい口調で尋ねる。半信半疑なうえに父を殺した怪物がさらに踏み込んできている。家族の関係性に亀裂を走らせようとしている。自分から願ったことでも不快感を隠しきれなかった。


「まず第一にドルス本人がソラを殺されたと口にした。第二に、【隔絶空間キューブ】が世界を形成したのは一週間前だ。本当に十六歳なら最低でも十五年と五十一週間程度はこの世界で生きていないと辻褄が合わない」


 レイルはゆっくりと歩きながら推測に至った経緯を説明した。ソラの足取りが遅くなっていく。コートの裾が強く引っ張られて、仕方なく一度立ち止まる。


「……は、はは、ふふ。本当に……覚えてないかも。でも一週間じゃないはずなの。だって……ずっと。ッ、嘘じゃない! 確かに記憶にはあるの」


 吐く息が震えた。ソラは浅い呼吸を何度も繰り返して必死に過去の記憶を巡らせる。――記憶はあった。だが違和感を拭いきれない。虫食いみたいに思い出に穴が開いている。


「本当は嫌な予感がしたの。で、でも本当に――確かにこれはああ、聞かなきゃよかったかも。息ができなくなりそう」


 自嘲が込み上げてソラは頬を吊り上げた。動けなくなりそうになった身体を無理矢理動かしてレイルの歩調を追う。そのうち巨大な建物の廃墟に足を踏み入れていた。


「キミは俺が思っていたよりも随分強いほうだ。歩き出すのが早い。感情的なのに冷静だ。頑張っている」


 瓦礫と埃をかぶった廃墟の中を巣食うようにバラックが重なり合っている。狭苦しい通路。薄暗く、湿っぽい。頭上で入り組むパイプはまっすぐ立つとぶつかってしまいそうなほど天井が低い。陰鬱な場所だった。


「変なこと言うのはやめて。……お願いだから。あんたは私のパパを殺した奴。それ以上を超えられたらどうしたらいいか分からなくなる」


 住民が焚く薬物の臭い。動物の腐った悪臭。甘酸っぱい料理に臭い。どれも嗅いだこともないはずなのにソラは懐かしさを感じて、深くため息をつく。


 自分自身の記憶じゃない何かが頭に残っている実感。レイルの言ったことを認めているようでやるせなかった。ソラの顔に影が差す。酷く息が詰まった。


「私は本物が死んじゃったからパパが代用品として作ったってこと?」


「代用品? 何を馬鹿なことを。その程度の存在なら彼はキミを見殺しにしてでも生き延びようとしただろうな。スラムの人間を数百人、電気のために平気で殺せるような奴だぞ。それぐらいの冷徹さはあったはずだ」


「……そう。なら、そうだとしたら。嬉しい」


 反響していく靴音。パイプから漏れる水滴。機械音。チカチカと点滅する屋内灯。雑音にかき消されてしまいそうな声。ソラは誰にも見られないように顔を俯けながら、安堵するように微笑んだ。


「あとは純白種についてだが……。詳しくは知らないが大した話じゃない。ただキミに異界から来た人種の血が流れているというぐらいだ。興味があるのは悪趣味な収集家に美食家、あとは魔術に精通した企業か。どちらにせよ身の回りには気を付けてほしい」


「……ずっと言おうと思ってたんだけど。私はキミって名前じゃない。ソラ。わかる? ソラって。言える? あんたなんかに名前を呼ばれたくないけど。それでもずっと苛々してるの。キミ、キミって。上から指図するみたいにずっと」


 突き当たった階段を上る最中、レイルはピタリと足を止めた。コートの裾を掴んだままのソラを見下ろす。顔部装甲から蒼い蛍光がゆらりと揺れていた。


「そうか。だが生憎、俺の名前も“あんた”じゃないんだ。……話は終わりだ。俺が“キミ”について知ってることは大体教えたつもりだ」


「……怒ってたの?」


「怒ってないが」


 レイルは即座に否定した。会話が途切れて淡々と階段を上がっていく。ソラは黙って後を追ったが思わず笑みが零れた。


「……この扉の向こうが俺の家だ。いいか。わざわざこうして立ち止まってるのはキミが余計なトラブルを起こす才能がありそうだからだ」


『レイル、それはテメーが言えたことじゃあねーぜ! ていうかやっぱりキレてたんだな』


「黙れ。今俺は重要な話をしてる。俺の家だが、はた迷惑な居候が三人いる。揉め事は起こすな。水と電気は使って構わないが絶対に余計な武器と異界道具に触れるな。死にたくないならな」

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終末世界の便利屋 ~復讐を誓いし少女は憎き機械の手を握る~ 終乃スェーシャ @rioro

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