第十話 空白

私は、気がすむまでぬいぐるみをめちゃくちゃにして床に座り込んだ。

私が離れたすきに娘はすぐさまぬいぐるみを

抱きしめて撫でている。

そんな姿に疑問を感じて質問してみる。


「ねぇ、何でそんな汚いやつが大事なの?」


「………」


答えが返ってこない。

泣きながらまだ撫でている。


「ねぇ!って。

 ママが何でって聞いてるの!

 無視すんの?」


「ママが……」


「声が小さくて聞こえない」


「ママが!お誕生日に買ってくれたから。

 一番大切な宝物。

 ママと一緒に選んだから、ママ、すごく嬉

 しそうな顔してた。

 だから私の一番の宝物」


その言葉に〘一緒に誕生日プレゼント選んだっけ?〙と欠落してしまっている記憶を辿たどってみる。

私は、自分の携帯をつかみアルバムを開いた。

アルバムを開くのなんていつ振りだろう。

スクロールしていくとケーキとぬいぐるみ、

そして三人で笑顔で写っている写真が出て

きた。

そのままゆっくりスクロールして過去へとさかのぼっていく。

自分でも驚くほどの子供の写真や動画がおさめられていた。

生まれた時から初めて喋った時、初めて歩いた時、誕生日、家族みんなと出かけた思い出の写真…

見ているうちに記憶が少しずつ蘇ってきた。

そう、そうだった。

子育ては大変だけど、それでもこの子の一つ一つの動作や赤ちゃん特有の匂いなど全てが愛おしくて一瞬でもその瞬間をのがすまいと写真を撮り続けたあの日…

私は…いつから、撮ることをやめてしまったのだろう…

いつから、こんなふうになってしまったのだろう…

昔の記憶が溢れ出し、目の前の娘を見る。

赤ちゃんの頃の面影おもかげを残した丸顔で少し

たれ目の子供がそこにはいる。

可愛くて愛おしいはずの自分の子供。

私は娘にそっと近づきゆっくりと抱きしめていた。

そう、この匂い。

懐かしい匂い。

突然、今までしてきたことの後悔と絶望感が

込み上げてきた。

私の頬を涙が伝う。

その様子に娘が心配そうに

「ママ、大丈夫?

 泣かないで」

と自分も泣きながら慰めてくれる。

私は涙が止まらず娘をギュッと抱きしめた。

ごめんね、ごめんね、と謝りながら。


「本当に本当にごめんなさい。

 こんな思い、させるつもりはなかった

 のに…

 痛かったよね、辛かったよね。

 もっとママに甘えたかったよね。

 優しい笑顔で抱きしめてもらいながら

 可愛いね、って言ってもらいたかった

 よね。

 あなたの寂しそうでママの顔色をうかが

 不安そうな顔が、その顔が……

 ママはママになっちゃいけない人間

 だった」


そう、私は母親失格だ。

こんな母親はいないほうがいい。


「いい?あなたは優しくて可愛い子。

 みんなに愛されるいい子」


そう言ってもう一度強く抱きしめてから母親はベランダへと向かった。

涙を溜めた目で娘の方を振り返り、優しい笑顔でニッコリと笑いかけ、手すりの向こうへと消えていった。

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虐待死 梅田 乙矢 @otoya_umeda

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